引越し挨拶で出てきたのは高校時代に付き合ってた彼女だった

星秋

第1話 インターホンを押したら

新生活。

この胸の高鳴り、大学生になったとき以来だ。


俺の名前は、上田翔太。

高校時代は帰宅部で、パッとしない日々を送っていた。


そんな自分を変えたくて、東京から離れた大学に進学。

服を買い、髪をいじり、サークルに入って。

いわゆる“大学デビュー”ってやつを決めた。


最初は空回りもしたけど、それでも──

今振り返れば、あれはあれで悪くない青春だったと思う。


そして今日。

俺は新たな一歩を踏み出す。


社会人一年目の春。

地元に戻って、初めての一人暮らしが始まる。


……とはいえ、実家からは電車で二〇分。

地元といってもそこそこ距離があるし、完全な独立という気分だ。


しかも会社からは乗り換え無しの好立地。

通勤もラクで、理想的な場所だ。


引っ越し当日。

午前十時から搬入を始めて、昼過ぎには作業が終わった。


荷解きは面倒なので、とりあえずピザを頼む。


「夕方になったら挨拶回りに行こうかな〜。それまでに段ボール片付けなきゃな。……再来週には仕事も始まるし、早く生活リズム整えないとなあ」


そんな独り言を呟きつつ、ピザを食べ終えると、

段ボールの山と格闘を始めた。


荷物はそこまで多くなかったので、午後六時には片付けが終わった。


窓の外を見ると、人の出入りが増えてきている。

帰宅ラッシュの時間帯。ちょうどいい。


俺は引っ越し挨拶に出かけることにした。


まずは管理人室に挨拶を済ませ、

それから上下階──真上と真下の住人へも菓子折りを手に訪問する。


「今日から三〇四号室に入居しました、上田と申します。これからお世話になります。こちら、つまらないものですが──」


大学で培ったコミュ力は、こういうときに役立つ。


少しだけ緊張しつつも、自然な笑顔で挨拶をこなす。


あとは両隣──三〇三号室と三〇五号室。


……だったが、まだ誰も帰ってきていないようだった。


いったん部屋に戻り、近所のコンビニへ。


弁当を買い、テレビを見ながら適当に時間を潰す。


夜八時。


「そろそろ行ってみるか。これ以上遅いと迷惑だしな」


手紙でもポストに入れておこうかと考えつつ、

まずは三〇三号室のインターホンを押す。


出てきたのは、感じのいい若夫婦だった。

笑顔で対応してくれて、少しだけ安心した。


……正直、ちょっとだけ羨ましくもあったけど。


続いて、三〇五号室。


インターホンを押す。


「はーい」


明るくて可愛らしい、若い女性の声が返ってきた。


(あ、女性の一人暮らしか……。インターホン越しの対応だけで終わるかもな)


そう思いながら、声をかける。


「本日、隣に引っ越してきました、三〇四号室の上田と申します。ご挨拶に伺いました」


「はーい、今出まーす!」


──ガチャリ。


ドアが開く音。


その瞬間、目の前の女性が顔を見て驚いたように言った。


「えっ! 上田くん!?」


「え……? あの、どこかでお会いしましたっけ?」


「えぇ〜、忘れちゃったの!? 中山だよ、中山裕美! 高一のとき同じクラスだったじゃん!」


「えっっっ!? う、うそ……!」


目の前に現れたのは──


高校一年のときに、四ヶ月だけ付き合っていた、

まさかの元カノだった。






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