この男、停滞世界の神である
竹取ノキナ
第1話 神は木星よりも重い腰を上げる
ここは神界と呼ばれる神々の住まう処。果てなく続く大地、澄み渡る空、枯れぬ草木、匂い立つ花々。ここで彼等は自ら創造した世界を監視、調律し管理している。
これまで気の遠くなる程の長い時の中で、数え切れない世界が産まれ、死んでいった。
彼等は自分の持つゴッドポイント(GP)を消費して世界を想像し、その完成度を競い合っている。完成度とは世界で産まれる生命体の知能の高低、フォルムの美醜、また文明の発展度など多岐に渡る項目から成り、神々の投票によって順位付が行われる。
それぞれの掛けポイントから順位に応じた分配がなされ、1位になれば億単位のポイントがもらえるものだから基本的に暇な彼らの一大イベントとして毎回大盛り上がりをみせるのである。
そして前回、過去最高の完成度として圧倒的得票数で1位となったのは第46,497世界、地球と呼ばれるちっぽけな惑星を擁する世界であった。
「いや〜、それにしてもレイネの世界はスゲェよ! 魔法の概念だけ残して科学全振りとか、最初は頭おかしくなったかと思ったけどな」
部屋には二柱の神がいる。ソファに腰掛け雑誌を見ているのは、背中まで伸びる艷やかな黒髪を耳に掛け、ルビーよりも透き通る赤い瞳が美しい、落ち着いた雰囲気の女神。名はレイネシアナ。最近話題の第46,497世界の管理者である。
殆どの神は神界に居宅を設け、権能で生み出した配下に居宅の管理や世界の管理、身の回りの世話をさせている。
配下は完全に神の好みで生み出され、神の造形に寄せたものは天使とも呼ばれる。
神々の居宅は様々で、巨大な城に住むものもいれば、小屋程度の家で質素に生活するものもいる。
レイネシアナも例に漏れず屋敷を構えてはいるが、欲の少ない彼女のそれは他に比べてやや小さく、配下の数も少ない。
「これまで何度も失敗してるからね。それが漸く実を結んだと言ったところかな。ウルスのところは何位だったかな?」
もう片方は癖のある金髪に碧眼、やや垂れ気味の右目の下には泣き黒子が特徴的な男だ。見た目は青年といったところ。名はウルスラキス。第375,648世界の神だ。洋風の顔立ちでありながら、藍色の浴衣を着ているのがなんともミスマッチである。
「20万位くらいだな。絶望的では無いけど、今のままだとこれ以上良くもならん、っよし! そこだ! させ! させー!」
ウルスラキスは新聞を握りしめ、映し出されている競馬中継を見て熱狂している。
「だー! なんだよクソ〜! 勝てねえじゃん! あの予想屋はダメだな! レイネ、神罰を頼む」
「できる訳無いだろう。キャラクターの運命を変えるような干渉が出来ないのは君も知っているだろうに」
「でもよ、この前はカッコイイ車に俺の名前を付けてくれただろ?」
「あれは君が余りにも煩いからだな……」
神々は自分達が決めたルールに沿って世界の設定を行う。そして基本的には細かな調律を行うのみで、世界線が変わるような干渉はタブーとされているのだ。
"基本的に"とは、例えばイエス・キリストやガウタマ・シッダールタ、始皇帝、エジソン、アインシュタイン、ノイマンなど、元々の設定の中に"先導者"と呼ばれる世界を導くキャラクターを組み込むことで舵取りを行うことは可能だ。寧ろそれが彼等の腕の見せ所なのだ。それには何千年というスパンで己の意図する方向へと進むよう設計する必要があるのだが。
世界の設定には神達の中でも流行り廃りがあり、ここ暫くは自分達の権能に近しい"魔法"という概念を組み込み、世界を魔素で満たす様な仕様が定石となっていた。
「にしてもレイネんとこはマジで最高だな〜。飯は旨いし、遊びはおもしれーし! 強いて言うならキャラ共の見た目が微妙なことだけだな。この前視察に行ったとき、自分の姿を見て吐きそうになったぞ」
視察とは他神の世界に降り立ち、その中身を実体験できるルールである。勿論神の姿、能力を持って行くことはできず、その世界の平均値に自動設定される。
神々は皆完璧な姿であるが故に、自身の姿が醜くなることを嫌がり視察を好まない神もいる。
「そこにあまりポイントを使いたくなかったからね。皆が醜いならそれに気付けるキャラクターはいないよ」
「なるほどな〜。てことは何にポイント振ったんだ?」
「聞いてくれるか? それはな……、戦争とエロだ」
「戦争と、……エロ?」
「そう、戦争とエロ。彼等は戦争と性的欲求の為に科学技術を発展させているのさ。エロの為なら死ぬ気で頑張るんだ。見ていてなかなか面白いよ」
内面の醜さも酷いものだけどね、とレイネシアナは付け加える。その醜さも彼女がインプットしたものであるにも関わらず。
「は〜、天才様の頭の中はよく分かんねえわ。俺んとこは1万年くらい停滞してるんだぜ? そろそろなんとかしたいんだけどな」
「私のところもそろそろ限界が近いんだけどね」
「そうなのか?」
「ああ、キャラクター間の格差が広がり過ぎていてね。主に富という側面で。個人が国よりも多く富を持ち、技術を独占する世界は競争よりも安定が好まれている。実際世界的に力のある国ですらキャラクター数が減っている」
「そっか〜、ならそろそろ次の世界の構想でもしてんの?」
「ああ、科学だけではどうしても限界がある様だ。今のはあと1000年程で一旦ケリを付けるかな」
「もったいねー」
ランク1位の世界だ、誰もが欲しがるし参考にできるなら視察にも行きたいだろう。それに、彼女の世界はキャラクターを誕生させるまでに何十億年と費やしている。神界時間にすればそこまで膨大な時間ではないにしろ、手間暇をかけた時間の割にあっさり消滅させようとする彼女は異端と言えるだろう。
「いいんだよ。というよりも放っておいてもその内自滅していきそうなんだ。それなら私の手で終わらせてやるのが創造者としての務めさ。ウルスのところはどうなんだい?」
「俺んとこはな〜、魔人を強くし過ぎでダメだな。敵が強けりゃ協力して技術を発展させるかと思ったけど、ビビってるだけで何もしない。メインキャラをヒトじゃなくて魔人にすりゃよかったかな……」
「なるほどね。先導者の設定はしてないのかい?」
「してはいるが……、機能しないまま死んでくんだよな〜。実際今の先導者も開花せず死にそうだし」
「それは勿体ないな。先導者もタダではないのだから。大凡魔物への恐怖で周りが開花を妨げてしまうとかそんなところだろう?」
「仰る通りで」
先導者の設定にはポイントが必要になるのだが、必ずしもその役割を全うできる訳では無い。それまでの世界の環境次第では全く意味を成さずにその生涯を終えてしまうことはよくあることだ。
「ならば先導者の先導者が必要になるな。……丁度もうすぐそんなルールが追加されるみたいだよ」
「え!? まじで? 俺知らないんだけど……」
「今回の神界通信で発表された様だね。細かい条件があると思うから、一度窓口に聞いてみるといい」
ほらと言って読んでいた雑誌をウルスラキスへと見せる。
「これ読んでる奴なんているんだな。……って秩序の窓口か〜、あいつら融通効かないから苦手なんだよな〜」
「秩序神達が生み出した配下だからね。秩序が融通を効かせちゃお終いだよ」
秩序神とはその名の通り秩序を司る神である。元々神界には秩序というものは存在していなかったが、ある時力のある神々の共同によって生み出された。管理するのは主に神々の創造する世界における秩序である。つまりは世界創造におけるルールそのものだ。
主なところで言うと『時間』がこれにあたる。時間の概念が世界毎で統一されていないと評価のしようが無いし、イカサマもし放題で、秩序神がいない頃は酷いものだったとか。
ちなみに時間の他には『死』や『数』といった神がおり、それらは数多ある世界を統括管理しているため、どの世界でも統一された秩序が存在している。
とは言えそれらが管理するのは、あくまでも設定における秩序であり、制限はあるもののキャラクターが時間を戻す魔法を使ったり死者を蘇生することはできる。
「気乗りはしないが、行ってみるしかないか〜」
こうして世界を救うべく、一柱の神が重い腰を上げるのだった。
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