第9話 書き換え

 聞いていない。


 憧れの騎士様が誰もが恐れる危険人物だなんて聞いてない。


 しかも、こんなに色っぽい人だなんて。


 世の中は本当におかしいことだらけだ。

 


「君、本を持ってるでしょ?」

「本?」


 リムの言葉にリゼナは鞄の中にある本の存在を思い出す。


「この魔女狩り事件はその本、『白雪の赤い心臓』に登場する小人達によって行われているんだよ」


「えぇ⁉」


 リゼナは驚嘆の声を上げる。


「その本は詩編の魔女が書いた『悪しき魔女の本』の一つで封印されていたのに何者かが故意に市井に放ったんだ。犯人も本に関してもなかなか足取りが掴めなくてね。今日、図書館で君が持っていたのを見つけて盗ん……拝借したのに、僕の手元では不満らしくて消えてしまった」


 今この人、さらりと盗んだって言おうとしたわね。


 リムの発言からやはりこの本は一度は自分の手元を離れていて、リゼナの手元にはなかったのだ。


「え、ちょっと待って下さい。あなたの手元にあった本が何で今私のところにあるんですか?」


「君がターゲットだからじゃない?」


 サァーっと血の気が引く音がした。


「な、何で……私が……」

「さぁ? 殺された魔女の共通点って今までは攻撃系の能力の魔女ってことぐらいだったけど、君が選ばれたってことは違うんだろうね」


 恐怖で絶句するリゼナにリムは軽い調子で言った。

 

「あの小人達は普通の殺し方では殺せない。本を裂いても焼いても溶かしても何度でも蘇る。君が持つその本に彼らを引き摺り戻し、再び封印を施す。これがこの事件を終わらせるための唯一の方法だよ」


 リムが小人達に視線を向けながら言う。

 

 普通の殺し方って何よ……。


 リゼナは鞄からっ不気味な本を取り出しながら心の中で呟いた。


 リムの口からは物騒な言葉が定期的に発せられる。

 その度にリゼナは知りたくなかったと心から思った。


 こんな事件に巻き込まれることさえなければ、憧れの騎士様がこんな物騒な人だと知らずに済んだのだ。


 やはり恋は小説の中で充分だ。

 恋どころかただの憧れすら厳しい現実は容赦なく打ち砕く。


「あのですね、もう一度言いますが、私は誓約の魔女であって詩編の魔女じゃないんですけど」


「君の誓約の力は何かに記して効力を発揮するものなんじゃない?」


「その通りですけど……」


 リムの言葉にリゼナは頷く。


 リゼナの能力は紙などに誓約文を書き、誓約者の名前を記すことによって効力を発揮するものだ。


 故に城で重要な誓約書は全てリゼナが一から手書きしたもので写しはない。


「要は君の手で書かれたものに魔法の効力があるってことだよね。それを君が持っているその本に応用して、君がその本の内容を書き換えるんだ」


「そう言われても……試したことないんですが」


 リゼナは自分の力を誓約以外に使ったことがない。

 

 本当にそんなことできるのだろうか?


 リゼナは不安でいっぱいになる。


「この事件が解決しなければ国は国を恨む魔女達からの報復を受けることになるかもしれない。そうすれば、落ち着き始めていた国が再び混乱に陥り、今度は魔女だけでなく多くの市民も巻き込まれて犠牲者も増える。魔女狩りが行われ、国を恨む魔女達は未だに多い。この事件は国と魔女の戦争の火種になり得る。だから早急に解決しなければならない」


 リムの言葉にリゼナは緊張感を高めた。


 リムの言う通り、このまま魔女が殺されえる事件を野放しにしておいては結束の強い魔女達はいずれ政府に牙を剥く可能性がある。


 仲間想いな者が多く、魔女狩りで身内や友人を殺された魔女達は未だに恨みを燻らせている。


 不要な争いを生まないためにも、この事件は早く解決しなければならない。


 リゼナは拳をぎゅっと握り締め、深呼吸をして覚悟を決めた。


「分かりました。やってみます」


 リゼナは本と鞄から万年筆を取り出す。

 毎日仕事で使う必需品でリゼナの相棒だ。


 今までこちらの様子を窺っていた小人達がリゼナ達のしようとしていることを察したかのように殺気立つ。


「我々が小人達の相手をします!」


 そう言ってケイトと他の部下達が小人達の前に立ちはだかる。

 リゼナは本に集中しなければならないため、かなり無防備な状態になる。


 正直、凄く怖い。


「大丈夫」


 リゼナの心を見透かしたかのようなタイミングでリムは言った。


「君は僕が守る」

 

 リムの言葉が力強くリゼナの胸に響いた。

 胸の辺りがそわそわして少しだけ落ち着かなくなる。


「ちなみに、これ……できなかったらどうなりますか?」


 リゼナは恐る恐る、念のために聞いておく。


 だって、初めての試みだもの。

 

 失敗した時のことも考えなければならない。


 すると、リムは口元に笑みを浮かべて言う。


「役立たずは生きてる価値ないね」


 冷たい言葉グサっと胸に刺さり、背筋も凍えた。


 マズイ……死ぬ気でやらなきゃ……!


 リゼナは緊張感を誤魔化すように本とペンを握り締める。

 確実に自分の死が目の前に迫っているのだ。

 




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