第8話 美貌の隊長は物騒でした
「ヴァイオレット隊長! 建造物に火はついてないですか⁉」
唖然とするリゼナの背後からハスキーな声が聞こえてきた。
リゼナ達を取り囲む炎の壁が取り払われる。
肩を抱いていた手と身体が離れたので、リゼナは声のする方を振り向いた。
「煩い、ケイト」
「煩くても言わせてもらいます! 力の使用は最小限にして下さい!」
ケイトと呼ばれた人物は昼間に図書館の窓から見かけた体格の良い、騎士団員だった。
ケイトはリムの言葉を大して気にした風もなくあしらい、リゼナに視線を寄越した。
近くで見るとやはり縦も横も大きい。
鍛え抜かれた身体は服の上からでもよく分かる。
リゼナは少しだけ怖くなり、後退る。
「リゼナ・アッシュフォードさん、怪我はありませんか?」
ケイトは少しだけ屈み、リゼナに話しかける。
「は……はい……お陰様で……」
リゼナが答えるとケイトは嬉しそうに目を細めて『間に合って良かったです』と優しい声で言った。
「私は騎士団第五部隊副隊長のケイト・シモンズと申します。あちらはリム・ヴァイオレット。うちの隊長です」
あぁ、やっぱり……。
リゼナを助けてくれた青年はやはりあのリム・ヴァイオレットで間違いないようだ。
しかし、何故彼らが自分の名前を知っているのだろうか。
「大丈夫ですか? 怖かったでしょう」
『遅くなって申し訳ありません』と謝るケイトにリゼナはぶんぶんっと首を振る。
なんて優しい人なの。
リゼナはケイトが見た目と違って話し方や言葉遣いが丁寧で、紳士的だったことに驚かされる。
誰がどう見ても、厳つくて粗暴な感じがするケイトの方が危険人物で、リムの方が優しく紳士的な青年だ。
リゼナはちらりとリムに視線を向ける。
端正な顔立ちでぱっと見ただけでは噂に聞くような怖い人だとは思えない。
彼の行く手を阻む者は踏みつけにされ、邪魔する者は殴り飛ばされ、恨みを買えば社会から消される…………。
正直、信じられない。
こんな素敵な人が危険人物だなんて。
しかし火のない所に煙は立たない。
『人は見かけによらない』という言葉を体現したような二人である。
「あの、一体何が起こっているんですか? あれは何なんですか?」
リゼナはケイトに訊ねた。
自分はまだこの現状を理解できていない。
分かるのは未知なる恐怖に自分が襲われたということぐらいだ。
「詳しいことは後で説明するよ」
そう言ったのはリムだ。
腰に差した剣を抜きながら視線の先にある何かを見つめている。
『捧げろ、捧げろ。赤い心臓、魔女の心臓。捧げろ、捧げろ。僕らの白雪に』
不気味な小人達が歌う。
『もらうぞ、もらうぞ。全員で。魔女の心臓、全員で』
小人達が歌うと、七人の小人全員がリム目掛けて襲い掛かる。
「鬱陶しいな」
リムは苛立ちの混ざる声で呟いたと同時に地面を蹴り、剣を振りかざす。
炎を纏った剣が小人達からの攻撃を跳ね返し、鎌を持つナミトの腕を切り落とした。
『ぎゃあぁぁぁぁ!』
ナミトの地に響くような悲鳴が上がり、リゼナは思わず耳を塞いだ。
ナミトの腕がゴトっと音を立てて地面に転がり落ち、鍬を持つ小人の足を剣が掠めて血が飛び散る。
小人達はすばしっこく、身軽で怪力だ。
そんな小人を七人同時に相手取り、リムは戦っているのに焦った様子もない。
目の前で繰り広げられる攻防を呆然と見ていると、リムの視線が飛んでくる。
「厚底眼鏡の君」
一瞬、何を言われているのか分からなかったが、その言葉が自分を
指しているのだと理解した瞬間、ムッとする。
「それって、私のことですか⁉」
「君以外に誰がいるの?」
リムは馬鹿にしたような目でリゼナを見る。
ほぼ初対面なのに、失礼じゃない⁉
「確かに、眼鏡のレンズは厚いですけど! あんまりです!」
抗議の声を上げるリゼナにリムは少しだけ考え込むような仕草をして再び口を開いた。
「厚底レンズの君?」
「さっきと何が違うんですか!」
意味は全く同じである。
「そんなことよりも、君。あいつらどうにかしてくれる?」
「はい?」
突然、そんなことを言われても困る。
「いや、無理です。私、魔女ですけど攻撃系の能力じゃないんです」
リムの言葉にリゼナは言う。
むしろあなたがご自身の炎で焼き払ってくれれば瞬殺じゃないですか?
リゼナは口には出さずに、心の中で問い掛ける。
「こいつらは何度斬っても焼いても蘇るんだ。そして魔女殺しを繰り返している。普通の殺し方じゃ死なないんだよ」
リムは溜息交じりに言う。
片手間に小人達の相手をしているのだから大したものだ。
「バラバラにしても死なないし、物は試しだから持って帰ってミンチにして犬の餌にして食べさせてみたりしたんだけどね。無駄だったよ」
物騒な言葉の羅列にリゼナはぞっとする。
そして視界にリムの言葉を聞いてげんなりとした表情を浮かべるケイトと部下達の姿が映る。
何て人なの……。
やはり、あの噂は間違いないのかもしれない。
そんなものを食べさせられる犬達が可哀想だ。
「どうしてだろうね? 全員消し炭にしたはずなのに次の晩には漏れなく全員揃い踏みで魔女を襲うんだ」
「申し訳ありませんが、そんな得体の知らないものに立ち向かう術を私は持っておりません。私は誓約の魔女です」
リゼナははっきりと言った。
自分は誓約の魔女だ。
斬っても焼いてもミンチにしても蘇る未知の生命体に立ち向かう術はない。
すると小人達を炎が勢いよく吹き飛ばしたリムが軽い足取りでリゼナの前に歩み寄る。
そしてぐっと距離を詰めてリゼナの顔を覗き込む。
急にリムの端正な顔が間近に迫り、リゼナはどきっとしてしまう。
「君の力が必要なんだよ。リゼナ・アッシュフォード」
リムは口元に小さな笑みを浮かべ、艶やかな声で言う。
金色の瞳が挑発的に細められ、その色っぽさにリゼナは息を飲んだ。
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