足音

(ライゼンダーの活躍期間は、ここ数十年のはず。訳したのはまた別のライゼンダーということか。それにしても凄い)


 ただでさえ現代に残る資料が少ない時代。その中でも最も危険で、ヴィクターの記憶にある限り一切記録が残されていないとされている北部地域についての資料。歴史家が見れば、絶頂するだろう。


(どうしてここに。いや、そんなことを気にしても仕方ない。とにかく今はゴブリンだ)


 ラムゼンスキーが記した化け物は、ヴィクターたちが遭遇したものと同じ特徴であった。それは、副ギルド長アルバンの仮説をより強めた。ヴィクターは何か気になるようで、何度も何度も同じページに目を注ぐ。だが無情にもタイムリミットは迫る。電気がなく、図書館で火は厳禁、魔力の明かりも高価で貴重な世界。読書を楽しめるのは日暮れまでだった。


「申し訳ありませんが、閉館ですので」


 その言葉に追いやられ、二人は美しい図書館を後にした。


「どうだった?」


「いくら読んでもアルバンさんの仮説を強めるばかりなんだけど、どこか気になる」


「だけど、生き残った一部が住み着くって理にかなってると思うが、何が引っかかるんだ?」


「ラムゼンスキーは、大災害から二十五年しか経っていないのに、北部を進んだ先で初めて遭遇している。もう五百年も経ってるんだよ」


「そこは、偶然出会わなかっただけで、実は当時から森に潜んでたとか」


「もしそうだとして、五百年間一切人間との接触がなかったとするのは、あまりにも都合が良すぎないか」


「確かにそうだけど、それ以外にどうやって説明するんだよ。新たに生まれたとでも言ってみるか?」


 突然足を止め、ヴィクターは道の真ん中でフリーズする。


「通常、人型魔物は生まれない。だけど、誰かが持ち込んだ」


「持ち込む?誰が?それこそ意味がわからないぞ」


 ヴィクターは脳の処理を何とか言語へと変換しながら、一言一言ゆっくりと呟く。


「ラムゼンスキーは確かにエンデ以北の鬼が、率いた生き物だと記していた。その全てがエンデに追いやられていないなら。小鬼ゴブリンを任意の場所に放つことだって。…………目的はなんだ?そもそも鬼は何を指すんだ?」


 思考をやめようとしないヴィクターを引っ張ってレオンは烏の止り木に向かう。

「もう着いたぞ。考えるのは後でいいからとにかく今日は休むもう」


 言われていた通り、烏の止まり木は聖女組が経営する宿で、働いているのは皆組の関係者だった。到着するとすぐさま部屋に案内された。答えを直ぐに出すことをあきらめたのか、ヴィクターはベッドに潜り込み翌朝までぐっすりと休んだ。


 二人の話は全員に共有されており、レオンは一階の食堂で熱烈な歓迎を受けた。どんどんと出てくる酒、酒、飯、酒。酔いつぶれるには十分すぎた。




 頭を動かした後に熟睡したおかげで、ヴィクターは素晴らしい目覚めを迎えた。清々しい気分の中、水を貰いに一階に下りる。


「なんじゃこりゃ」


 床に散らばるジョッキ、こぼれた食事、地べたでいびきをかく男たち。どこかで見たことがあるような惨劇だった。


「何してんねん」


「ぐぇ」


 思いっきり後頭部を叩かれたレオンが、うめき声を上げて最悪の目覚めを迎えた。


「ほら、行くぞ」


 二日酔いの頭痛を訴える、人間サイズの荷物を引っ張り、ヴィクターは村へと歩いて戻った。


「おかえり、ヴィクター。大変だったって聞いたよ。レオンは怪我でもしたの?」


「昨日、烏の止まり木で馬鹿みたいに飲んで、酷い二日酔いになってるみたい」


 考えなしに飲んだ自業自得なのに、嫌な顔一つせず『加護』の力で癒した。


「ありがとうオリビアさん。まじ聖女」


 オリビアは軽く微笑み、真剣な表情でヴィクターの方に向きなおした。


「オットーから軽く話は聞いているけど、そっちはどうだった?」


「ギルドとしてもほとんど例のない報告で、すぐに対処は難しい。わかり次第連絡するとのことだった」


「じゃあ、何も成果はなかったんだ」


「確実なことはそうだね。だけど気になることは見つかった」


 ヴィクターは副ギルド長の仮説、図書館で見つけた『ラムゼンスキーの手記』、そして自らの違和感をできるだけ正確に全て伝えた。


「確かにヴィクターの言いたいこともわかる。やっぱり証拠がないのがネックね」


「大災害の頃や、歴史の話になるから正確な証拠がなかなか」


 数秒思案していたオリビアが、ポンと手を打った。


「おじい様に聞けば何かわかるかもしれない。教会の歴史は古いし、一般に知られていない書物や史料も所蔵しているはず。それに国中に広がる諜報網があれば」


「よし!そうと決まれば善は急げだ。一番早く会える日はいつ?」


「私と行けば今日でも会えるけど……」


「??」


「ヴィクター。自分の立場忘れたのか?おじい様にはバレているとはいえ、身分を知られるわけにはいかないだろ。前のお使いならまだしも、教会の前トップと会ったら周囲が勘づくかもしれないぞ」


「あ」


 貴族の世界から離れ、しばらく気ままに過ごしていたことで緊張感を失っていた。


「大丈夫だと思うけど、ヴィクターは留守番にする?」


「いや、行くよ」


「正気か?」


「正気も正気。この引っ掛かりは自分で片づけたい。嫌な予感がする」


「わかった。民を助けることに繋がるんだ。ヴィクターがいいなら反対しない」


 恩人の身を危険にさらすことになるのではないかと、オリビアは悩んだが、祖父への信頼と彼自身の覚悟を見て、同行を了承した。前回のように馬車に乗ってというわけにもいかず、三人は徒歩で貴族区画の奥の奥に向かった。ヴィクターは異国の顔を覆う装束を纏い、レオンは鎧の兜を深く被った。オリビアの人望と功績で、怪しげな二人を連れていても何も言われることはなく。無事、王城の間近にそびえる純白の塔。王都中央教会の傍。黒を印象付ける屋敷へと入った。


「すみません。おじい様はいらっしゃいますか?オリビアが面会を求めていると伝えてください」


 色の反転した教会の紋章を胸に付ける兵士に声をかけると、兵士は走って屋敷の奥へと向かった。オリビアがどれだけの影響力を持つのかを如実に示している。戻ってきたのは兵士ではなく、同様の紋章を胸に付ける初老の執事だった。


「おじい様はなんと?」


「今は来客がない。好きに入ってきなさい。とのことです。オリビア様お連れ様は?」


「気にしないで」


「ですが、館に不審な人物を入れるわけにはいきません」


 職務に忠実で優秀な執事なのだろう。だがオリビアの一言で撃沈する。


「私が問題ないと言っています。これ以上の証明は必要ですか?」


「いえ……。申し訳ございません。お通りください」


((怖っ))

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