聖女オリビア・リューリク

「お嬢、その旅人の男とはどような関係なのですか!」


「おいヴィクターなんであんな美人と知り合いなんだよ!」


「なにっていわれても」


「なにといわれましても」


「友達だよ」


「大切な友人です」


 嘘偽りはない答えに再度ヴィクターとオリビア以外が硬直する。二人は周囲の反応を全く気にすることなく再会の喜びを分かち合う。


「自警団って教会の仕事の一環?」


「勝手にやってるの。今もこっそり家を抜け出しているわ」


「お父さんとお爺さんが心配するんじゃないの」


「何年もやってたらいつからか諦めてくれたのよ」


「オリビアは昔から変わらないな」


 聖女の無茶ぶりである村へと赴いた時のことを思い出す。


「いえ、ヴィクターに会ってからだいぶ変わったよ。あれから王都に帰って、村々を巡ったの。あの村と同じようにこっちも庶民の生活は苦しかった。教会の牧師は信仰を説いていたみたいだけど、それじゃお腹は膨れない。だから本当に豊かになれるように度々家を抜け出しては手伝いをしてたの」


 なんとか状況に頭が追いついた自警団の男たちは口々にオリビアをたたえる。


「お嬢が文字の読めない俺たちに貴重な本の中身を教えてくれたり」


「戦ってできた傷も癒してくれた」


「俺たちが家で作った物の販路も作ってくれた」


 賞賛は続き、オリビアが恥ずかしそうに制止することでやっと止まった。


「彼ら大げさなの。ヴィクターに恥ずかしいところ見せちゃった」


 てへっとはにかむその様子は昔の破壊力をはるかに上回る威力でヴィクターのみならず、男たち、レオンに襲いかかり、全員が口角を上げた。


「初めまして、レオンです。ヴィクターと旅してます」


 これ以上黙っていたら完全に蚊帳の外になってしまうと、レオンが久しぶりに口を開く。オリビアは美しく丁寧な所作でお辞儀を返す。


「ヴィクターとの旅のお話聞きたいわ。彼変なところあって面白いでしょ。私は前数日しか一緒にいられなかったから」


「ヴィクターの面白い話ならいくらでもあるぞ」


 自分がいじられる流れを感じ取ったヴィクターは会話の転換を試みようとするが、その必要はなかった。


「お嬢。そろそろ時間です。帰りましょう」


「ごめんね。村に帰らないと。……そうだわ。彼らにも来て貰います。こうすればもっとゆっくり話せる」


 不満そうな顔をする男たちに囲まれてオリビアたちが拠点とする村へと向かった。


(気まずい)


 その村は農耕を主とする典型的な村だった。人々の顔に笑顔が浮かび、健康的であることを除いて。


「おかえり。お嬢」


「おかえりなさいオリビアお嬢様」


 オリビアの存在に気付いた人は仕事の手を止めてでも彼女に手を振り出迎えの言葉をかける。


「慕われてるんだね」


「ちょっと過剰すぎるところがあるのが、困るんだけど。お嬢、お嬢ってまるでヤのつく人みたいじゃない。でも頼りにしてもらえるのはうれしいわ」


「お嬢。部屋の準備ができました」


「ありがとう。ヴィクター、レオンさん。ついてきて、いろいろ話したいことがあるの」


 感謝された嬉しさに体を震わせる男の側を通って、案内されたのは大きな家の一室、手作り感のある椅子と大きな机が置かれた会議室のような部屋だった。


「なにから話そうかな。ヴィクターたちは王都の周囲の治安をどう思った?」


「ほかの場所では盗賊に襲われなかったのにこの辺では二回も襲われたから、言われてみれば治安が悪いのか」


「栄えてる王都の近くなのに不思議だな」


「そうね。他の地域をしっかり見て回ったことはないから確かなことは言えないけど、王都周辺の盗賊は多いし、治安はよくないわ。このあたりの村の近くには大抵大きな街道が通っていて、各地から色んな物を運び込んでは王都の物を積んで帰っていく。貧乏な村はそれを狙って村ごと盗賊になっちゃうの」


「そんな理由が……」


「飢えて死ぬくらいなら罪人になってで。わからなくもない。俺も話で聞いたことがある」


 オリビアが村を助けることを決めた頃、十はくだらない数そんな村があった。盗賊村は街道を通る馬車だけでなく、次第に他の村の農作物を襲うようになり、まっとうに生きる人々の脅威へとなっていった。


「私の助けていた村が襲われた。聖女、聖女と崇められてても力は大したことなかった。癒しの力も胸を貫かれた人を生き返らせることはできなかったし、戦う村人に力を貸しても数とためらいのない襲撃には無力だった。結局、聖女なんて無価値だって身をもって知ったわ」


 オリビアは、ヴィクターに言われた言葉、そして自分が決意した時を思い出す。


「だから私は希望になることにした。希望が理想が、残酷な現実を生んでしまうなら、私自身が希望になれば。偶像として彼らの心の支えになればいい。私が死なない限り、希望も死なない」


 体だけでなく、心まで美しく気高く成長した自分とは違う強い彼女にヴィクターは羨望のまなざしを向ける。何かと理由をつけて背負うことなく逃げたのにオリビアはそれを背負っている。


「オリビアは凄いな。僕は逃げちゃったのに」


「私はヴィクターの全部を知っているわけじゃないけど、あの時の決断は間違っていないと思ってる。ただ逃げる人が師匠に村人に仲間に慕われるわけがないわ」


「そうだぞ。お前は自分を卑下しすぎだ。俺が無茶言ったのに付き合ってくれたし、スライムの討伐だってヴィクターがいなかったらできなかった」


「二人ともありがとう。でも僕は後ろめたさを背負っていくべきだと思ってる」


 沈黙と重苦しい空気が支配する部屋でオリビアが三度手を叩いた。


「ごめんなさい。話がそれちゃった。盗賊が増えた原因が困窮ならそれをなくしてしまえばよかったのよ。一つ目の村はいろんな支援で自立して豊かな生活ができるようになっていた。だからそれを隣の村へ町へ伝えて、どんどん仲間を増やして村、町同士の連携を進めたわ。だけど全部の村が加わってくれることはなかったし、盗賊もゼロにはならなかったから人を出し合って自警団を作って交代でパトロールをしてるの。今日が私の番でほんとによかった」


「オリビアはよくやってると思う」


「かの有名な聖女様は噂通り本物の聖女様だったってことか」


「もうっ。そんなに言われたら恥ずかしい///」


 戸が叩かれ、一人の男が入ってくる。


「そろそろ日が暮れます。お嬢、家におかえりなる時間です」


「あらもうそんな時間。楽しいとすぐ時間が経つから困るわ。オットーありがとう」


「よかったらお二人さん、ここに泊まっていきませんか?魔の森もここからの方が近いですし、お嬢の知り合いならみんなも歓迎します」


 オットーと呼ばれた中肉中背の好青年は二人にとって非常に良い提案をする。


「すみません。ご厚意はありがたいのですが、すでに宿を取っていて、荷物もそこにあるんです」


「そうですか。ところでどちらにお泊りですか?」


「烏の止り木という所です」


 オットーとオリビアが笑い始めた。


「え?どうしたの」


「レオンさん。安心してください。オットー、私は行くから説明はしっかりね」


 オリビアが走って部屋を出た。


「烏の止り木は私たちいくつかの村や町で共同運営する宿屋なんです。荷物はこちらでお運びしますので遠慮なくこちらでお泊りください」


「ですが、そこまで迷惑をかけるのも」


 ヴィクターに同意するようにレオンが首を何度も上下させる。


「野郎ども。聖女組の威信にかけてお嬢の客人を逃がすなァ」


「えぇぇ」


 急激に態度を変えたオットーの呼びかけで現れた男たちによって、二人は宴会場へと連行されていった。


「やっぱりヤのつく人たちじゃん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る