王都
「ある貴族家のお子様を見かけたら連絡するように言われているのですが、間違ってもそのような方を乗せていませんよね」
緊張を走らせる二人とは異なり、御者は何も知らない。
「いえ、そのようなお人を乗せるほど上等な馬車ではございませんし、騎士様の疑うような人は乗せておりません。乗せているのは二人の旅人だけでございます」
騎士は部下に声をかけて馬車を調べさせる。戸が開けられ、騎士とヴィクターの目が合うが、何も言われることはなく閉められた。
「嘘ではないようだな。通れ。中で問題は起こさないように」
なぜだかわからないが、バレなかったことに二人は胸をなでおろす。
「ふぅ。助かった」
「どうやら訳アリのようですが、契約は王都までで終了ですので、気にしないでおきます」
「ありがとう」
「人の秘密に深入りしない。旅人の知恵です。ではまたいつか出会えることがあれば一杯やりましょう。珍しい酒を用意しておきます」
二人は手綱を引き颯爽と去っていく御者を憧れのまなざしで見送った。
「まずは、ギルドに挨拶に行こうか」
そういって、二人は王都平民区画で最も大きな通りを左回りで歩き始める。スヴェト・ヴラドニア王国王都、ヴラドニツァ。王国最大の都市にして政治、経済、軍事、知識、全ての出発点であり全てが収束する街。直径約五キロ、およそ十万人が生活を送る巨大都市だ。平民が中心部に入ることは許されていない。中央を突っ切ることはできず、ぐるりと遠回りをする必要がある。
ギルドは王都の四方にある主要城門付近すべてに施設を持つため、ヴィクターとレオンは移動で時間を空費せずに済んだ。ヴァイザーブルクに比べ王都のギルドは賑やかで、旅人はもちろん重装備に身を包んだいかにもな冒険者らしき人も数多くいた。依頼板にも多くの紙が張り付けてあり、盛況具合を表していた。
十分と少し待ち、空いたタイミングを見計らってカウンターへと向かった。さすがと言うべきか王都、商会専門の職員と窓口が用事されていた。
「すみません。さっき王都に着いたのですが」
「商会の方でしたら、商会名と主に取り扱う品物を教えていただけますか?」
「ホフヌング商会、魔物の素材など魔の森で入手できるものを売りたいと思っています」
「わかりました。肉など腐敗する恐れがある物は魔の森併設の解体所に持ち込んでください。そちらで買い取ります。他のものはこちらの窓口にお願いします。貴重なものや判断に迷うものがあればこちらに持ってきていただけるとその後の指示ができますのでよろしくお願いします」
役所然とした丁寧かつ面倒な説明を受け、ギルドを後にした。どれだけ役所のようであっても教育水準が高度でない世界だけあって煩雑な手続き等はなかった。
ギルドの酒場で遅めの昼食を済ませた二人は、しばしの宿を求めてまた左回りに歩き始めた。二人が初めに入った南城門から二十分ほど歩いたところにその宿はあった。
宿屋『烏の止り木』
真っ黒の烏が羽を広げ優雅に休むそんな看板を掲げる宿は周囲に比べ賑わいを見せていた。二人は戸を開け入っていく。一階は食堂のようになっていて、カウンターの奥に四十ほどの男が作業をしていた。
「すみません。部屋は空いてますか?」
「何人だい?」
「二人です」
「それならちょうど一室あいてるよ」
「レオンここでいいか?」
「せっかく空いてるならいいんじゃないか」
「話はついたみたいだね。
ヴィクターらにとって支払いは容易な額であったが、今まで泊まった宿を思えば高価といえる。
「高くない?」
つい漏らしてしまったレオンに店主の男が反応する。
「どこから来たのか知らないが。王都は初めてみたいだな。他の街に比べたら、モノの値段も高いが、得られる金も多い。それがこの街だ。よその宿を探してもいいが、快適さと値段を考えたらここより安いところはないと思うぜ」
「連れが失礼なこと言ったみたいで申し訳ない。ここに決めさせてもらうよ」
店主の言葉通り、部屋は綺麗に掃除されていて、なんら不快感を感じさせるものではなかった。宿屋の食堂で晩飯を済ませた二人は疲れからか早々に眠りにつく。
翌朝になると、二人は乗合馬車乗り場へと向かった。徒歩で行くにしては少々遠い場所にある魔の森に向かうためだ。一時間ほど狭く窮屈な馬車に揺られると、賑わいを見せる一つの村と生い茂る森に到着した。
「こっちは冒険者らしい人が多いな」
「普通の旅人がしそうな仕事なら街にいくらでもあるだろうからな。それにしても賑やかだ」
森に入る直前の部分に小さな詰所と門が設置されていた。
「そこの二人、今から森へと入るのか?」
「はい」
「入森料として一人頭、
高圧的な雰囲気を放つ騎士に渋々ながらヴィクターは二枚の硬貨を渡した。何かとお金がかかる王都に辟易としながら、森へと入っていく。
「レオン、ここにいる魔物について知ってる?」
「もちろん、一応軽くなら調べてあるぞ。ヴィクター変なところに興味を持つくせに魔物について全然調べておこうとしないよな」
「なんだかわざわざ覚える気にならなくて」
「知らなかったら死ぬことだってあるんだからマジで頼むぞ」
「わかったよ」
多くの人間が狩りをしているためか、森に入ってすぐは一切と言っていいほど魔物はいなかった。
しばらく歩くとやっと一匹の魔物と遭遇した。黄色やピンクなど鮮やかな毛色をした数匹のネズミだった。
「あれは、ポイズンラットだ。嚙まれたら酷い毒を食らう羽目になるから近づけないほうがいいぞ」
「わかった。一点を貫き敵を射殺せ『
石製の弾丸はまっすぐにポイズンラットへと向かう。素早く発射された弾丸を回避することはできず、ネズミはその体に大穴を開けた。
「さすがヴィクター。接近せずに倒せるのは魔法使いの強みだな」
ヴィクターはポイズンラットの死体を摘まみ上げて苦々しい顔をする。
「的が小さすぎて一撃でぐちゃぐちゃだ。これじゃ売り物にならないな」
「てかポイズンラットって売れる素材あるのか」
「わからない」
「荷物になるのも厄介だし、倒してほっておこうぜ」
「そうしようか」
しばらくの間、現れるポイズンラットに石弾を撃ち込んで倒しては、さらに奥へ、倒してはさらに奥へと続けていった。二人が半ば作業となったネズミ殺しに飽きてきたころ、ついに売り物になる魔物が現れた。
「キャーキャーキャー」
人間の悲鳴かのような大きな泣き声に二人はとっさに耳を塞ぐ。
「ヨツメサワギだ。おっさんの悲鳴みたいで気持ち悪いけど、肉はそこそこうまいみたいだ」
「稀少な部位は?」
「肉が取れれば特にないらしい」
「なら遠慮なく、一撃で仕留める。一点を貫き敵を射殺せ『
目が四つある鹿のような魔物は、石弾の直撃を受け頭を消し飛ばして即死した。レオンがすぐに近づいて血抜き、不要な部位を切り落として重量を減らす。
その後しばらく歩くも、めぼしい魔物に出会うことはなく、二人はヨツメサワギ一匹を持って森を出た。やはり石弾の一撃で倒せば肉の質はよくなるらしく、解体所で引き渡すと一匹にしては多い買取価格が提示された。それ以上で売る伝手もコネを持たない二人は、言い値で譲り渡し、行と同じ時間をかけて馬車で王都へと戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作者です。
日々反応をしていただき、とても嬉しく思っています。いつもありがとうございます。
私はカクヨム、連載形式であるからこそできる事があると考えています。読者の反応で変わると言ったような、
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