お約束は突然に

 ヘルトシュタットを出た馬車は王都直前の街エーレンハインへと向かっていた。広い草原地帯を超え、小さな森をいくつか通過する。町と街のちょうど真ん中あたりには裕福でない村が多く、また距離の問題から道の整備も行き届いていなかった。激しく揺れる馬車。気持ち悪くなり今にも吐き出しそうなヴィクター。最悪なタイミングでやつらは来る。


「ヒャッハー!そこの馬車。金目の物置いてきなぁ」


 馬車はテンプレ盗賊の襲撃を受ける。行き先を防ぐように三人が茂みから飛び出し、六人が周囲を囲み徐々に徐々にその円を小さくしていく。


「何も命は取らねぇ。金さえ渡せば見逃してやる」


「ついでに身ぐるみもだ」


「ガキどもいい装備着けてるじゃないか。ボスこいつは儲けもんですぜ」


「ということだ。御者のお前も命は惜しいだろ。とっとと金目の物と装備を差し出すように言え」


 想定外の状況に二人は声を潜めて相談を始める。


「どうする?」


「どうするも、こうするもない。せっかく買った装備、こんなところで賊に渡してたまるかよ」


「だからって殺して制圧は最後の手段だ。できるなら死ぬまで人殺しはしたくない」


「ヴィクターは優しいな。俺も可能な限り殺さずが性にあってる。よしそれでいこう」


 馬車の一部が蹴り破られる。


「何こそこそやってる。おとなしく渡さねぇとぶっ殺すぞ」


 二人は飛び出し馬車の前方にレオン、後方にヴィクターが着地した。


「レオン、作戦通りに」


「わかってるよ」


「抵抗するみたいだ。多少壊れても構わねぇ。ぶっ殺せ」



「全てを砕く力を我が手に『岩力』」


「風よ砂をまきあげ我が身を覆い隠せ『目眩し』」


 身体強化魔法を唱えたレオンは、力いっぱいに地面を叩く。巻き上がった砂埃が前方に陣取る盗賊の目線を奪う。ヴィクターも魔法で後方の盗賊から視界を奪った。


 敵が見えなくなった盗賊のすることはただ一つ。接近して無理やりにでも切りかかること。


「仕方ねぇ。馬から切れ。足を失えば逃げれまい」


 盗賊たちは思い思いの場所へと切りかかるが、その一つとして馬を切り裂くことはなかった。砂埃が収まり、視界がクリアになる。馬車は盗賊たちから数十メートル前方へと移動していた。


「馬車さへ離してしまえば。あとは好きに戦える」


「くっそ。いつの前に馬車が」


「さすがベテラン御者。言わなくても合わせてくれる」


「勘が良いのが旅で長生きする極意ですからな」


 笑みを浮かべる三人に対して、盗賊九人組は怒りに身体を震わせる。


「バカにしやがって。許さねぇ。何がどうなろうと殺して後悔させてやる」


 第二ラウンドの開始だ。


「すぐに決める。放て雷伝われ痺れ『感電』」


 殺傷力の抑えられた雷が盗賊たちを伝い激痛と痺れが彼らの動きを止める。


「グッ」


「なんだこれ。イデデッ」


「レオン今だ!」


 痺れて動きを鈍らせる盗賊たちの背後に回り込む。一人づつ押さえ込み縄で素早く手を結ぶ。


「後ろががら空きだァ」


 頭領と見られる男が痺れから抜け出し、拘束のために背中を向けるレオンに切りかかる。


「そっちがな」


 知らぬ間に回り込んでいたヴィクターの魔法で意識を刈り取られる。


「クソがァ」


「やったな」


「ああ、どっちにも犠牲はゼロ。最善だ」


 御者はしっかりと拘束されていることを確認して二人の方を向く。


「賊共は荷台に乗せて、前の方に乗って貰えますか?エーレンハインで騎士に引き渡します」


「わかりました」


 三人に盗賊九人が荷物として加わったことで速度を落とした馬車は当初の予定より遅れてエーレンハインの門に到着した。御者が盗賊について門番の騎士に伝えると、慌てて数人の騎士が現れて、連行していった。


「ご協力ありがとうございました。最近あの辺りで盗賊が活発化していたのですが、街から遠いこともあって手が回ってなかったんです」


 助かりましたと破損した馬車の修理代の一部が謝礼兼迷惑料として手渡された。


「捕まえてもあんまりうまみがないんですね」


「そうですね。だから戦うとなったら殺しちゃう人が多いですね。あんまり心地のいいものではないですから、捕縛の選択は正しかったと思います。ただし、いざという時は迷ってはダメですよ。無法者の命より自分の命が大切です。優しすぎるというのも……」


 御者はやや赤くなってきた空を見上げる。


「すこし暗くなりましたね。この街には私の知り合いがやってる宿があります。安宿ですがサービスは保証しますよ」 


「ではお言葉に甘えて」


 案内されて入った部屋は小奇麗であるにも関わらず御者の言う通り、銅貨一枚1,000デナ青銅貨五枚500デナと安価なであった。


「なあ、レオン。王都に着いたらしばらくゆっくりしていかないか?」


「俺はお前についてくだけだから任せる。王都近くの魔の森も攻略してやるか」


「あんなに危ないことはしばらく遠慮したい」


 これからのことを話しているうちに眠気に打ち勝つことはできず二人は深い眠りについた。


 翌朝、エーレンハインを出発した馬車は真上から降り注ぐ太陽光を受けながら、王都に入るための行列に並んでいた。


「この時期王都の警備が強くなるのを失念していました」


「何かあるの?」


「王都に居られるお貴族様による通年会議と呼ばれる会議が終わる時期なのです。会議自体は一年中行われてはいるのですが、特に終わりが近づくと大切な議題の採決を取るらしく。警戒のために王都に入る審査が厳格になることがあるんです」


「領地貴族が集まることは無いの?」


「数年に一度そのような会議もあるようですが、今年はそうではないようです」


 様々な障壁を超えてここまで来たのに親に見つかり連れ戻されてはたまらない。その懸念が不要であったことにヴィクターは安堵のため息をつく。


「よかった」


 ヴィクターの都合を知らない御者は領主を恐れていると真実とは異なる解釈をした。


「大丈夫ですよ。貴族と平民が出会うことなど、王都ではないですから。身分や所得に応じて生活空間が城壁で仕切られているのですよ。一番外が平民。真ん中が商人や高名な職人、一番内が王族貴族といった風にね。よっぽどのことがない限り旅人が入れるのは一番外だけです」


「そうなんだ。意外と狭苦しい街なんだな。まあ王国の中心だからそんなものか」


 貴族や領主と深い関係になかったレオンはあまり思うところがないようだ。日は落ちていくとともに列もゆっくりと進んでいく。ついにヴィクターの乗る馬車の番になった。


 王都の城門を守る騎士のかけた言葉にヴィクターとレオンの間に緊張が走る。


「ある貴族家のお子様を見かけたら連絡するように言われているのですが、間違ってもそのような方を乗せていませんよね」


「終わった……」

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