騎士見習いレオンハルト

「ウォレスさんいますか?」


 客を呼び込む気がないのか、まったく色気のない店内に入り声をかける。


「おお、その声は坊主か。騎士見習連れて何の用だ?」


「臨時収入があったので、こいつと僕の装備を整えようかと」


「わかった。そこでしばらく待っとけ」


 数分すると大きなかごに大量の武器防具を詰めて戻ってきた。


「坊主らの体格で扱えそうなのを適当に持ってきた。こっちがヴィクターでこっちが騎士見習の坊主用だ。好きに選べ。その間俺は酔っぱらい剣と触れ合うから早く寄こせ」


 返答を待つことなく、ひったくるようにヴィクターから剣を奪い。恍惚の表情で工房へと下がっていった。


「あの人本当に大丈夫な人か?俺には異常者にしか見えないが」


「たぶん、おそらく、何とか大丈夫かな」


 ごもっともな指摘にヴィクターの返事もあいまいなものになる。


「だけど腕は一級だと思うよ」


「それならいいんだが」


 あーだこーだ言いながら二人はかごの中身を物色するが、驚くべきことにサイズに重量がそれぞれの体に合うものばかりだったのだ。それだけでなく、レオンハルト向けには騎士鎧が、ヴィクター向けには小手など体の一部のみを覆う軽い防具が重点的に集められていた。


「僕は何回か会っているからともかくとして、一目でレオンハルトの必要とするもの合うものを見極めたのか」


「ほんとに腕は一級なんだな」


 この会話ののちしばらく金属の擦れ合う音のみが店内を支配する。金を気にすることなく自らを守り勝利に導く相棒を探す作業に熱中する。


 レオンハルトは堅牢堅固な分厚い騎士鎧を、ヴィクターはやたら軽い鉄製の小手と胸当て、魔物の素材でできた膝あてを選んだ。


 頃合いを見計らってウォレスが戻ってくる。


「騎士見習いの坊主は重魔鉄製の鎧で、坊主は魔鉄と金剛亀の甲羅でてきた装備か、まあまあ良いやつ選ぶもんだな」


「だからこんなに固いのか」


 感嘆の息を漏らし再度固さを確かめるように何度も叩く。


「詳しいの?」


「鍛冶師の前で披露するのも恥ずかしい浅知恵だけど、一応騎士見習だからそれぐらいは。魔の森みたいな魔力濃度の高い空間にある鉱石はその影響を多大に受けて変質することがあるんだ。その一つが魔鉄。より高濃度のところにあれば重魔鉄になるらしい」


「よくわかってる騎士見習だ。それに比べて坊主は……、せっかくだ鍛冶師がさらに話してやろう。重魔鉄と魔鉄のでかい違いは重さと強度だな。魔鉄は軽くなっただけで強度はただの鉄とさして変わらん。だがな重魔鉄は強度は鉄の十倍以上だ。その代わり相当重いがな。だいたい五か六倍っていったところだ。偉そうにしゃべったが、魔鉱石周りは謎だらけの分野で確かなことは分かんねぇんだ」


「「なるほど」」


「そんでそれ買うのか?買わないなら追い出すぞ」


 ヴィクターが懐をまさぐり、革袋のうち一つのレオンハルトに投げ渡す。


「ピッタリ五十、五十で分けてあるから文句はなしだ」


「ヴィクターの配分が多くていいと思ってたんだけど、もらえるもんなら俺はもらうタイプだ。後からなしはなしだぞ」


「中身は銀貨ってところか、ずいぶん派手に稼いだな」


 金属と昼夜をともにする鍛冶師にとって聞こえる音で中身を言い当てるなど朝飯前だった。


「騎士見習いの坊主の分が銀貨三十枚300万デナ、坊主の分が銀貨二十枚200万デナでどうだ」


「俺はそれでいいぞ」


「身を守るものをケチるのもよくない。それで」


「毎度あり!!」


「その代わり……」


 ヴィクターがニヤリと笑みを浮かべ注文を付ける。


「メンテナンスは勉強してくれるよね」


 苦い顔を一瞬したのちウォレスは両手を上げ声を出して笑う。


「食えないガキだ。いいだろう。酔っぱらい剣もろとも全部まとめて面倒見てやる。年中朝夕いつでももってこい。俺の弟子にも伝えといてやる」


 入店した時とは大違い財布は軽装に身に着けるは重装備で店を後にする。


「ヴィクター、せっかくだしちょっといい所でお昼にしないか?」


 家を出てから屋台の串焼き以上の味を口にしていなかったから、ちょうどいいとその提案を受けることにした。


 レオンハルトの案内でマット・ゼムリャというヴラドニア王国伝統料理の看板を掲げるレストランへと入った。早々に追い出されそうになるが、まだまだ大金の入っている布袋を見せ、支払い能力を証明すると、一転態度が変わり店員は二人を誘導した。


「まさか、個室に案内されるとはね」


「騎士団でこのことを話したら大騒ぎになるな」


 どうやらメニューのようなものはないようで、その日のコースが自動的に出てくるらしかった。クレイジーボアの骨からとった出汁にその肉と新鮮な野菜とを浮かべたスープを飲み干すとレオンハルトがあのさ、と話を切り出した。


「ヴィクターはこれから先どうするんだ?」


 目的がない旅ではあるが、オリビアとの約束を守るためにも王都に行くことはマストだった。


「北上して王都かな。その先はまだ考えてない。レオンハルトはどうするんだ?やっぱり騎士を目指すのか」


 数秒の沈黙の後、


「俺は……。騎士見習いを、騎士をやめようと思う。今回のことでよくわかったんだ。騎士になっても、騎士としてどれだけ強くなっても俺が本当に守りたい人を守ることはできない。一生唇を嚙みながら、悔しさに拳を握ることになる」


「でもずっと目指してたんだろ。すべてを投げ打ったからってうまくいくとは限らないだぞ。それに、騎士に辞める制度がないって聞いたことがあるけどそれは大丈夫なのか?」


 ギルドができて、人々が国中を移動できるようになるはるか前、生まれた家の仕事を死ぬまで続けることが当たり前の時代。そんな時代に騎士のシステムは作り上げられた。機密保持だ、人材確保だと何かと理由がつけられ、今に至るまで騎士の職に大けが、殉職以外に辞める手段が作られることはなかった。


「正式に辞めれなくても、逃亡がある。逃げて、身分を隠してしまえば死んだも同然だ」


「どうしてそこまでして」


「俺が幼い頃、故郷の村は魔物に襲われ全壊、生き残ったのは俺含め数人の子供だけだった。孤児院に引き取られた俺は二度と俺たちのような悲劇を産まないように騎士をめざした。だけどどうだ。騎士は色んな規則で雁字搦め、魔物が現れたと報告を受けても、実際に討伐に行くことは稀だ。ここじゃあ俺の想いは果たせない。ヴィクターとなら俺は俺のやり方を全うできる気がするんだ。仲間として旅に加わらせてくれ」


「分かった。ただし、これから話すことを聞いて、それでも共に行くと言ってくれるなら……」


 卓上の水を飲み干してからヴィクターは、自らの身分、立場、ここに至るまでを事細かに話した。


「こういうことだから一緒に来たら貴族家の厄介事に巻き込まれるかもしれない」


「俺だって違法に逃げ出した騎士になる予定なんだ。今さら貴族家一つ屁でもない。考えは変わらない」


「民を放って領地を出ててもか?」


「次男だろ?別に責任もないんだからいいんじゃないか?それにヴィクターが人のために戦えるのは知ってるからな。何度何を言われても決意は変わらないから諦めて連れてけ」


「レオンハルト、改めてよろしく頼む」


「ああ、どこまでもついて行ってやる」


 男同士の熱い握手が交わされたその瞬間、店員がメインディッシュの肉料理を運んできた。


 二人はバツが悪そうに手を引っ込め、はにかんだ。


(タイミング悪すぎだろー)

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