不可思議の正体

「あの竜が魔物たちの移動を引き起こしてたわけではなかったの……か」


 長い沈黙が支配する。


 辛勝したブラッディベアより強い竜より強い何かがいる、二人は絶望といっていい感情を抱いた。


「騎士団はこのことを?」


「認識はしてるけど、楽観論がほとんどだ。ギルドは動くと思うか?」


「難しいと思う。竜があっけなかったことで、緊急措置が正しかったのか追及を受けてるみたいで」


「そうか……」


 再び重い空気が漂う。


 ヴィクターは部屋の奥へ一度戻ると、十数枚の資料と、『ライゼンダーの手記』を持って戻ってきた。


「こっちが、ギルドでもらってきた数十年間で報告された新種と思われる魔物目撃証言の一覧。そしてこっちが王国を旅した旅人の手記だ」


「その二つが今回とどんな関係があるんだ?」


「まあまて、先日の竜、物理攻撃に異常に弱いって生き物としておかしいと思わないか?いくら魔法防御が高くても強い魔物は他の攻撃手段だって持っているんだ。魔法にばかり強くても意味がない」


「確かにそうだ」


「そしてあの森では不可解な魔物の報告が幾度もなされている。ふたつの生首もそのひとつだろう。そして『ライゼンダーの手記』によると、北部のある地域で肉体をちぎって魔物を作り出す特殊な粘菌集合体スライムに遭遇したと記されている」


「そんな魔物聞いたこともない。って、もしかして」


「ああ、あの森にも昔から魔物を生み出す特殊な粘菌集合体スライムが生息していてそれが多くの不可解を起こし続けているのだろう」


「だったら何も解決してないじゃないか。もともといなかった竜を倒してもマイナスがゼロに戻っただけだ。根本をなんとかしないと」


 ヴィクターはボソッと、しかし確かに呟いた。


「行こうか」


 十数年ヴィクターとして生きたとしても、それより長い時間を亘として現代日本で生きていたヴィクターは、望みであった冒険以外できわざわざ危険に飛び込むことをよしとしていなかった。危険を避けるために領地を逃げ出したヴィクターが挑むことを選ぶ、明らかな矛盾だ。


 しかし、ヴィクターの中には決意、いやそれよりももっと熱い自らを突き動かす衝動が渦巻いていた。


(逃げるとか逃げないとかじゃない。負けたくない。鍛えた剣と魔法で)


 素晴らしい師匠の元で努力をしたという自負、そして感じた挫折に一つまみの正義感。そして理屈では説明できないなにかがヴィクターの心を動かしている。


 決意が済めばあとは早かった。2人はボロボロになった装備を身にまとい、朝方の街を駆けていく。


 たどり着いた森は異常を感じさせることはなく、脅威が去り日常を取り戻したかのように見えた。


「恐らく標的が潜むのは森の奥、いちいち魔物を相手にしてたらキリがない」


「速度のみに身体強化を限定、さらに魔法の重ねがけだ。最高効率、最高速度で走り抜ける!!」


 前のように消耗した先で戦いになることを懸念するレオンハルトに対してヴィクターは単純且つ明快な答えを返す。


「「我が身を稲妻と成し疾風の如き速さを『雷疾走』」」


 稲光に風になった2人は魔物が攻撃に移るより早く、速く、奥へ奥へと進んで行った。森は緑を増し、日光は分厚い木々に阻まれて十分に届かなくなっていく。森の中層と呼ばれるクレイジーボア、ブラッディベアが本来生息する領域に入って十五分ほどたった頃。


「ヴィクター、あれは」


 二人の目の前に赤黒い血の跡を地面につけながら、ぼそぼそと遠くからでは聞こえない大きさで何かをつぶやく黒髪と金髪の生首が現れた。


「噂の生首、ほんとにいたんだな」


「近づいてみるか」


 二人は同時に剣を抜き、警戒をしながら一歩一歩生首に向かって近づいた。


「ゆっ〇り、よ」


「〇っくり、だぜ。今日は、は、は、魔法についてかい、かいせつ、かいせつ、かいせつ、いくぜ、ぜ、ぜ、ぜ、ぜ」


(なんで異世界にゆ〇くりがいるんだ!! 話聞いた時からうすうす可能性は感じてたけど。しかもめっちゃホラーになってるぅ)


 ヴィクターが混乱と同時に、心の中で盛大なツッコミを入れる中、ただのしゃべる不気味な生首としか認識していないレオンハルトは黒髪の生首を縦に一刀両断。金髪の生首には脳の部分に剣を差し込み持ち上げたと思うと体を回転させながら勢いよく飛ばし、遠くの木の幹に思いっきりぶつけた。


 ヴィクターは何とも言えない悲しさを覚えた。


「あぁ……」


「どうかしたか?生首が怖かったならもう済んだから大丈夫だぞ」


「いや、こっちの話だから気にしないで」


 気を使って声をかけてくれるレオンハルトに感謝しながらも、前世の世界ではやってた動画コンテンツの登場キャラと似てるんだなんていうわけにもいかず、ヴィクターは笑って誤魔化した。


 さらに奥に進むと、突然眩い太陽が照り付ける。目のくらみが治り二人が前を見ると、円形に木々がない開けた空間が現れた。


「なんだか雰囲気が変わったな」


「まるで闘技場みたいだ」


 ヴィクターがそう例えた直後、背後から赤いドラゴンが轟音を立てて突っ込んできた。レオンハルトは回避行動をとり、すぐさま剣を抜く。ヴィクターも身体強化で距離を取り、石弾の発動準備を完了させた。


「いったん魔法で様子を見る。どうせ効かないんだろうけどッ。一点を貫き敵を射殺せ『石弾ストーンバレット』


 ヴィクターの予想通り竜はよけようとするしぐさも見せず、鱗で簡単にはじき落とした。


「おりゃぁぁ」


 下半身を重点的に強化したレオンハルトは強く踏み込み、一気に竜の胸元まで飛び上がる。そして、力いっぱい振り下ろす。竜は軽く咆哮しその姿、世界に存在した証明もすべて消滅した。残ったのはレオンハルトの剣が作った小さなクレータだけだった。


「やっぱりあの竜、物理攻撃には弱いみたいだ」


「生首に竜が出てきたってことはどうやらスライムの住処は近いみたいだな」


 今度は前方からドスン、ドスンと地面を踏みしめる音が聞こえてきた。


 二人は顔を向け、その姿を確認する。

 体長十五メートル超、体高十メートルほどのトカゲのような生き物だった。


(ゆっ〇りに続いて今度は恐竜かよ。しかもティラノ⁉ここ異世界じゃないの⁇まさか……知らない間にネットの中に転生してた?)


「ヴィクター!! ぼーっとしてる場合じゃないぞ」


「ごめん。考え事してた」


「あいつも魔法で様子を見る?」


「いや、魔力を使いすぎるのはもったいない。僕も剣でいく」


 ヴィクターの持つ酔っぱらいの剣は石弾の五分の一ほどの魔力を投入するだけで十分な切れ味を確保することができる。本来であれば王家の宝物庫に入れられてもおかしくないほどの性能を持つ名剣である。一介の鍛冶師がベロベロに酔いながら作り、子供が簡単に振るっていいはずのものではなかった。


「いくぞ、せーの」


 同時に飛び出した二人による斬撃は簡単にティラノを切り裂き、竜同様消滅させた。


 直後、開けた空間のちょうど真ん中あたりがもぞもぞと盛り上がり始める。


「Gooo...Gooo...Gooo...」


 土煙の先から威圧感を感じさせる深く重い鳴き声が森中に響き渡る。


「レオンハルト、ここまでは想定内だ。作戦通りにいくぞ」


 ヴィクターは声を張り上げるが地面を押しのける音に鳴き声が合わさり、レオンハルトに届くことはなかった。


「なんだっ」



 何かがヴィクターのそばを掠める。



「ぐはぁッ」


 レオンハルトが血を吐く。

 気づけば高速で放たれた触手の一部が胸のあたりに突き刺さっていた。

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