はじめての仲間

 約束通り城門前で落ち合ったレオンハルトとヴィクターはお互いの姿を見るなり困惑の表情を浮かべた。それものそのはず、レオンハルトは騎士団の紋章をボロ布で隠した鎧を纏っており、ヴィクターは剣士が持つはずの防具を何一つ身につけていなかった。


「なにもそんなにしてまで隠さなくても」


「仕方ないだろ。紋章が一個でも見えてたらぶん殴られるだよ。プライベート用に一式揃える金なんかないし。そっちこそ、なんで鎧どころか何一つ防具がないんだ。揃える金ぐらいあっただろ?」


「それが本を二冊かったらすっからかんになっちゃって」


 二人は顔を見合わせ一度大笑いした後森に向かって歩きはじめた。



「僕が石弾で倒すから、回収と撃ち漏らしをお願い。ある程度狩れたら調査に時間を当てよう」


「分かった。でもいいのか?約束は狩りだけだっただろ。調査まで手伝ってくれなくても」


「僕だって喋る生首については気になっているんだ」


 ヴィクターは脳裏にチラつく赤と黄色の二人組かどうかを明らかにするという好奇心から、レオンハルトは民を守る騎士としての正義感から、理由こそ違えど、二人は今同じ方向を向いていた。


「あれから何か情報は増えたの?」


 ヴィクターは噛みつき兎に石弾を打ち込む。


「目撃地点が徐々に浅くなりつつあるみたいだ」


 レオンハルトが石弾を避けたフライングチキンに剣を振るう。


「気まぐれで動いているのか、強大な何かから逃げているかだなッ」


 ヴィクターは小型のクレイジーボアを魔力を込めた一振で倒す。


「魔力に適応した魔物という生き物が異なる魔力濃度のエリアに移動することは通常ない。クレイジーボアだって本来もっと奥に生息しているはずだ」


 この森に明らかな異常が起きているというレオンハルトの懸念は実現することになる。


「グアァァァ」


 クレイジーボアより二回りほど巨大な赤黒いクマが木々を縫って顔を出した。


「ブラッディベアだと!?」


 レオンハルトは即座に剣を構え、ヴィクターは手に魔力を集め始める。ブラッディベアは様子を伺うようにじっと二人を見つめる。


「俺が隙を作る、トドメを」


「分かった」


 レオンハルトは身体強化魔法を強めにかけて、ブラッディベアに急接近する。大きく振り下ろされた爪を辛うじて剣ではじき返す。丸見えになった腹の部分に横なぎ。しかし僅かな傷をつけたのみに終わった。


「避けろレオンハルト。雷光煌めきて雷鳴轟きて敵を貫き穿て『雷槍』!!」


 詠唱を複雑化し威力を増した雷槍がブラッディベアに直撃する。


 爆煙が晴れるとそこには、胸元に血を滲ませ怒り狂うブラッディベアがいた。


「周囲に影響が出ないように手加減したとはいえ、十分な威力のはず。あれで倒れないのかよ」


「ヴィクター!撤退分も考えたらそろそろ身体強化の限界だ。なんとかしないと」


「一発賭ける。三十秒持たせてくれ」


「死んだら地獄で問い詰めてやる」


 ヴィクターは数秒間目を瞑って、先ほどより多くの魔力を手に集める。


「守れ、防げ、封じ込めよ、母なる大地の力『土壁ウォール』」


 地面が轟音を立てて、ブラッディベアの周りを囲むように四枚の壁が屹立する。それぞれの壁が伸びていき、蓋をするように頭上を塞いだ。


(瞬遷)


 雷槍の残滓を頼りにヴィクターは閉じ込められたブラッディベアの足元に飛び、魔力を一気に放出した。


「魔力よ爆ぜろ『魔力爆』」


(瞬遷)


 密閉空間に充満した魔力が爆発を起こす。逃げ場のないエネルギーは刃となってブラッディベアに襲い掛かる。


「大丈夫か」


 レオンハルトが瞬遷で戻ってきたヴィクターに駆け寄る。


「なんとか。それでブラッディベアは?」


 土壁が崩れ落ち土煙が晴れると、巨大な熊はその身を自身の鮮血で染め上げ倒れこんでいた。


「やったな」


「ああ」


「やっぱり特殊魔法は凄いなぁ」


 長時間切り合ったレオンハルト、半ば自爆のような攻撃を放ったヴィクター、肉体的にも、魔力的にも限界が近づいていた。


「バリバリグギァゥ」


 最悪以上の最悪が現れる。


 音圧だけで木々をなぎ倒し姿を表したのは、赤く硬い鱗に覆われた絵に書いたようなドラゴンだった。


「嘘だろ」


「……」


 ヴィクターが驚きの声をあげる横でレオンハルトは体を硬直させているだけだった。


「一点を貫き敵を射殺せ『石弾ストーンバレット』」


 巨大にして強大な爬虫類はヴィクターの一撃を気にするまでもないとその鱗で弾いた。


「レオンハルト、早く動け!万全でない今戦える相手じゃない。早く逃げるぞ」


 レオンハルトはヴィクターの大声でやっと硬直から脱し苦虫をかみ潰したような顔をした。民の前に立ち、民を守るべき騎士が脅威となりうる魔物から逃げる。いつものレオンハルトであれば到底受け入れられるものではなかったが、信念よりも強い本能が逃げろと警鐘を鳴らしていた。


 二人が逃げ出したことに気づくと、赤い鱗のドラゴンは追いかけようとはせずに、真っ直ぐ森の奥へと戻って行った。


 なんとか街へと戻った2人はレオンハルトが騎士団に報告をヴィクターがギルドに連絡することを約束しその日は別れた。


 ギルドはいつも通りの騒がしさで、異常が発生していることを誰一人察知していなかった。ヴィクターは受付の職員に焦る心をなんとか抑えながら話しかける。


「今からギルド長に面会できませんか?緊急の報告があるんです」


 創作物に描かれるそれより役所色が強いとはいえ人命が関わる機関だけあって緊急という言葉には敏感だった。


「ギルド長は今、王都に出張で不在ですので、私ギルド長補佐が承ります。何があったんですか?」


 ヴィクターが先程のことを包み隠さずに話すと、職員は一瞬驚愕の表情を浮かべた後、すぐに振り返りテキパキと指示を始めた。


「ギルド所属人間の当該魔の森侵入を取りやめ、現時刻以降の魔の森関連依頼を無期限取り消し」


「はい」


「王国法第十条八項の適用準備、各所への伝達急いで。アムガルト家へはギルド長補佐の私が向かいます」


「了解」


「魔物部は報告魔物の種の特定を」


「しかし、現有する資料に該当、類似する種確認できません」


「クッ。ギルド長への報告と共に王都ギルド本部に情報要請。そして即座に先遣隊を組織、今から一時間以内に出発させるように」


「騎士団から過剰ではないかと連絡が」


「森は我々の管轄だ。聞き流す」


「脅威度の認定は如何致しましょう」


「情報が集まるまでは竜種の可能性も考慮して脅威度Ⅲ認定」


 バタバタと職員たちが動き出す中、ギルド長補佐の女性は一通りの指示を終え大きく息を吐いた。置いてけぼりになっていたヴィクターは、女性の手が空いたタイミングを見計らって質問する。


「たった一人の報告ひとつでこんなにするんですか?」


「竜は街を国を滅ぼす力を持つ上位の魔物です。たとえ竜種でなかったとしても魔法が一切効かないというのは十分強い魔物であることの証明ですので、国家の脅威、地域の脅威に次いでの脅威度Ⅲ、領地の脅威認定は過小かもしれないほどです」


 突然、入り口の辺りで大きな歓声が上がった。忙しなく動き続けていた職員たちも手を止め、熱い視線を向けた。


 そこには長身で鎧をまとった剣士、ローブを纏ったいかにもな魔法使い、筋肉モリモリマッチョマンの斧使い、それ意味あるん?と言いたくなるほど露出の多いビキニアーマーを着た女が立っていた。


「彼らがヴァイザーブルクギルドの誇る最強パーティ戦狼の牙です。広範囲に活動する彼らが偶然にもこの街にいた事は幸運としか言えません。調査だけでなくもしかすると明日の朝には討伐の報が届くかもしれません」


 ギルド全体に広がる安堵と興奮から来る熱気が、戦狼の牙の強さ、築いてきた功績を物語っていた。戦闘において強力な特殊魔法、クロウという剣の師を持ちながら、何もできない悔しさにヴィクターは拳を握る。もはや自分がいる必要は無いと宿に戻り明日を待つことにした。


 翌朝、ギルドに行くとヴィクターは思ってもみなかった報告を目にする。


 掲示板に貼られた報告書曰く


「赤き竜、戦狼の牙剣士の一振で霧散、何らかの魔法が使用された形跡がないため討伐と認定する。また当該魔物は新種であると推定され、対魔赤竜アンチマジックレットドラゴンと命名されました」


 あっさりと討伐されたこと、しっかりと頭を使えば勝てたかもしれないことがヴィクターによりショックを与えた。この世界に産まれてはじめての挫折。ヴィクターは失意の中、ギルドの受付に一言かけて宿へと戻ることにした。


 日は高く昇り部屋が明るくなり、徐々に傾き暗くなっていく。蝋燭が太陽の代わりに部屋を照らす。数時間もすれば蝋は溶け切り室内を暗闇に変える。


 再び日が差し込む頃、ヴィクターは戸を叩く大きな音で目を覚ます。


「ヴィクターいるか?レオンハルトだ。竜が倒されて正常化するはずなのに、浅い部分でクレイジーボアとブラッディベアの目撃がすごく増えてる」


 悪夢は寝ても覚めても終わらない。悪夢の中だと気づいているのは、ただの二人のみ。

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