はじめての散策

 グスタフとの面会を終えた後、ヴィクターはギルドの酒場で昼食を済ませ紹介された旅人御用達の宿へと向かった。


 宿の戸を開けると一階は食堂になっており、客はいないようで四十歳ほどの男性が椅子に腰かけていた。


「すみませーん。一人用の部屋空いてますか?」


「ああ、ちょうど今なら空いてるよ。一泊朝食付きで銅貨一枚1,000デナだよ。夕食付きなら銅貨一枚1,000デナ青銅貨五枚500デナね。しばらく泊まるなら安くしとくよ」


「じゃあとりあえず、一か月夕食なしで泊まるよ。いくらになる?」


「三十日なら劣銀貨二枚20,000デナ銅貨五枚5,000デナでどうだい?」


 ヴィクターが頷いたのを確認して、宿屋の男は鍵を手渡した。


「料金は最終日、出発の前で」


「分かった。ありがとう」


 当座の目的であったギルドの登録を済ませ、宿も確保し暇になったヴィクターはなんの目的もなく街へと繰り出した。


 ヴァイザーブルクを南北に縦断する大通りは、三十分ほどで端から端まで歩ける長さで、南端には中央城門、北端にはこの地を治めるアムガルト子爵家の屋敷が鎮座している。


 昼過ぎという時間のせいか人通りはまばらで並ぶ店々の店員も覇気のない顔をしている。


 宿を出たヴィクターは通りの真ん中あたりから南に向けて歩き始めた。


 まずその目を掴んだのは二本の剣が交わる看板、そう武器屋であった。


(狩りで生計を立てるなら武器は必要だよな。覗いていくか)


 ヴィクターは荷物になるからと短刀以外の武器を持ち出していなかった。店に入ると客はおらず、ドワーフのような体系の男が気怠そうに座っていた。


「なんだ客かと思えばガキか。冷やかしなら帰った帰った」


 男はシッシと手を振る。


「客です。狩りに使う武器を見繕おうと思って」


「あぁそうか、十五からギルドに登録できるんだったか。どのみちまだガキじゃねえか。まぁいいか、金払うなら何才だろうが客だ。俺の名はウォレス、しがない鍛冶士だ。さあ要望を言え。ここにある分でできるだけ合うやつを選んでやる」


「魔法も使うから重すぎなくてできれば切れ味もある物があれば」


 男は口を大きく開けて笑う。


「そんな魔法みたいな剣があるかよ。……と言いたいところだが、なんとあるんだなぁこれが」


「あるのかよ!」


 ヴィクターのツッコミを背中に受けながら、男は一度裏の工房に入り、一本の片手剣を持って戻ってくる。


「こいつがそれだ。浴びるように酒を飲んで打ったらできたやつなんだがな、アホほど軽くて脆いくせして、魔力を込めたら強度と切れ味がなんでか上がるんだよ。坊主の要望通りだ。こんな剣いくら探してもないぞ」


「酔っぱらいの魔剣かぁ」


 そのつぶやきをウォレスは聞き逃さなかった。


「なんだって?」


「いえ、何も」


「俺としてもこんな自分でもよくわからん剣を売り物にする気はねぇ。メンテをここでしてくれて、使用感を教えてくれるなら、譲ってやらんこともない」


 家から劣銀貨五枚分50,000デナしか持ち出しておらず、財布を気にする身分であるヴィクターにとって利しかない申し出であった。


「ぜひ使わせてください」


「よくわからんガキがよくわからん剣を持っていく。これも何かの縁だな。こいつをよろしく頼む」


 ヴィクターは差し出された剣を受け取り、出口へと歩いていこうとするが、ウォレスがそれを制止する。


「坊主。そのまま外を歩く気か?裸のまま剣を持ち歩くなんぞ騎士に捕まえてくれと言ってるようなもんだ。というわけで、鞘を選べ」


「じゃあこれで」


 選ばれたのは黒い革製の鞘でした。


「これか、これなら劣銀貨一枚10,000デナだな」


「金取んのかよ」


 ウォレスはしてやったりと口角を上げる。


「当たり前だろ。こっちも商売だ。嫌なら騎士に捕まるんだな」


 超ド級の正論を受けたヴィクターはおとなしく劣銀貨一枚を支払った。


 先ほどとは違い剣を腰に携えて通りを歩く。通りの終点、中央城門に近づいてくると、ヴィクターはある方向に早足になり向かっていく。そして串焼きと看板を掲げた屋台の前で止まる。


「おっちゃん一本頂戴」


「あいよ。青銅貨一枚100デナだ」


 昼食から時間もたち小腹が空いていたヴィクターが、香ばしさをあたりに振りまく串焼きの誘惑に打ち勝つことはできなかった。ヴィクターは出来立てアツアツの串焼きに舌鼓を打ったのち通りをはずれ、城壁沿いまで歩く。


(この辺りでいいか)


 日が暮れる前に剣の試し振りをしたいと思い、侵入したのと同じ手順で城壁を超えた。


 人気がなく森が近く少々陰鬱とした平地で酔っ払い魔剣を鞘から抜く。十五歳の体でも難なく扱える軽さであり、ヴィクターは気分よく振り続けたが、しばらくすると飽きてきて森へと入っていった。


 切れ味と魔力の実験をしようと人の体ほどの太さを持つ木の前で構えをとった。魔力を込めずに振るわれた一閃が木を切り裂くことはなく、その肌に傷をつけただけだった。


 次に振るわれた魔力を込めた一閃は木を容易く切り裂き、勢い余って周囲の木々までも真っ二つにした。ヴィクターは初めての魔法でやらかしたことを思い出し苦笑いをした。


(魔力はそれほど込めなくてもいいのか。コスパがよくて助かる)


 ヴィクターがそろそろ街に戻ろうとした時。森の奥からガサゴソと音がして、熊のような大きさをした猪が現れた。逃げることもできたが、試し切りにちょうどいいと対峙することを選んだ。


 大猪は爆音で吠えると猛スピードで突進する。ヴィクターは戦闘を予見しておらず、瞬遷を使うためのマークポイントは周囲にない。


「我が身を稲妻となせ『雷走』」


 ヴィクターは身体強化魔法をかけ、地面を強く蹴って転がりながら横方向に回避する。大猪はそのままの勢いで木々に突っ込み大木さえも容易く折り砕いた。


「なんてやつ。真面目にやらないとまずいな。まずは魔力をばら撒いてマークを!」


 ヴィクターの右手に魔力が集まる。


「雷光煌めきて敵を穿てッ『雷槍』」


 放たれたいかずちの槍は大猪の横腹に激突するも、厚い毛皮と魔法への耐性によっていかなる効果も与えず砕け散り、残滓は辺り一帯の地面に降り注いだ。しかし激高させるには十分な衝撃だった。


「ブオオオオ‼」


「完全に怒らしちゃったかぁ」


 ヴィクターは剣を抜き構える。魔力はまだ込めない。


「だけどこちらの準備も整った!」


 先ほどより速度を増した突進がヴィクターを襲う。


(『瞬遷』)


 大猪は突如目の前から獲物が消えたことに混乱せず、移動先に鋭い爪を振り下ろす。


(『瞬遷』)


 捉えることをあきらめた大猪は、辺り一帯の木々をがむしゃらに殴り、その破片での攻撃を試みる。


(『瞬遷』)

(『瞬遷』)

(『瞬遷』)

(『瞬遷』)

(『瞬遷』)

(『瞬遷』)

(『瞬遷』)


 幾度となく現れ消える獲物ヴィクターに流石の大猪も消耗を露わにしだした。一方のヴィクターは魔法は連発しているものの、魔力消費の少ない特殊魔法。消耗は最低限だ。


(今だ!)


 剣に試し切りをした時の倍ほどの魔力を込める。


 ……そして、勢いが弱まった突進をさらりと避け、その首に刃を当て、力いっぱい振りぬく。音もなく大猪の肉を切り、ガコンと骨に当たる軽い衝撃があった直後、その首が転がった。


 首のない獣から流れ出る鮮やかな赤が橙の夕日を反射し、勝者を照らす。


「勝った。はいいけど、これどうしよう……」


 後処理までが勝者の責任だぞッ♡

 ↑誰やお前



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


想定よりデカすぎたため、街の大きさの描写を修正しました。

『大通りは、一時間ほどで端から端まで歩ける長さ→大通りは、三十分ほどで端から端まで歩ける長さ』

内容に大きな影響はないと思われます。

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