儀式と約束

 ヴィクターはいくらするのか聞きたいような聞きたくないような重い扉を開けて部屋へと入った。


「父上。お呼びですか?感謝祭の話と聞いたのですが」


「ああ、感謝祭で開魔の儀を行うつもりだ。フリードリヒの時は領を上げ貴族も招待し盛大に催した。ヴィクターの望む通りにやりたいと考えている。好きに望みを言ってくれ」


 ヴィクターは自分一人のために盛大な催しが行われることはうれしかったが、税によって困窮しているという話を聞いた直後に贅沢をすることはリスクにしか思えなかった。


(民衆から悪徳貴族と思われているのに関与したくはない。せめて家を出れるようになるまでは領民を刺激しないようにしないと)


「私は次男ですので、フリードリヒ兄さまのためにも可能な限り質素なものでお願いします」


 トラウゴットは腕を組み考えるしぐさをし始めた。


「いやしかし……」


「では、魔法の教師を探してもらえませんか?そのお金で請け負う人は好きではないので、高給な人は避けてくださるとうれしいです」


「本当にいいのか?しかし、それでは対外的に次男に金を惜しむケチな貴族と扱われかねん。何か金銭的な望みを言いなさい」


(父上の人柄から悪徳領主のイメージがなかったから高税に違和感があったが、なるほど貴族の面子を重視してお金をかけるタイプか)


「そうですね。でしたら私が自由に使えるお金をいただけますか?」


「それならいいだろう。フリードリヒの記録も参考にしながら適切な金額を渡すことを約束しよう」


「ありがとうございます」


(このお金を領民救済に使えば数年の時間稼ぎはできるだろう)


「ヴィクター様。どうでしたか?」


「感謝祭で盛大にイベントをやろうと言われたよ」


「やはりそうですか……」


「安心して、断っておいたから。あんな話を聞いた直後だし」


 すべての説明が終わった時、マリーにいつも通りの華やかな笑みが戻った。


「よかったです。しかし、フリードリヒ様を参考にするとなるとすさまじい額になりそうですね」


「そうなの?あまりよく考えてなかったんだけど」


「ちょうど六年前の感謝祭でベルネット家が使用した額はおおよそ金貨五十枚とされています」


「五十枚!?驚いてみたはいいけど、どれぐらいの額なの?」


「ヴィクター様は聡明ですから忘れそうになりますが、正式な教育はまだでしたね。この国で用いられるコインの価値は金貨が最も高く百万デナ、銀貨は十万デナ、劣銀貨一万デナ、銅貨千デナ、青銅貨百デナ、鉄貨十デナになっています。ですので金貨五十枚は五千万デナということになりますね」


(五千万!!五千万!!五千万!!合わせて一億五千万!?。ってのは冗談でこれだけあれば何とか時間が稼げるぞ)


 _____________________


 一か月後、待望の日


 領内の街や村々ではお祭りが開催される中、屋敷には髪の毛が後退しきった司祭がやってきた。


「お招きいただきありがとうございます。ベルネット子爵殿」


「ようこそお越しくださいました。本日は息子の儀式をよろしくお願いします」


 "内容がないよう"、な会話がしばらく続けられたのち、司祭はヴィクターを一つの部屋へ行くように促した。


「それでは、開魔の儀を執り行います。私が加害能力のない魔法をヴィクター様に向けて撃ちますので、意識しながらじっとしていただきますか」


「分かりました」


「それでは、三……二……」


 パシュと気の抜けたような音とともに透明な空気が向かってきて、体の表面にぶつかった。ぐりぐりと中に向かってねじ込まれる感覚がしばらく続いた。


(一で撃てよ‼カウントの意味、ってかこんなに気持ち悪いならやる前に教えとけよ)


「これにて完了です。どうですかな?」


(儀式っていうから身構えてたのに、これだけ?まだ予防接種の方が張り合いがある。詐欺じゃないだろうな。ワンクリックの次が霊感とか笑えないぞ)


「案外あっけないものですね。ところで魔法のほかにも能力が目覚めることがあると聞いたのですが」


「魔法が当たった時にどのような感じでしたかな?一度止まり、その後に無理矢理入り込むような感覚があれば、可能性があります。しかし、私共ができるのは儀式のみですから、詳しくは専門家の方に相談されることをお勧めします。」


 ヴィクターは司祭に促され家族の待つ部屋へと戻った。

 どうだったと迫る母アデリナに能力があるかもしれないと答え、父トラウゴットの下に向かった。


「父上、そういうことなので、魔法の教師は能力に詳しい人をお願いできますか?」


「ああ問題ない。親族のベッセル家五女から是非にと申し出があった。魔法研究に優れた一家で、本人も優秀な研究者らしい」


「それはよかったです。ありがとうございます」


「歓談中失礼します。ヴィクター様宛に手紙でございます」


「手紙?だれからだろう」


 マリーがやや格式高い便せんに包まれた手紙をヴィクターに手渡した。ヴィクターは封を開き中身を確かめる。


「申し訳ありません父上。自室に戻ってもよろしいですか?」


「個人的な手紙は部屋で読みたいだろう。戻って休みなさい」


「では失礼します」


 ヴィクターが部屋を出ようとした時、フリードリヒは冷淡な目で手紙を目で追った。


 ヴィクターは椅子に座り祈るようなマリーの目線を背にしながら手紙を読み始めた。


 そこにはこのようなことが記されていた。

 父上の治世が民衆にとっても騎士にとっても厳しいこと。

 フリードリヒが跡を継ぐことに対する不安感。

 次男であるヴィクターに継いで欲しいこと。

 そして、その気があるならお膳立てすることも厭わないこと。


(マリーに続いて、これは厄介なことになったな)


 ヴィクターは民衆が苦しむ現状を良しとしているわけではなかったが、だからといって縁もゆかりも無い人々の為に骨肉の争いを行うことも、その後一生責任を負うこともしようとは考えていなかった。


「マリー、父上にはバレないように見なかったことにすると返事を出しておいて」


「ヴィクター様……」


「さすがにこれは、どこからどう見ても反乱の扇動だ。ベルネット家の一員として最大限にしてやれるのは見なかったことにするだけだ」


(とはいえここまで追い込まれているなら、時間稼ぎも早めに始めないとな)


 戸がノックされ返事をする前に何者かが入ってきた。


「誰だ?」


「坊っちゃま。クロウでございます」


「何の用だ?」


「先程の手紙の件で私の立場を明らかにしておこうと思いまして。私はヴィクター様に継いで頂きたいと思っております」


「いや、すまないが」


 遮るように言葉が重ねられる。


「坊っちゃまが領地を出ることを望んでいることは、分かっております。ですので一つ条件を付けさせて頂けませんか?」


「条件?」


「旅に当たり身を守る術というのは必須でございます。今後魔法はベッセル家令嬢に学ばれるそうですので、私に剣術を教わってもらいます。それが一定のレベルに達するまでここに残るというのはどうでしょう?もちろん想いが変わられて残っていただければ嬉しいのですが」


 現代日本とは比べ物にならないほど治安が悪く、危険な魔物も存在する世界でヴィクターも力が必要と考えていたので、特段断る理由もなかった。


「分かった。その通りにしよう」


「マリーそういうことだから、ヴィクター様をあまり困らせないように」


「はい。申し訳ありませんクロウ様」


 _____________________


 一方その頃ヴィクターの教師になるはずの貴族令嬢は……。


「ギャハハ。俺達も付いてるな。こんな辺鄙な街道でかもがネギ背負ってきやがった」


「おい。嬢ちゃん。そんな高そうな服着て危ないぞってパパに教わらなかったかい?」


 追い剥ぎに遭っていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 本作を読んでいただきありがとうございます!


 しばらく領地編が続きます。お付き合いお願いします。


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