第6話 三日月さんちのルール

三日月にも、羞恥心しゅうちしんのカケラがあったらしい。


さすがにスポーツ下着で歩くのはマズイと思ったのか、校舎に戻る前にセーラー服とスカートを着た。が・・その羞恥心もカケラほどのものにに過ぎなかったようだ。

制服は着たがその頭には、すでに彼女の体の一部と化したように清美のブラジャーがっている。

三日月は、それがさも自然であるがごとく歩き、教室に戻ってきた。

面食めんくらったのは教室に残ってお喋りしていた数人の女子たち。

三日月の姿を見て、「ブホッ! 」 と一人の女の子が噴き、口に含んでいたアメが飛んで隣の子の横っつらにバチンッ、と直撃した。

怪人物と化した三日月は自分の席に戻るとカバンを手に取り、

「ごきげんよう、また明日」

と、丁寧に挨拶をして帰っていった。


暮れなずむ校門。

セーラー服に着替えた清美が顔を赤くし、体をプルプルと震わせながら立っていた。

「おっ、花岳寺さん」

清美を見つけた三日月が声をかけて近づいた。

「あ・・羅城門さん・・」

清美が顔を上げた。そのとたん、ヒーーーーッ、と悲鳴も上げた。

三日月が、自分のブラジャーを被っていたからだ。

清美はダッシュでブラジャーを取り返すと、あわてて自分のカバンにしまった。

「いやーー、ごめんごめん。頭にブラっけてたの、今まで忘れてたわ」

そう言って三日月は、少しすまなさそうな顔をしながらも笑って頭を掻いた。

「胸スースーするでしょ、よくあの時走って出られたね。転ばなかったかしら? 」

「は・・はい、脚がかなりもたついちゃいましたけど・・なんとか。ゴメンなさい、私だけ逃げちゃって・・都子さんとはどうなりましたか? 」

清美は目線を下に向け、申し訳なさそうにしている。

「大丈夫よ、藤原院さんとはちゃんと和解できたわ。お近づきのしるしとして、マッサージを施してあげたんだけどね。彼女、とても気持ちよかったみたいで・・・大きな喘ぎ声を上げて果てたのよ。それも随喜ずいきの涙を流してね。とても感謝してくれたわ。今、賢者タイムでまどろんでるところよ。ふふ、いいことしちゃった」

随喜ではなく、悔し涙なのだが・・三日月は、かなり話を曲げて伝えた。

「賢者タイム・・? よくわかりませんが・・でも、そうなんですね、あの都子さんがそんな声出すなんて・・正直、都子さんがう・・うらやましいです・・・」

清美は、欲求不満のようだ。両太腿をプルプルと震わせている。

「私を・・待っていてくれたんでしょ? 」

こくん、と清美。

「じゃあ・・続きをしよっか。せっかくだから・・私のマンションでどうかしら。一人暮らしだし、邪魔も入らないし・・存分に楽しんでもらえるわ。防音もしっかりしてるから、大きな声も大丈夫だし」

三日月の言葉に、清美の頭からシューーーッと湯気が立った。

「あ・・あの、羅城門さんのお帰りの足は・・? 」

「あーーそういえば、歩きかな。朝も歩いて来たし」

「そうですか。では、ハイヤーを手配してもよろしいでしょうか。藤原院家の旧家臣の家の生徒なら、無料で送迎してもらえるんですよ。私とご同乗いただければ、羅城門さんもご利用になれますから・・」

「そうなんだ。では、ご一緒させていただこうかしら。ありがとうね、花岳寺さん」

「はい。では、少々お待ちを・・」

そう言って清美はスマホを取り出し、ハイヤーを手配した。


10分後、ハイヤーが到着して二人は乗り込み、後部座席に座った。

黒塗りの高級車だ。

登校時の三日月を追い抜いていった車両の一台だろうか。

ハイヤーは、学校の建つ代官山の坂を下っていく。

正面に夕暮れに染まる海が見えた。あかね色と薄い紫が、空も海もおおう。

美しい情景だった。

ハイヤーの中で、清美は三日月に花岳寺家について説明した。

都子と自分との関係を三日月に分かってもらうためだ。


花岳寺家はもともと藤原院家の代官として京都から赴任してきた一族(藤原氏の小流)だった。平安中期のことで、この荘園内は湧水が豊富すぎて広い代官所が建てられず、やむをえず丘の上にあった花岳寺という山寺を仮の代官所として使用していた。

そのうち代官の娘が花岳寺の若い僧侶と恋仲になり、僧侶は還俗げんぞく(僧侶を辞め、世俗に戻ること) して、娘と結婚。

その子孫が花岳寺と姓を改め、代々この荘園を管理・運営してきた。花岳寺の寺としての機能は、その結婚からほどなくして丘から東海道の宿場近くに移された。

今もそこに同名の寺がある。

代官としての花岳寺家は、江戸期まで丘の上の代官所の隣に屋敷を構えていたが、明治維新後は学園建設のために、丘の下に居を移した。

それが現在の旧市街地の始まりとなった。

代官ではなくなった花岳寺家だが、地縁の強さもあって、藤原市(現・富士原市)全域に広がる藤原院家の不動産管理組織の理事長に就任し、現在もその地位にあり、仕事ぶりも厳密を極めた。

実質、藤原院家のために働いているわけだが、藤原院家の意向を市政に反映させるために、藤原院家の後押しもあって代々市長のイスを独占してきた。

戦後、清美の曽祖父が市長に立候補するにあたり、近代的な選挙制度に配慮して拝領していた旧市街の屋敷地を主家へ返上し、新市街地へ居を移した・・・


などなど、清美は語った。

今も学院の敷地内には、「藤原の荘代官所址」と「旧花岳寺址」と刻まれた石碑が建っているという。一人の女の子の血の中に、これほどの歴史が流れているとは興味深い。清美がとてもすごい人物のように思えてくるから不思議である。

その歴史ある血脈の先端にいる少女が、オッパイ眼鏡のプリンプリンなのである。

三日月は深い感慨とともに、隣に座る清美の揺れるオッパイを見て鼻の下を伸ばしていた。



「あっ、羅城門さんのマンションって、ウチのおとなりだったんですね!? 」

「えっ・・じゃあそこの豪邸は、花岳寺さんのお家!? 」

ハイヤーから降りた二人は、三日月のマンションの前で顔を見合わせた。


清美の邸宅は、新市街地の西のすみっこにあった。

とはいえ、石垣に囲まれたシックなコンクリート二階建ての広邸だ。

ル・コルビジェが設計したかと思わせるような合理的な近代建築だった。

その敷地の西には広い道路が南北に縦走しており、富士原市側の歩道には何キロにもわたって大きな樹木が植えられていた。

その道路が、西隣にしどなりの市と富士原市との境界線となっていた。

三日月のマンションは10階建てで、その道路沿いの西隣の市域にあった。

花岳寺邸とは眼と鼻の先。道路一本挟んでお隣同士だったのだ。

ただ、エリア的には三日月は西隣の市の住人であった。

富士原市全域の地主である藤原院家は、新市街地といえどもマンションのような高層建築を、強い意思でもっていっさいがっさい認めなかった。

日本中が金儲けに狂い、札束が舞った悪夢のようなバブル経済期にも、開発業者やブローカーなどを一歩も踏み込ませなかったのはさすが良識ある判断だった。

現在でも美しい歴史ある町並みと風情が残るのは、深い歴史を持つ藤原院家の矜持きょうじと真の美を知る慧眼けいがん賜物たまものなのだ。

だが反面、空へ伸びない富士原市内の不動産には空き物件がほとんどなく、新規の住人は入りにくくなってしまった。そのため三日月が北海道から転入した際、西隣の市のマンションに転がり込むしかなかったというわけだ。


三日月は、マンションの入口から進んだところにある扉の網膜認証チェックをパスすると、清美を伴って中に入りエレベーターで昇り、最上階で降りた。

まっすぐに伸びる長い廊下を進む。

静かで、さすがは綺麗な高級マンションだった。たしか・・まだ築数年だったはず、と清美は思った。そして歩きながら三日月の話を聞いて驚いた。

・・・三日月の部屋は最上階のフロアの東半分を占めるそうだ。


「へ・・へえ・・羅城門さんのお家ってお金持ちなんですね!」

分譲マンションの部屋の玄関としては大きくて立派な黒い扉の前に立って、清美はやや興奮気味に言った。

「うんそうね、お金だけはあるかな、お金だけは・・ね」

三日月は、なにか思わせぶりな言い方をした。

「じゃ、入って入って。お客さん第一号ね、来てくれて嬉しいわ! 」

「はい、お邪魔しまーーす」

清美はペコリと一礼した。

三日月がカードキーをチェッカーに通し、再度モニターで網膜認証すると、防犯性の高そうな二重の扉が開き、二人は玄関内に入った。

ホテルのロビーのように広い。ただガランとしていて、まだ生活感は薄かった。

そして奥の部屋などに他に人の気配がしないことに清美は気がついた。

「今、ご家族の方はいらっしゃらないんですか? 」

「あー、本当はお姉ちゃんと暮らすはずだったんだけどね・・好きな人が出来たとかで、ずっとその人と遊びに行っちゃってるのよ。もう何週間もね。私、一週間前に越してきたんだけど・・迎えにも来てくれなかったのよ。だからいま私、ひとりなんだ。本当は今朝だってお姉ちゃんの車で登校するはずだったのにぃ・・クスン」

泣く仕草しぐさをする三日月。それを聞いて、清美は思い出した。

朝、ハイヤーの窓から坂道で追い抜いた髪の長い女生徒が見えた。

あれは羅城門さんだったのか。

「あ、ちなみにお姉ちゃんは東京で社会人やってるんだけどね、その人とどこで遊んでるんだか・・連絡もつかないのよぉ・・明日も歩きかなぁ」

三日月は悲しそうにため息をついた。

清美は、その話に少し違和感を覚えた。


・・・東京で社会人やってるのに、ずいぶんと離れたこの街で一緒に暮らす?

まぁ、在来線から三島で新幹線に乗り継げば、一時間と少しで東京だから可能ではあるか。けど、社会人なのに好きな人と何週間も遊びまわってるなんて・・


「失礼ですが、お姉さんはお仕事は何をなさってるんですか? 」

「えっとねぇ・・たしか秘書の仕事してるって言ってたかな・・」

「秘書・・ですか、きっと優秀な方なんですね・・・ってええ!!! 」

清美が頭髪が逆立つほどの驚きの声を上げた。

三日月が、玄関先でセーラー服を脱ぎ、スカートも下ろし始めたからだ。

「なに脱いでるんですか、羅城門さんっ!? 」

「え・・家に帰ったら全裸でしょ、ふつう」

キョトンと答える三日月。

すでにスポーツブラもパンツも脱ぎ、それらの衣類を玄関横に置いてある大きめの籐籠とうかごにポイポイと放り込んでいく。

一糸いっしまとわぬ全裸になった三日月は、清美の前で平然としていた。

清美は手で顔を覆って、あわてて後ろを向いた。

「ふっ・・ふつうじゃないです! 」

「またまたぁ。花岳寺さんたちだって、家ではみんな全裸になるでしょうに」

あっはっは、と腰に手を当て笑う三日月だったが、清美は変な顔している。

みんな全裸ってなんだ? ・・・と、三日月に不信感を抱いているような表情だ。

「ま・・まさかとは思いますけど・・羅城門さんは、全裸なんですか? 」

「うん、そうだけど・・? 」

それが当たり前だと言わんばかりに答える三日月。

清美はこめかみに指を当てて、むううっ、とうめいた。


・・・花岳寺さんたちだって、みんな、と言った。

もしかして、人はみな家では裸で生活するのがふつうと思っているのかしら・・?

だとしたら彼女の常識は、私の・・いや、一般人の外にある。

念のため、いろいろ質問して確かめてみるか・・・


「テレビドラマとか見たことがないんですか。 家の中でちゃんと服着てますよね?」

「あれはテレビだからでしょ。全裸で映ったらワイセツになっちゃうからね、仕方なく服着て演じてるのよ・・・って・・あれ?」

清美が、じとーーーっ・・とした目で三日月を見ている。

三日月の頭の上に、? 記号がいくつも浮かぶ。

自分は何か悪いことでもしているのだろうか・・という表情だ。

「もうっ、いいですから。とにかくはやく服を着てくださいっ! 」

マジおこの清美に、三日月はたじろいだ。

「あれあれあれ? ? ・・・北海道では真冬以外みんなこうなんだけど・・道民全員。本当だよ、家の中ではみーーんな全裸で過ごすんだけど・・?」

三日月は両手を一杯に広げ、本気で言っているようだ。

三日月の話は北海道全域を巻き込み、壮大であった。

「こっちではそんなことしませんっ! 」

「えっ・・・!!!? 」

清美と視線が交錯する。その強い視線で三日月はやっと悟った。

「そ・・そっか・・北海道限定だったとは・・私が田舎者だったみたいね。世間知らずでゴメンね、てへっ」

こつん、と自分の頭を小突いて可愛く謝る三日月だが、いやいや、田舎者とか世間知らずってレベルの勘違いじゃないだろうに。

羅城門三日月は、いったいどんな環境で育ってきたのか・・・?

「あっでもね、真冬でも布団かぶって全裸で眠ると、自分の肌のぬくもりですごく温かいんだよ! 」

これは本当である。

「ささ、花岳寺さんも全裸になるといいわ。郷に入らずんば郷に従えよ。これはルールなのよ。服なんて、雨風あめかぜをしのぐ道具に過ぎないんだからね。道産子どさんこの敷居をまたいだ以上は、守っていただくわよ! 」


・・・あくまでも北海道民の家は全裸ということらしい。


清美に襲いかかる三日月。

「きゃああっ、待って待って羅城門さんっ・・!! 」

清美の抵抗はむなしいものになった。

手際のいい三日月は、パパパッとセーラー服もスカートもぎとり、

秒で清美を全裸にしてしまったのだ。



















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