第2話
希望条件は二つ。
一つはきみとよく似た文体の人であること。もう一つはぼく好みの文章を書いてくれる人だ。
書店や印刷所を巡り歩き、そんな人を探していく。ぼくにはたっぷりと時間があるからね、満足できそうな人を絞りに絞って見つけたよ。
──ローラ・シェリー。
出会った時のきみより若いお嬢さん。彼女は紡績工場で働きながらティプトンという筆名で細々と小説を書いていてね、書店の片隅でほんのり埃を被ってしまっていたが、二つの条件に一番合っていたから、工場を辞めさせて囲うことにしたよ。左手の小指を失くしてしまっていたからね、これ以上失わせるわけにはいかなかったんだ。これで小説に集中できるって喜んでいたから良いことをしたよ。
きみはどこまで書いたかな。
人間ウィルと吸血鬼イブの冒険譚。そのまんまぼく達のことじゃないか。こんなの書いていたんだってびっくりしたよ。きみったら完成するまで一枚も読ませてくれなかったからね。まぁ、ぼくらはいつもきみの家に籠り、きみは執筆ぼくは読書、たまに外に出ても周囲を散策するくらいだったけどね。楽しかった? ぼくは楽しかったよ。
彼女は助けてくれたお礼にと、一生懸命続きを書いてくれた。やけにボディタッチの描写が多いのが気になったが、それ以外は上手くやってくれていたよ。物語のぼくらは他の吸血鬼や人狼とたまに闘うこともあったけれど、大抵は仲良く遊んだり食事をするんだ。平和的な冒険で、とても好ましい。
「イブ様」
彼女は常にぼくをイブ様と呼んでいた。笑みを浮かべた顔を赤らめ、恥ずかしそうにね。惚れられていたのかな? あんな小説を書くわりに、無闇に近寄ってきて身体に触れられることはなかったから、ベッドを共にするようなことはなかったけれど。きみとは何度も一緒に床で寝たよね。
「わたし、上手く書けていますか」
「よくできているよ、ありがとうね」
「……イブ様の真っ赤な髪も、真っ赤な瞳も、全部素敵。前任者の方はとてもよく観察されていたのですね。わたしなんかよりもずっと、イブの姿を
「長い付き合いだったからね。きっといつかローラもその域に到るよ」
「頑張ります」
彼女の時間が終わるまで、ずっと、続きを書いてもらった。
きみよりも早くお迎えが来てしまってね。工場で働いていた時にかなりの無理をしていたせいか身体が弱っていたようで、流行り病をどこからかもらって、ぼくが薬をもらいに行っている間に彼女は逝った。きみの半分しか生きなかったよ。
最初からやり直しだ。
彼女の書いた部分を世に送るべく、知り合いの印刷所や書店に掛け合って、本にしてもらった。アレはもはや彼女の作品だよ。もちろん、原案がきみの作品であることも記させてもらったから安心してほしい。
彼女の弔いが済んだら、次の場所、次の人を探す旅に出る。きみや彼女と過ごした場所はそれぞれ穏やかで過ごしやすかったけれど、余所はやはり違うものだね。服を剥ぎたくなるほど暑い場所に行ったし、逆に布が欲しくて堪らなくなるほど寒い場所にも行った。そしてそう、秩序なんて存在しない血と屍の蔓延るその場所で、ぼくは次の人を見つけたよ。
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