罪と罰~死を望む姫様

 皐月ゆいが丁寧に言葉を紡ぎ始めた――――

 1年前ぐらいに、タウルス帝国の天皇は逝去した。それを契機に反帝国主義者のリーダーたる人物雲母亜宮原きららあくはらはクーデターをもくろむ。天皇の死後、国内の政治状況は一変するとの憶測の元で彼は計画を立て始める。しかし、タウルス帝国は建国の頃からずっと帝国のまま。要するに皇帝を無くすという計画には無理がある。


 それをよく知っている雲母は合法的なクーデターを企てる。まずは、現の天皇を貶す。雲母はデタラメなことを言いふらす。それで帝国社会を握るための手配をはじめる。底面はもちろん、自分こそが天皇にふさわしい、紛れもない証拠とクーデターを裏付けるエビデンスが必要。


 デマの力。それを理解するために、まずは雲母亜宮原という人物を見る必要がある。雲母家は建国の頃から、政権に大きく関わった家族。反帝国主義者のリーダーはずっとこの家の出。そのせいで臣民の間で、雲母家は権威主義政府からの最終砦というイメージがある。巷を利用するために、雲母亜宮原は絵を書き始める。


『天皇の死因は暗殺だ!』など『その犯人は天皇の皇嗣、浅緑の姫!皐月ゆいだ!』など、とにかく国民を駆り立てる。証拠としては捏造された国王宮殿から奪われた姫の日記の一行【父は政権に才能などない、この国絶対滅ぼす。】姫様は父の政権に不満を感じ、政権を手に入れるためにその父である天皇を自分の手で殺す物語を巷に流す。


 皇帝を貶すことに成功をえる。最後には、簡単に、『しかしながら安心してください!我が国を守るのはいつでも我家!我は犯罪者の天皇を認めるつもりはない!もともと我が国を建国したのは皐月家ではない、我家雲母!故に我は天皇の座を要求する。国民の意思に任せる!』しばらくたってから、雲母亜宮原は憲法の穴を使って選挙を催す。


 天皇とその身内の世間離れのイメージの一方で、雲母亜宮原と雲母家はいつでも、国民の英雄たる存在だった。そんなに簡単に政権が落ちるなんてと思うかもしれない。しかし、もし国民のヒーローが殺人を訴えだすなら、信じない方が不自然かもしれない。タウルス帝国は帝国の中でも異端児、例えば反対派を許すこと。しかし、許すと言ってもいつだって、その反対派を暗殺するのはおかしくないだろ?

 選挙の結果を以て、雲母亜宮原は天皇の座を皇位とした。


 しかし、予想外なことに。雲母政権は、反対派を追放し、政府の敵と見なされていた者を粛清した。地獄の始まりである。議会解散をすると、自由という言葉は意味を失う。完全に政府を収めた雲母亜宮原は皐月ゆいを犯罪者と殺人鬼と見なされた挙げ句、彼女は一人でタウルス帝国からルプス大王国へ逃げた。行先の情報は誰も知らないはずだったが―――――

 》








 皐月ゆいは話を止める。タイミングを伺っているように、突然自分のポケットから短剣を取り出す。柄頭の赤い色のルビに黒い柄に相まって刃は月の光で銀色に輝く。その出来事に俺の足がすくむ。殺される。とそのことが脳裏をよぎる。


 しかし予想外の果て、彼女は婉然な態度で短剣を俺に差し出す。そして雅やかな彼女には似合わない膨らんだ顔から一筋の涙が頬を通ってぽろりと雪に落ちる。そこから皐月さんの声色は一変した。鼻声で叫ぶ。


「殺して! コロシテください! 私の弱さに呉羽くんの村が………」


 涙をこぼしながら、皐月さんは悔しげに唇を噛む。まるで自分の弱さに苛まれる動作で俺は心の底から変な痛みを感じた。心臓がつぶれそうな感覚に俺は口を開けないままで、短剣を受ける。


 刃を彼女に向けたままで、短剣を握ったままで俺は今までの出来事を蘇る。村の襲撃で両親と親友、知り合いのほぼ全てがこの世を去った。そして逃げた弱い自分が逃げたタウルス帝国の姫様に出会う。その結果、短剣を差し出し、「私をころしてください」とせがまれる。彼女の言う通りなら、俺はこの場で彼女、皐月ゆいを殺せば、両親の仇をうったとは言えるかもしれない。もし彼女が強かったら、もしクーデターがなかったなら、俺はこの目に遭うなんてことはなかったはず。


 俺は手に力を込める。一瞬で考えをまとめてみるけど、疲れの果てには思考力も欠片もない。一息ついた後、俺は短剣を下めがけて、全力で、石の床だったら、刃が弾け壊れる勢いで短剣を投げる。俺の想像とほど遠い、刃が折れることはなく、雪に沈めたきりで意外にダサい。ダサすぎるから、俺の行動に驚いたのか。彼女の形相は一気に愕然とした色に変わる。皐月さんは唇を震わせながら、泣きながら弱い鼻声でこぼす。


「ど、どうして?……どうして殺さないの?私なんて……私のせいで…何人の人が灰になった。私のせいで…」


 彼女を遮るように俺は声を上げる、そして彼女の目を見る。魂すら見据える気持ちで俺は強い声色で告げる。


「お前はな…自分勝手すぎるよ。勘違いしないでほしい、確かにお前の不甲斐なさのせいで、戦争が始まろうとしている、既に始まったかもしれない。しかし、俺はお前を攻めない!」

「どうして?悪いのは全部私でしょう? それに…」

「うるさい! よくわからないけどお前は姫様だろ? 一回負けたから、諦めるなんて、お前はくそバカだな!」

「なにを! 何も知らないくせにデタラメ言うな! 私はタウルス臣民を愛してるよ!」

「なら、なぜ戦わないのだ! 姫様だろ? 手はあるはず!」

「それは無理だ! 私が頼んだら、相手は殺される! もうこれ以上の死を………」


 皐月さんの声は嗚咽になりなくなっていく。表情は憂愁にしずめる。ぽたぽたと溢れる涙が雪に溶け込む。哀しさが染みる夜は無言の間を呼ぶ。1分ほどがたった頃、俺は最後にもう一度口を開いてみる。


「確かに、お前のことは知らない。お前の家族、お前の夢、お前の気持ち。何もわからない。だが、俺は亡くなった両親との約束で生きる。俺はその雲母亜宮原だったっけ?そいつをぶっとばす。お前を慰める暇などない。俺は明日から、帝国に入る。毎日に強くなりながら、首都を目指します。」


 最後には「一緒にくる?」とは言えなかったものの、それは言えるのに抵抗があった。だが大丈夫、彼女はそれをわかっているはず。皐月さんは一瞬だけ視線を合わせる。その目は泣きのせいで赤くて、目袋もちょっと普段以上に膨らんでいた。そうした途端、また下向きになる。目を拭きながら、泣き止んだ後は桜色の唇は白い吐息とともに、言葉を紡げた。


「………呉羽くんは死にますよ…帝国に行ったことないでしょう?」

「行ったことがないです。死んだらその時にそれでいいかも」

「ばかなの?」

「両親の約束を果たす、死は怖くないけどよ、死んだら両親に会えるからな!」

「でも、私はこれ以上人を死なせたくないから、付いていてあげるよ!」

「要らないよこんな弱い姫なんて」

「なっ?!」


 皐月さんは狼狽しながら、驚きで目をパチパチさせる。


「でも、俺はおなかすいたから、パンとお菓子があれば…………もしかして、連れてあげるかな」


 彼女はまるで猫耳がたったように俺の話を真剣に聞いている。彼女の表情はどんどんと柔らかくなっていたその時に。急に俺の視界が闇に染まりはじめた。突然の出来事に驚いたけどすぐ理解できた。寒い夜の中で、ぼろぼろな服で。体力の限界。疲れのあまり体から力がなくなる感覚に連れて、パーンという音に背中に寒い冷たい感触が雪の存在を訴える。


 意識が遠ざけながら、最後に聞こえたのは―――


「呉羽くん?!呉羽くん!!!!」





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