雪上に咲く浅緑の薔薇

 足が痛い。寒い。暗い。あれから何時間がたったのだろうか。空は夜色に飲み込まれ一層澄む暗闇は目が届くまで広がる。


 初冬の雪は濃緑の森林を淡泊な色に変えていく。足取りが重く、もたもたであまり先に進めない。疲れのせいか?冷たい感覚が足を通して心までが熱を失いつつある。それでも、前へ進まないと。両親を殺したタウルス帝国の科人どもの罪を裁けてやる!


 戦争の醜さを目の当たりにした自分は心のどこかで虚空の間が精神を溺れさせるのを感じる。ともに青春を迎えた友達、ともに生活してきた村人たち、皆は死んだのだ。その虚しさの中で生きるしかない。


「いたっ!」


 葉叢とした森林の不整地はぽたぽたと雪の色に染まっていく。見えづらくなったせいか、藪に足を引っかかれ、力がない体は抵抗がないままでバランスを崩す。転ぶ弾みに、雪白になりつつある土に頭をぶつける。額から全身の骨に伝わる痛みがはしる。

 その時だった。


「キャー! 死体!」


 上ずる声が鼓膜に響く。閑静夜の森林がにわかにちょっと騒がしくなった。突然の出来事に体はぴくっとする。


「キャーー! 動いた! ゾ、ゾンビだ!!! 食べられる!」


 破竹の勢いで体を起こす俺は、一瞬で目を疑った。今を話しかけられたのは、少女だったから。俺と同じ16歳〜17歳に見える。浅緑絹の糸の長い髪と竜胆色りんどういろの水晶にしか見えない麗しい瞳。顔と肌も誰でも一目で息を奪うほど奇麗だった。まるで高級貴族のお嬢さんみたい。しばしただ互いを見つめ合う無言の間の後。


「おーーい! なんでぼうっとしてるの? まさか本当にゾンビなの!?」


 彼女の元気な声に俺はちょっと慌てる。これは現実の出来事?それでも疲れがたまった頭と心が蜃気楼を生み出している?とにかく俺は弱い声色で返事を告げることにした。


「だ、誰だ?」


「私? 皐月ゆいです! おにいさんは何者?」


「俺? 俺は、、、俺は呉羽裕翔です」


「おおお? じゃー呉羽くんでいいね? ね呉羽くんはホームレスなの?」


 気軽に質問されたけど内容はともかく、皐月さんの表情はものすごい好奇心に溢れてた。彼女の目は俺の体を舐めるかのような視線で特にいつの間にかぼろぼろになった服と崩した髪。きっとそのせいで質問された。きらきらした目に落ち着かない俺は口早に。


「い、いや、、、なんでそう思うの?」


「うーん? だって、そうじゃないならなんで、夜の森林をふらふらと歩いてるのか?しかも服はぼろぼろじゃないか!」


 やはり俺の憶測は正しかった。俺は考えを巡らせる。心身にまだ残るこれっぽっちの正気に縋るように一番適切な選択を考える。しかし窄む意識の中で、悩んだ末に俺は真実を言うことにした。それ以外に道はない。うそをついても、今の俺にはうそを考える力が残っていない。なにより、彼女はなぜこの寒い夜の中で森林をふらふら散歩している?まさかこの近くの村のどこかに住んでいるのか。それなら襲撃の危険があるだから。


「実は、、、、、」


 俺は皐月さんにつぶさに襲撃のことを告げた。


「、、、、」


 一息を吐いた後、彼女の顔は物腰の柔らかい面影すら覚えなくなるほどの真剣な表情に変わった。優艶な瞳は冷血な様になった。皐月さんは軽いそぶりで自分の胸の前に手を合わせる。


「呉羽くんは生き残りですね、、、それでよかったね?」


 どこか寂しげな声色に彼女はさながら自分を聞かせるように物事を言う。哀愁な顔は寒い夜に相まって神秘的な光景になる。しかし、彼女は慌てて様子も見せないので、おそらく、この近くの村出身じゃない。軽く頭を振ったとたん、桜色の唇は言葉を呟く。


「そうだ! 呉羽くんおなかすいたの?よかったらね、近くで私の拠点があるから、、」


 拠点?誤魔化すように、話題を変える。急に声が普通の気軽なちょっと明るいトーンになった。しかし表情だけはそのまま。違和感のある彼女はまだ続けた。


「私はね、結構好きなパンがいっぱい揃ってるからな! えーと、えーと、ね? お菓子もあるけど。拠点と言っても野蛮人じゃないし、奇麗なとこよ!、、、、、ごめん」


 勝手に話が進んだ自分に気づいたか、声色は一気に悲しげになる。



「襲撃は、、、、私のせいかも」


 その告白めいた一言に心が大きく揺れた気がした。彼女は覚悟を決めたかのように、うなずいた後はぽろりと慮外なことを、夢にでも予想できないことを、口にした。


「私は、、、、、、、」

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