第23話:汚れた手

 郊外の小さな町、そこに建てられた福祉施設。

 孤児を引き取っている活動をしているらしい。


 フル装備の隊員が並ぶ。全員が銃を手に、突入する体勢を取っていた。



 空は夕暮れ、冬がすぐそこまで迫ってるせいで気温がかなり低い。

 あっという間に真っ暗になってしまうだろう。

 今回は暗視装置を持ち込んではいない、小銃と拳銃に付けたライトを使う必要がある。



 全員が目出し帽を被り、身元がわからないようにしていた。それは俺も同じ。



『――予定通り、各班に分かれて別々の入り口から突入する』

 無線から流れる隊長の声。それに反応するように全員が動き出す。


 乗ってきたワゴン車から離れ、施設に接近。

 周囲に人影無し、近くに一般住宅も無い。これなら安心して銃撃戦がやれるというものだ。



 俺が配置されたB班は裏口の1つ、つい昨日までシミュレートをしていたからばっちりだ。

 今回は「ブレイブユニット」はいない。


 正真正銘、大人の仕事だ。



『事前情報では10人程度の人間が出入りしている、武装している敵はシミュレーションと同程度で想定しろ』


 施設の青写真では、複数の個室がある地上階。構造が不明の地下階があることがわかっている。

 さすがに地下の方はシミュレーションできなかったが、なんとかなるだろう。


 裏口、おそらく敷地内にある畑にアクセスするための用務員出口。

 すぐ近くにある物置の影に隠れ、班員が裏口のドアに着くのを見守る。



『監視からは部外者の出入りは無かったそうだ。施設内にいる全員の射殺を許可する』


 ――来たか、掃討命令。



 この児童福祉施設は、『教団』と呼ばれる過激派組織の大きな拠点らしい。

 作戦開始前のブリーフィングでは、リトルスプリング博士が「ここを潰せば、教団は二度とデカイことができなくなる」と語っていた。

 何が重要かはわからないままだが、やってやる――!



 裏口のドアが開けられ、真っ暗な室内が見える。そこに小銃を向け、装着したライトで照らした。

 各班が配置に着いたタイミングで送電線を切断され、施設全体が停電状態にある。

 本来なら暗視装置が必要な状況だが、施設の規模からそれほど難易度は高くないだろうという予想らしい。 


 何もトラブルが無ければ、完全に真っ暗になる前に終わるだろう……という感じだ。



 ぞろぞろと入っていく隊員、俺もそれに続く。

 真っ暗な廊下、そこをライトで照らしながら進む。


 しばらく進んだところで、激しい銃声が聞こえてきた。

 おそらく、拳銃の発砲音。敵の物だろう。

 

 ――落ち着け、俺は新人じゃないんだ。


 別のチームが戦闘している間に先に進む。

 途中で潜んでいた敵がいたらしいが、先行した隊員が対応。撃たれる前に排除したらしい。



『B班はそのまま地下に向かえ、交戦中のC班は単独で対処せよ』


 暗闇での戦闘は、思った以上に索敵が難しいものだ。

 一方、向こうはこっちの位置をライト等で判断できる。

 戦術・戦略では、攻撃より防御側の方が有利だとされるのはこういう要素が大きい。



 ――落ち着け、こっちの方が数的にも状況的にも優位なんだ……!


 視線やライトの照射方向で互いの動きを把握、俺はそのフォローに回る。

 何度も訓練してきたから、チームでの動きは問題無いはずだ。


 廊下の曲がり角、その先に複数のドアが現れる。

 頭に叩き込んだ施設の図と同じ。あとは訓練通りにやれば――――



 俺の位置はチームの後方、最後尾の手前。

 前衛の背中を守り、安心して前進できるようにするのが役割だ。


 曲がり角から班員が各部屋に突入するのを見送る。

 それぞれの部屋は小さいため制圧は容易い。案の定、数えるほどの銃声がした後に班員が出てきた。

 前衛が先に進むのが見える。それに合わせて、俺も移動しようとした矢先。すぐ近くで物音がした。


 俺の動きを察知した後衛、俺のさらに後ろを担当する〈コーヘー〉君が何かに気付いたようだ。

 その方向にライトを向けると、そこには用具入れらしきものがあった。

 ロッカーのようにも見えるそれから、距離を保ちながらつつ、立ち位置を変えて〈コーヘー〉君の射線に入らない場所に着く。



「こちらシロタ、接敵」


『はいはーい、対処しちゃってくださーい』

 B班のリーダーである〈シュガー〉さんの軽い口調が無線から流れる。


 俺は深呼吸してから、用具入れに蹴りを入れてみた。

 廊下に響く鉄板が軋む音、そこに紛れて呻き声が聞こえる。

 まさかと思ったが、本当にそんな場所に逃げ込むヤツがいるとは思わなかった


 小銃から拳銃に持ち替え、ゆっくりと手を伸ばす。

 〈コーヘー〉君がすぐ近くで警戒しているのを横目に、俺は用具入れを開ける。


 そこには、女性がいた。

 おそらく50代くらいだろう、すっかり老け込んだ顔が恐怖に染まっている。

 飲食店や街中で出会ったら、人の良さそうなおばさんで通じるような人相、そんな人でも犯罪に荷担しているのだ。

 

 ――まったく、嫌な時代だよな。



「ゆ、ゆるして……」


 怯えた様子で許しを請う女性。

 この施設は『教団』という過激派組織の本拠地、そこで働いているヤツが潔白なわけがない。



「どーすんすか、拘束しときます?」


 俺の後に入ってきた新人、元警官の〈コーヘー〉君が情けをかける。

 彼の言葉に希望を見出したのか、用具入れの中にいる「おばさん」の表情が和らぐ。

 〈コーヘー〉君の問いに答えるより先に、俺はトリガーを引く。


 反動で跳ね上がる銃口、それと一緒に暴れるライトの光。

 数発撃ち込んだ女性は力なく倒れ、血溜まりを作る。



「対処完了、今行きます」


 拳銃の弾倉を交換し、小銃を持ち直す。

 さっきの位置から先を覗くと、前衛の班員達が待っていた。


 先に進もうとするが、後ろの〈コーヘー〉君の足が止まっている。

 彼の足元を照らし、壁を叩いて意識を向けさせた。



「先に進むけど……」



「あっ、すんません……今、進みます」


 〈コーヘー〉君は今回が初参加の任務だったらしい。

 俺も最初に人が死ぬところを見たときはショックを受けたけど、今はへっちゃらだ。


 足取りが重い〈コーヘー〉君の歩調に合わせながら進む。

 前衛は順調に施設内を掃討していき、何もかもが順調だった。


 

 そして、目的である地下階の入り口に至った。

 バルブハンドルの付いた気密扉、どう見てもヤバい雰囲気しかない。



「これより地下階に突入します、送れ~」

『――突入を許可する。〈コーヘー〉を入り口に待機させて、3人で制圧しろ』



「はいはーい、これよりB班突入しまーす」

 軽い口調の〈シュガー〉さんが通信を終え、全員を見回す。


「じゃあ、指示通りに〈コーヘー〉君はここで待機ね。来た隊員を撃っちゃダメだよ?」


「……はい、気を付けます」

 意気消沈した様子の〈コーヘー〉君。最初の任務でこれとはツイてない。

 

「じゃあ、行こうか。〈ワトソン〉君と〈シロタ〉君」


 パイプハンドルを回し、重々しい気密扉を開ける。

 そこには下へと続く階段がある。その先は本当に真っ暗だ。


 ライトを照らしつつ、装備からケミカルライトのアンプルを取り出す。

 樹脂製の棒状のそれを折り曲げて点灯させ、放り投げた。

 何回か弾むように転がっていき、やがて止まる。特に罠があるわけでもなさそうだ。



 間隔を開け、ゆっくりと階段を降りる。

 やはり、トラップの類は無い。階段を降りた先には金属製の扉が待ち構えている。まるで研究所か何かのようだった。


 取っ手を握り、スライドさせると扉はあっさりと開く。

 そして、ようやく地下階とご対面だ。



 無機質なコンクリートとタイル、建設現場から持ってきたような素材で組み上げたような通路を進み、簡素なドアを開ける。

 そこには大量の機器が並び、モニターが何かを表示していた。警戒しながらも、部屋の様相を観察する。


「当たりだね、報告報告っと」


 そう言いながら〈シュガー〉さんは無線機のスイッチを入れる。

「B班、地下区画のコントロールセンターらしき部屋に到着。どうぞ~?」


 しばらく待つが、隊長からの返事は無い。


「こちらB班、無線の通信状態を確認したい。送れ」

 

 やはり、通信機からは何も聞こえない。


「やっぱ、通信漏れないようにしっかり土台作ってんすかね」

「たぶんね~、この地下階まるごとコンクリで埋めてるのかも」

 それでは無線通信は聞こえるはすがない。

 ここから通信するには、有線で接続するか、この施設の通信設備を利用するかだ。

 運の良いことに、地下階は別の電源があるらしく。目の前の機器は正常に稼働しているようだった。


「じゃあ、〈ワトソン〉君は地上に戻って報告。ついでにケーブル引いてきちゃって」

「うす」


 部屋の上部に付いているモニターには地下室の様子が映し出されている。

 見たところ、武装した人員は見当たらない――――が、中学生くらいの子供が座り込んでいる。もしかしたら、誘拐されてきた子なのかもしれない。


 ――1人じゃ、心細いよな。


「じゃあ、俺は先に進んでおきます」


「ちょっと待って、シロタくん。1人で先走ったらダメだよ」

「大丈夫です、1人でもやってみます」


 〈シュガー〉さんの制止を無視して、入ってきたのとは別のドアを開ける。

 俺はもう一人前なんだ。1人でもやってみせるさ。


 さっきとそう変わらない粗雑な通路を抜け、再び気密扉が現れた。

 それを開けると、さっきのモニターに映っていた部屋に出る。パイプ椅子と長机がいくつか並んでいるだけの部屋、部屋の隅に大きなゴミ箱があるのが見えた。

 椅子と机の並びからすると、何かの教室のように思えるが……こんなところにそんなものがあるはずがない。


 似たような部屋がいくつか続いて、子供がいる部屋の前まで来た。

 ハンドル付きの気密扉、これではまるで封印でもしているかのようだ。


「今から助けてやるぞ……」


 重々しいハンドルを回し、金属製の扉を開ける。

 軋むような音を立てて、ゆっくりと気密扉が動く。


 身体を滑り込ませるようにして、扉を開けて中に入り込む。

 そして、子供と対面した。



「大丈夫かい? もう大丈夫だ――――」


 刹那、視界の端で何かが動く。

 咄嗟に姿勢を低くしながら拳銃を抜くと、すぐ耳元を何かが掠めていった。後方で破砕音がする。


「いったい、何が……」


 ふと、正面を見た。

 そこに座っていたはずの子供、それが宙に浮き……周囲にあったコンクリート片や鉄筋らしき物体を地上から空中へと誘う。


 これはまるで……



 ――念力サイコキネシス


 子供が手を伸ばしたように見えた瞬間、背後に浮かんでいた物体の向きが変わった。

 それが攻撃の合図だ、と判断するより先に飛び退く。

 

 ついさっきまでいた場所に鉄筋やらなにやらが叩き付けられ、コンクリートの床がクレーターのようになっている。


 ――本気か?!



「待て、俺は敵じゃないっ!」


 そう声を掛けつつ、脳裏にある言葉が過ぎる。


『――そういうガキ狙ってる悪い大人ってのは他にもいるんだよ』


 超能力があるとされる女子を尾行中に、隊長が言った台詞。

 俺達が対峙している[教団]という組織は、超能力を持つ少年少女を誘拐していた。

 そして、その被害者が目の前に――――



 ――どうすれば、いい?


 短く切りそろえられた頭髪の、おそらく男子と思われる子供が再び手を伸ばしてくる。

 その指先は、こちらに向いていた。



 ――やるしか、ないのか?


 俺は拳銃を構え、少年に狙いをつける。

 トリガーを引けば殺せる、が……殺したくはない。


 薄暗い部屋の中、少年の虚ろな目が俺を見ていた。

 そこに感情は……読み取れない。まるで傀儡だ。



 そして、また――――攻撃が始まった。

 


 


 

 


 

 




  

 


  

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