未経験なのにスカウトで「謎の組織」のエージェントになっちゃいました!
柏沢蒼海
第1話:スカウトは突然に
見上げれば、文句が出ないほどの晴天。
視線を戻すと、小さな公園で遊んでいる子供達が目に入る。喧騒、迷いの無い駆け足、笑い声……今日も変わらず、日本は平和だ。
――いい気なもんだ。
子供たちは明日も変わらずやってくると無邪気に信じられるだろう。
だが、俺は明日や明後日を楽しく生きられる自信が無かった。
俺はつい先日、解雇されたばかりだ。
懲戒解雇で厳罰を喰らわなかっただけマシだと言ってもいい。現代の日本人経営者は政府が進める『移民優遇政策』から出てくる補助金のために、日本人従業員を解雇したくてたまらないはずだ。
そんな時に、俺はついついマニュアル通りの仕事をして、顧客に損害を与えてしまった。
数ヶ月前、世界各国に大きな影響を与える戦争があった。それにいくつかの紛争も。
それが終わると大量の難民が出て、主要国はそれらの難民を受け入れることになる。
日本もその国の1つだ。
しかし、人権団体の利権や難民からの票を狙った議員によって、外国人に衣食住や権利を優先的に与える法案と政策が可決されてしまう。
馬鹿げた話だ、悪夢だと言ってもいい。
この『移民優遇政策』によって、飲食店から銀行窓口まで日本人従業員は一掃されてしまった。治安も悪くなるし、難民に紛れて犯罪組織が銃を持ち込んだことで発砲事件も毎日のように起きている。
――ああ、クソ……愚痴しか出てきそうにない。
強制的に解雇を言い渡され、今日は最後の出社日だった。
部屋で寝ている気分にもなれず、こうして近所の公園に居座っている。
もちろん、それは俺だけじゃない。
公園の奥の方には日本人ホームレスのテントやダンボールハウスがいくつか建っているし、反対側のベンチにはスーツを着た男が俯いていた。遠目からでも絶望が伝わってくる。
かつては外国人が日本国籍を得るために、日本人に近付くことがあった。
今では向こうの方が金も地位もある。だから、日本人女性の多くはそうした男性を捕まえるためにずっと街で売春していたりする。
もし、俺が女だったら……そういう選択をしたかもしれない。
だが、悲しいことに俺は男。身体を売ることは出来ないし、労働力は移民の独壇場だ。
――まさに、詰みだぁ……
退職金代わりの解雇予告手当、中途半端な給料。
これで次の就職先が見つかるまで耐えなければならない。
こうなる前でさえ、転職に半年以上は必要だったのだから、この現状で次が見つかる保証は無い――いや、見つかるとは思えない。
――地元に戻るか……?
俺は地方から都心部に来た人間だ。
だから、戻るという選択肢もある――と考えることもできたが、つい先日のニュースでは都心より地方の方が移民への入れ替えが進んでいるらしい。
今から戻っても、俺の働く場所はない。それに実家との関係はあまり良くなかった。
――打つ手は、無いな。
出来ることがあるとしたら、自殺するくらいなものだ。
ちょっとした金は手元にある。最寄りのガンショップに行き、この金で拳銃と弾薬を買って、河川敷で自分の頭を撃ち抜く。
そして、30歳日本人男性の遺体のできあがりだ。ここ最近のニュースで毎日3人くらい同じ死に方をしてる。日本人がどれだけ自殺してもアナウンサーは顔色1つ変えずにと流してしまうだろう。
しかし、現状の日本で日本人が生きていくのはなかなかに大変だ。
夫婦共働きならまだしも、独身男性が無職で生き抜けるほど、日本は温かい国ではない。
目の前で遊んでいる子供達だって、遠目から見ても外国人やハーフっぽい肌や髪色をしている。
もう、純粋な日本人はどんどん消えていくのかもしれない。
日本、その国民は流れ込んでくる難民に塗り替えられていく……
陰鬱な感情を紛らわすため、青空を見上げる。
ゆるやかに流れていく白い雲、まっすぐ引かれる筋雲、空は変わらず穏やかだ。
それはガキの頃から眺めてきた空と何も変わらない。
――あの頃は、こんなに息苦しい世の中じゃなかったのにな……
幼少期に楽しかった思い出が多かったわけではない。
ただ、いつも空ばかり眺めていたことを思い返してしまう。
今もこうして、何もする気になれずに空を眺めていた。
「――ちょっと、そこのアンタ」
不意に声がして、視線を戻す。
その声は若い女、しかも気の強そうな感じの。
案の定、目の前に20代くらいの女がいた。
長い黒髪、威圧的な表情。それくらいだったら男を嫌悪している女の類で、俺みたいな役立たずの男を視界から排除するために声を掛けてきた――と思うところだ。
しかし、この女は……普通じゃない。
「アンタ、何してんのよ」
「今日から無職になって絶望しているんだ。自殺も考えてる」
女は見下すような目つきで俺を見ている。
腕を組み、しばらくの沈黙が続く。湿った風が吹き抜けて、女の着ていた白衣が揺れる――その下には、ブラックの戦闘服とコンバットブーツがあった。
生地の質感、ポケットの位置、それは軍用規格の物と一致した特徴だ。
「……
――こ、こいつ……? どうして俺の名前を?
動揺が顔に出たらしい。それを見て、女は不敵に笑う。
「アンタ、ウチで働かない?」
「それ、マジか?」
「ええ、マジ。大マジ」
――この就職難に、まさか街中でスカウトされるだなんて!!
俺の人生は善行を積んできたとは言い難い、それでも悪事だけには手を染めてこなかった。
神を信じるつもりはないが……やはり、天は人の行いを見ているのだろう。
「ホントに、本当にスカウトなのか?!」
「もちろん、それじゃあ――」
女は笑顔のまま、手を頭の位置まで上げる。
そして、指を鳴らした。
「――話ができる場所に行きましょう」
女がそう言ったのと同時に、視界が黒に染まった。瞼を閉じたわけではない。
鼻先、頬、唇に当たるガザガザとした感触、微かに漏れ入ってくる光。
――これって、袋を被せられているのか?
腕を誰かに掴まれ、背中に回される。樹脂を擦り合わせる音――それと同時に両腕が手錠を掛けられたように動かせなくなる。
「――立て」
低くて、しゃがれた男の声。微かに煙草のヤニのみたいな匂いがした。
言われるままに、ベンチから立ち上がり。背中を押されながら移動する。
少し歩いた先で、突き飛ばされた。膝に何か硬い物が当たり、思わず呻いてしまう。
どこかに寝転がるように倒れ、バタバタと音がした。足音、エンジンスターターが掛かる音、スライドドアの開閉音、車で移動するらしい。
――どういう状況だ?
俺は倒れたまま、車は発進。
被せられた布袋は思った以上に目が細かい、息苦しさはそれほど感じないが外の状況がわからないのが問題だ。
耳を澄ますが、走行音以外は何も聞こえない。
無駄話を一切しないのか、それとも遮音できるような構造の場所に押し込められたか、どちらにしても相手はなかなかプロだ。
――こういう時は、焦っちゃダメだ。
所属していた警備会社で受けた研修の内容が脳裏に蘇る。
誘拐・拉致、そうした状況で拘束されている場合はできることが少ない。
脱出のチャンスのためにも、体力と気力はなるべく温存すべし。相手はこちらが弱っていてくれた方が何かと都合が良いのだ。
おそらく、相手は難民のチンピラや暴力団組織の末端ではない。
こういった訓練、経験が豊富な連中のはずだ。少なくとも、人数は3人以上……となれば、軍人の類だろう。それも普通の部隊じゃない。
――それにしても、あの女は……?
俺に声を掛けてきた白衣を着た女、あの女が絡んだ犯行なのは間違いない。
スカウト――と言っていたが、それは口実で俺を誘拐するのが目的……?
――それは無いな。
人身売買、臓器売買、そういった単語が頭に浮かんだが、俺みたいな肥満体の男の臓器や肉体労働力に価値なんかあるわけがない。
いっそ、洗脳して自爆テロがお似合いだ。
何度も女の発言、仕草、振る舞いを思い返す。それは一見、高飛車な女のそれのようだった。
しかし、白衣の下に着ていた戦闘服とブーツは
流行のファッションと言い張るには、あまりにも物騒過ぎる。
悶々と考えていたら車が停車、車内から引きずり下ろされた。
そのまま歩いて行くと、どこかの建物の中に入った。いくつかのドアを抜け、椅子に座らされる。
そこで、被せられていた布袋が取り払われた。
目の前には、やはり白衣の女。その隣に屈強な肉体をした男が立っている。
男は手を後ろに回していたが、腰のホルスターには拳銃が入っていた。
「手荒なマネしちゃったけど、許してちょうだい」
女はデスクに座っていた。
そして、机の上にある用紙を見せつけるようにヒラヒラと弄ぶ。
「ちゃんと約束通り、スカウトしてあげるわよ」
女がそう言ったのと同時に、両腕の拘束が解かれた。
どうやら、背後にも人員がいるらしい。
「はい、これ」
女からペンを手渡される。
目の前に置かれた用紙――雇用契約書。その額面をざっと読み込んだ。
給料 月給:40万。危険手当と職務手当込み。
休日 週休2日制。年110日予定。
待遇 社宅、寮有。医療費全額支給。
――こ、これ……あまりにも破格の条件じゃないか!?
前職の警備会社だって、給料も休日も半分くらいだった。
しかも、寮を使用しても給料から引かれるような記述が無い。
これだったら、なんとか生活できる!
俺は迷わず書類に記入した。氏名、生年月日、住所……
判子は無かったので、サインで済ませる。
そして、記入漏れが無いことを確認してから、女に突き返した。
「お願いします」
「……本当にいいのね?」
女の手が、契約書に伸びる。
「もう、引き返せないけど?」
女が不敵に笑う。
この嫌な感じの顔は本日2度目、さすがに悪い予感がしてきた。
「……そういえば、どういったお仕事で?」
「世界を守る仕事よ」
「それだけじゃわからな――」
用紙が手元が消える。
女は満足げな表情で契約書を眺め、組んだ足をデスクの上に置いた。
ブーツの
「時間切れ」
「いやいや、ちょっと待てよ!」
反射的に席を立とうとした矢先、女の隣にいた男が動く。背中を微かに丸め、腰に手を伸ばす。
その次の瞬間には、拳銃を抜いているはずだ。
――ちくしょう、ハメられた!
男が拳銃を向けるより先に、席に戻る。
それを女は表情を一切変えずに見ていた。
「ようこそ、我が社――〈
白衣の女が笑う。
本日3度目の嫌な笑みだった。
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