アナスタシス─旅路の果てに君に会う─

@NEKONOTEOKARITAINEKO

第1話【ジェイドとシェリー】

(時々、怖い夢を見るんだ。夢の中、薄すらと思い出すんだよね。やらなくては、いけないことがあるような……。でも、夢の中の事を信じて動く人なんかいないよね? 目が覚めたら、夢の中の出来事なんて、忘れるだろうし)


 誰かの力強い足音がした。バンッ! と豪快に扉を開けたのは、ジェイドの母であるシャルルであった。


「ジェイド! いつまで寝てんだい! さっさと、顔を洗っておいで!」


 ウトウトした顔をしているジェイドの布団を剥ぎ取り、眉間に皺(しわ)を寄せた母の姿は恐ろしく、ジェイドは大きな声で「はい!」の2つ返事をして、顔を洗うために1階の洗面台へと駆け足で降りた。


 洗面台の前には、父ジェイファスが逞しい肉体を鏡に写し、ポーズを決めていた。


「よぉ、ジェイド。今から、アグリオグルノ巨大イノシシを狩りに行くけど、着いて来るか?」


 装備を整えながら、話しかけるジェイファスは、ジェイドが用事がある事を伝えると大剣を手にして扉の取っ手に手をかけた。


「今日はご馳走だぞぉ?」


 嬉しそうにアグリオグルノを狩りに向かう父の姿に御馳走と聞いて喜ぶジェイドだったが、背後の母シャルルの影を見て、怒られまいと慌てて顔を洗う。


「顔を洗ったら、ご飯を食べなさい。そのあと、井戸の水汲みをやるんだよ?」


「分かったよ! 母ちゃん!」


 ジェイドは急いでご飯を食べた後、水汲みへと向かった。


「全く、人使いが荒いんだよな」


 ジェイドは家の用事を済ませた後、大急ぎでシェリーという名前の機械族の少女の元へと向かった。

 大きな木を目印にしていたジェイドは、走ってシェリーの元へと向かう。木の影に座る青い髪の少女は、ジェイドを見て、立ち上がって手を振る。


「シェリー、おはよう!」

「おはよう。ジェイド」


 挨拶が済んだ2人は、木の穴に隠していたコマと受け皿を取り出した。

 8歳になったばかりの2人は、コマ遊びを日課にしてよく遊んでいた。

‎ どちらが長く回るかを競い合うもシェリーの連勝だった為、「今日こそは、勝つ」とジェイドは、意気込む。しかし、意図も容易くシェリーに負けてしまう。

 悔しそうなジェイドの顔を見て、シェリーは、満面の笑みを浮かべた。

「やった! また、私の勝ちね?」

 少しムッとした顔をするジェイドを見て、シェリーは、話題を変えた。

「今日は何してたの?」


「井戸の水汲みとね、剣術の練習をしてたんだ」


 背中に差している木製の玩具の剣を得意げに振ってみせるが、よろけて転けそうになった。

 ジェイドが剣術に興味が湧いたのは、ジェイファスの影響が大きかった。

 ジェイファスは、村の警備を行っており、普段のトレーニングで大剣を振るう様がいつしかジェイドの憧れになっていた。

 輝くような眼差しで見つめるジェイドにジェイファスは、剣聖という称号を持つ騎士団最強の男の話や剣の振り方を遊びで教えていた。

 その為、最近はコマ遊びより、剣聖ごっこ遊びにハマっていた。


「ぼく剣聖って言うんだよ! 知ってた?」

 ジェイドは、カッコイイ所を見せようとよろけないように剣を振って見せた。


「ジェイドは強くなるのね?」


 シェリーはジェイドの鼻高々にしてる姿を見て、クスッと笑ってしまう。

 それに対して、ジェイドはシェリーに小馬鹿にされた気になった。

「当たり前じゃんか、いつか剣聖にだって負けないくらい強くなるもんね!」

「それなら、私がピンチになった時、助けてくれる?」

 シェリーの問いに照れくさそうに頷いて答えるジェイドを見て、シェリーは、嬉しく思った。

 2人は、夕方まで遊んだり、話をして時間を過ごした。


「今日は、もう暗くなるから、村に帰ろっか?」


 夕方から夜にかけて魔物の活動が凄まじく、イサール村周辺の魔物は痕跡を残す魔物が少ないため、どのような魔物がいるのか未だに不明だった。その為、父ジェイファスから「日が落ちる前までには帰らないと外出禁止」と強く言われていた。

 ジェイドは、シェリーに背を向ける。


「魔物が出たって怖くないもんねっ! 今日は帰るけど……」


「あれ? 今日は、大人しく帰るのね?」


 シェリーは、哀愁漂う背中を向けたジェイドの前へ行き、顔を覗き込んだ。


「また会えるよ?」


 シェリーの笑顔を見たジェイドは、寂しい気持ちが薄まる。

「剣聖は、いつも冷静だって父ちゃんが言ってたからね」


 ジェイドは、シェリーと離れるのを惜むように手を振りながら、村へと帰った。


 そんな彼等の日常は8年の月日が経ちジェイドは成人である16歳になろうとしていた。

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