長月の申 ~怪異封印記録の玖~

鶻丸の煮付け

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 都内某大学内食堂、時刻は十三時を過ぎた頃。入口から最も遠い南東最奥の席に一人の男が座っている。一人前三百円のカレーライスが二つ並べられた机に、スマートフォンのバイブレーションが伝わった。彼は冷えた水を口へと運び、スマートフォンに届いたメッセージを確認する。メッセージの内容は『今どこ』の三文字。それに彼は『食堂です』の四文字を返す。自身が送ったメッセージに既読がついたことを確認すると、彼はスマートフォンを置き再びカレーライスを口へ運んだ。

 数分後、彼は食堂の入り口付近がざわついていることに気が付いた。思わずそちらに目線を向けると、見慣れた人影が目に入る。175cmの長身を持つモデル体型の美女。彼女は長く伸びた艶やかな黒髪を靡かせながら、真っ直ぐ彼の座る南東最奥の席へと歩いていく。最も入り口から遠いその席は、ピーク時でも人が座ることは少ない。今の時間に至っては彼のみが座っている。それまで美女に向けられていた視線が、彼女の行く先に居る彼へと移る。もうすっかり慣れてしまったそんな目線に小さく溜息を吐く彼。そんな彼の向かいの椅子に美女は腰を下ろした。

「やあやあやあ河合かわい君。今日もよく食べるね、元気そうで何よりだよ」

 河合と呼ばれた男は口に含んだカレーライスをゆっくりと飲み込むと、口元をおしぼりで拭き言葉を返した。

椎名しいな先輩こそ、いつにも増して元気ですね。それで、今日は何の用で?」

「うーん、ここではあまり話したくないな。ついてきてくれるかい?」

「その前に一つだけいいですか?」

 椎名と呼ばれた美女は無言で肯定の意を示す。

「その用事、日帰りで終わります?」

 河合の疑問に小さく微笑む椎名。まるでファッション誌の表紙のように整ったその笑顔が否定を意味することを河合は理解していた。再び小さく溜息を吐き、綺麗に完食された二枚の皿を片付ると、河合は椎名と共に食堂を後にした。

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