第6話 旅立ち

 私は、博士に作られた人造人間だ。

 名前はレヴェレナット。

 表では藤島幹という名前で活動している。

 私は、はっきり言って欠陥品だ。

 力や速さ、単純なものなら人間を上回る。

 だけど、私は知力が低い。

 人工知能のような、そんな知力はない。

 普通の人間と同じなのだ。

 それだけじゃない。


 私には、感情がある。

 いや、正確には、多分、感情に似た何かだ。

 プログラムされただけの、仮初の心だ。


 私は、機械としては出来が悪かった。

 博士の役に立ったことなんて、一度もない。

 優くんの役にも、愛理ちゃんの役にも。

 誰の役にも立たない我楽多、それが私。


 それが、レヴェレナット。


 そんな私でも、大切にしてくれる人。

 博士、優くん、愛理ちゃん。

 私を大切に思ってくれる人。

 私が大切に思っている人。


 そんな人なんだ。

 博士は、私の大切な人なんだ。


 だから、助けなきゃって思った。

 でも、止められるだろうなと思った。

 それは案の定だった。


 愛理ちゃんが待ったをかけて来た。

 じっと見つめて来た。

 睨んできた。


 そうだ、私があの火の中に飛び込むことを拒んでいるんだ。

 優しいんだな、愛理ちゃんは。

 そう思った。


 でも、優くんは止めてこなかった。

 何もしなかった。

 何も言わなかった。

 そんな優くんも、私は優しいと思う。

 止めるのも優しいよ。

 私を止めないのも優しいよ。


 何をしても、二人は優しくて、温かくて、素敵な人。


 それを再認識して、私は駆け出した。

 燃え盛る炎の家に。

 私の家に。



 ―――



 火の中、とてつもない熱さを感じた。

 皮膚が焼けただれていくのを感じた。

 痛かった、機械なのに。

 でも、痛くても機械なんだ。

 きっと、博士が求める人造人間は、炎なんて厭わずに突き進み、博士を軽々と運んで助けてくれるような、そんな人造人間だ。

 だから私は、それに応える。

 何としても、絶対に。

 大切にしてくれる人を、助けるんだ。


 そう決心したのに。


 博士は見当たらなかった。


 気づけば家は倒壊していた。

 下敷きになった。

 痛かった。

 でも、機械なんだ、これくらい耐えないと。


 ああ、どうしよう。

 博士が死んでたらどうしよう。

 身体が震える。


 でも、今はとにかく、この家から出ないと。

 多分だけど、ポンコツな私の目で見ただけの情報だけど、博士はの家にいない。

 なら、早く外を探さなきゃ。

 早く見つけなきゃ。

 私の、大切な人を。




 ―――




 外に出た。

 瓦礫を押し退け、炎をくぐりながら。

 外には大量の野次馬がいた。

 消防車も来ていた。

 必死に消火活動をしている。


 愛理ちゃんは、ああ、吐いちゃってるな、あれは。

 そっか、今の私、人間じゃないんだった。

 皮はもう、剝げ落ちたんだった。

 こんな姿、醜いもんね。


 そういえば、優くんはどこだろう。

 あ、あれかな。


 ・・・あはは、優くん、すごいや。

 あんな顔して、私を見てる。

 優しいなあ、優くんは。

 博士も、優しかったなあ。


 探さないと、絶対。


「わたしは・・・」


 あれ、なんでだろう、声が出づらいな。

 何か,のどにこべりついてるみたいだ。

 どろどろとして、それでいて眩しくて、所々ひびの入った何かが。


 でも、大丈夫。

 言おう、言っちゃおう。

 博士の為にも、私の為にも。

 言うんだ、私。


 私は、機械で作られた人間だと。

 私は、人間じゃないと。

 私は、藤島幹ではないと。


 私は、博士に作られた人造人間、レヴェレナットだと。


「わたしは、わたしは機械人間、レヴェレナット!! 私の大切な人、藤島樹里を、誰か知りませんか!!!」 


 言った。

 言ってやった。

 言ってしまった。

 言っちゃったんだ。


 そう感じた時、のどにこべりついていた何かは、すっきりとなくなっていた。

 ああ、いい気分だな。

 そう感じた。


 しかし、野次馬たちからの反応はゼロか。

 これじゃあ駄目だなあ。

 やっぱり、私が探さないと。

 大事な大事な、博士の事を。


 そうして、私は重たい脚を動かした。

 黒鉄色の脚を。


「待って!!」


 私は足を止めた。

 愛理ちゃんの声だ。

 サッと振り向くと、気持ち悪そうな顔をしながら、私を指さしている。

 私と愛理ちゃんの目が合った。

 その時、愛理ちゃんが吐き気をこらえるような素振りをした。

 その次の時だ。


「私も連れて行ってっ!!!!!!」


 野次馬は皆愛理ちゃんの方を向いている。

 そうだよね、こんな私に話しかけたら、そりゃそうだよ。

 それに、連れて行ってだなんて。

 ダメって言っても、どうせついてくるのに。

 でも、そんな考えもきっと伝わってるよね、愛理ちゃんには。


 伝わってるはず。

 そう信じるよ。


 信じて、私は旅立つよ。




 ―――




 幹は歩いて行った。

 烏丸も、幹について行った。

 俺は、まだ立ったままだ。

 まだ、幹たちの背は見える。

 でも、足が動かない。


『・・・あなたの好きな人は、博士を探しに行くみたいよ。あなたはあなたの意思で動くべきだと思うけれど、もし本当に幹が好きなら、よく考えたうえで勝手にしなさい』


 なんて捨て台詞を吐かれた手前、俺は考えた。

 幹をどう思っているか、どう見ているか、どう感じているか。

 幹の事は好きだ。

 例えどんな姿でも、好きだ。

 この感情は間違っちゃいない。


 だから、俺は追いつきたい。

 幹に、早く。


 なのに身体が動かない。

 動けない。

 金縛りとは違うんだろう。

 足がすくんでいるんだろう。

 いや、果たして本当にそうか?


 俺はまだ怖いのか?


 いや、怖くない

 なら、なぜ、どうして俺は、動けないんだ――

 そんな時だった。


『彼女を人間だと思ってるからさ』


 声が聞こえたのは。

 低い、冷たい、誰かもわからぬ男の声だ。


『彼女は人間じゃない。彼女は機械だ、少し特殊だけどね。君もそう思ってるんだろう?』


 思っていない。

 幹は、人だ。

 俺と同じにんげ――


『嘘だね、それは嘘だよ。君は心の底で、彼女が、レヴェレナットが機械であると認めている。いや、むしろ、機械としてしか見ていない』


 ちがう!!

 なんなんだオマエ、誰なんだよオマエ!!

 俺は、幹を機械だなんて思ってない!

 あいつは人間だ、幹は人間だ。

 それが、人間であることが、幹は何よりも幸せなんだ・・・


『くっ、くくくくくく・・・』


 何が可笑しいんだよ。


『いや、だって、もう答えは出ているじゃないか』


 答え?


『そう。だって君、彼女の幸せのために、彼女を人間にしてるだけなんだろ? それ、根本は機械として見ているんじゃない?』


 それは、そんなこと・・・!


『そんなことあるだろう? 嘘はだめだよ。君は、彼女を機械として見てる。今までだって、所々にそれは垣間見えていたろ。自分騙しはやめだよ』


 なんなんだ、なんなんだよオマエ・・・

 誰なんだよ、オマエ・・・


『僕? 僕はね・・・うーん、時期に分かるよ。とにかく今は、彼女を追ってあげなよ。レヴェレナットを――』


 それは、それは! 


 俺は、足が動かないから!!


 ・・・あれ? 動く?


 動いてる・・・


「あー、あー、」


 声も出る。

 手も握れる。


 今のは、一体何だったんだ・・・


 違う、今はそんなことよりもレヴェだ!

 早くレヴェのところに――




 今、俺、レヴェって?

 違う、幹だ。

 そう、幹、藤島幹、人間の幹。

 レヴェレナットじゃない、レヴェレナットじゃない・・・


 よし、大丈夫。

 行こう、早く幹のところへ。


 博士を探すために。

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