第3話 ツネさん

「おはよう、ツネさん」

「おはよう、ふくちゃん」

 ある日の教室移動のこと。ふくちゃんこと福徳ふくとく勝辰まさたつがツネさんと呼んだのは、恒章のことだ。今までは、新学期から一か月以上経ってもクラスメイトとは話したことはなかった恒章に初めてできた友達だった。いわゆる最短記録を大幅に更新した。入学式の日に教科書を買いに行き、それ以来仲良くなったのだ。

「今日はボイトレ行くの?」

「歌自慢の予選が近くてね。今、みっちり仕込んでもらってるよ」

 福徳は巷ではちょっとした有名人だったらしいが、それ故に周囲からのプレッシャーもしばしばだったそうだ。しかし、この高校入学時が転機となってしまう。恒章の双子の兄である和信の存在だ。有名な彼の陰にうまく隠れることとなり、色眼鏡でなく、フラットに見られるようになり、安心したそうだ。

「『とく』ちゃん、じゃなくて『ふく』ちゃん」

「一文字目か二文字目かどっちかにしようか」

「ご、ごめん……」

「いいって、この苗字が故のことよ」

 福徳はそう言いながら、歩き続ける。刹那、恒章は教科書を落としてしまった。偶然通りかかった生徒が拾い上げてくれた。

「あっ、すみません……」

「いえいえ、どうぞ……」

「「あっ」」

 教科書を拾ったのは、兄の和信だった。

「……気をつけなよ」

「……はい、どうも」

 何とも気まずい間だった。同じ兄弟なのに、恒章は会うたびに格差を感じてしまう。

「ツネさん、早くしないと遅れちゃうよ」

「和信、早く行こうぜ」

「「ごめん、今行くよ」」

 それぞれのクラスメイトの声にハッとなる兄弟。一言一句変わらない言葉を返す。お互いに一瞥した後、無言で別れた。


 *


「やっぱ、双子から血を争えないねえ」

「言ってる意味が分からないよ」

 昼食の時間、恒章は福徳とともに食堂で、うどんを食していた。

「いやあ、さっきのやつ。双子にテレパシーがあるってのは本当なんだなあって」

「二卵性だからそんなに似てないよ」

 恒章はきっぱりと答える。そして少しつ俯いて続けて言った。

「むしろ、アイツの方が人気者ってか、光っていうか……、昔から負けてるように感じるんだよな」

 ふーん。と答えながら、福徳はひたすらうどんをすすっていた。

「話聞いてました?」

「過去のことは気にしないんでね」

 恒章は思わず手を止めた。福徳は続けてこう言った。

「別にツネさんは東山くんの……お兄さんの幻影じゃないでしょ?」

 その言葉に、恒章は思わず福徳の顔を見つめる。そんな彼をよそに、福徳は最後の汁を飲み干す。

「まあ、もしかしたら、東山くんもツネさんに対して羨ましいって思うこともあったんじゃないかな?」

「……ふくちゃんって、やっぱいいやつだな」

「そう? 」

 福徳は不思議そうに首を傾げる。

「一生ついていきます。福徳様」

「やめなさい。ほら、教室戻るよ」

「ほーい」

 恒章は少し足が軽くなった気がした。

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