on the stage

すごろくひろ

第1話 高校受験

 双子の兄、東山和信は天才子役だった。数年前に偶然見かけたCMのオーディションに応募し、見事主役を引き当てた。丸く太った体形がもたらす朗らかな印象でありながら、その見た目から想像できない表現力の多彩さで一世を風靡した。一方、双子の弟、東山恒章は、兄と見た目は似ていても、中身は普通の中学生である。いわゆるオタクと言われる部類で、放課後になれば二次元の世界にのめりこむ生活を過ごしていた。

世間の目は、活躍する兄に注目し、弟には誰も目を向けなかった。それは、学校生活にも及ぶ。

「お兄ちゃんはすごいのに、弟はなんであんなにダメなのか……」

「弟のくせに、兄の足を引っ張らないでほしい」

そんな冷たい声に、恒章は気にしない素振りを見せながらも、内心、身体に矢が刺さるような痛みを味わっていた。また、兄の身代わりとして、多少の嫌がらせも受けるようになる。兄弟間の扱いの違いに辟易するようになり、次第に仲違するようになった。

「ただいま」

「おかえり」

兄のせいではない。恒章はそう思ってはいるが、だんだん兄とは、口数の少ない会話しかできなくなった。


時は経って、一月一日午前零時。日本は新年を迎えた。初詣で神社に繰り出した人々は本坪鈴を鳴らし、拍手をし、願掛けをする。御神籤で一喜一憂し、神木に結ぶなり持ち帰るなりする者もいる。また、アイドルたちの年越しライブや、新春番組で夜更かしするなど、まさに「ハッピーニューイヤー」の色が一番強くなる時間帯を迎える。

 そんな中、かの双子たちも、受験目前ではあるものの、その恩恵を受けていた。兄は家族と居間でテレビを見ながら団欒しているが、弟はポテトチップスを片手にしながら、自室のパソコンでVTuberの配信を見ていた。

『さあ、みんなは今年、どんな一年にしたいかな? 抱負なんかも教えてね!』

恒章の推している女性VTuber・みっちーから投げかけられた新年ならではの問いかけに、チャット欄は様々な反応が浮き上がってくる。日本一周旅行や結婚などの夢を語るものもあれば、そんなもの関係なく、投げ銭もといスーパーチャットも投げ込まれていく。しかし恒章は、ただ画面を見つめるだけで何も反応しなかった。何も考えていないわけではないし、見ていて楽しくないわけではない。彼が思うに、何を願っても無駄だと感じるようになってしまった。

『みんな、いろいろ教えてくれてありがとう! 私は、もうすぐ受験なの! ――』

恒章は思わず目を見開いた。そして画面越しの彼女をただただ見つめ、耳を傾けるだけだった。そして、どうやら彼女自身も高校受験ということも知った。同じ県内だし、もしかしたら会えるかもしれない――。そんな淡い期待を持ちつつ、

『僕も高校受験です。お互い頑張りましょう』

と、終わり際にスーパーチャットを送った。その後、配信の幕はすぐに落ちた。恒章はパソコンの電源を落とし、床に就いた。


 午前十一時。恒章は起きる。居間に降りると、家族はみな既に朝食を食べ終わった後だった。

「あれ、和信は?」

「和信は、今日も舞台の稽古に出てったよ」

「あっ、そう」

そう言って、恒章は早々と朝食を平らげる。

「あんた、正月だからってダラダラすんでねえよ。勉強できるといっても油断は――」

「はいはい」

耳が痛くなるような母親の指摘に、恒章は逃げるように自室へ戻った。

部屋に戻ると、先ほどのみっちーの配信もう一度アーカイブで見ていた。そして、ふとYoutubeのメッセージ欄に通知があることに気がついた。どうせ罵られるだけだろうと思っていたが

『同じ受験生がいてうれしいです! がんばりましょ!』

と前向きなメッセージが送られていたのだった。

「よっしゃー!」

恒章は思わず歓声を上げる。母親にうるさいと怒られるも、なんだかやる気が上がった気がした。その後、受験当日まで十時間勉強をするようになった。その成果もあってか、恒章の成績は、五教科ともに八割以上の得点率を獲得できるようになっていた。ちなみに、兄は、推薦入試で合格したようだ。しかし、弟の刺激になるからと言って、どこに合格したかは教えてくれなかった。しかし、なりふり構わず弟は勉学に勤しんだ。そして……、

「自分の番号があったよ」


 三月になり、双子の兄弟、和信と恒章は揃って中学を卒業した。

数日後、進学先で入学者説明会が行われる。合格発表時に渡された冊子を確認したり、事前課題を済ませたりなど大変だったが、なんとか当日までに終わらせることができた。そして当日。身支度を済ませ、最後となる中学の制服を着た。しかし、そこには両親と兄・和信の姿があった。

「恒章も同じ日だったんだ……」

「和信こそ……」

二人の間には、以前蟠りが解けていなかった。ただ、四月からは、お互いに違う高校に通うのだと思うと多少気は楽になる。せいぜい最寄り駅までの辛抱だと。

「それじゃ、みんなで行くぞ」

「「はい?」」

父親の言葉に思わず、二人の声が揃った。

「いやあ、双子揃って同じ学校になってよかったなあ」

「「はい……?」」

このとき、はじめて兄弟は同じ高校に入ることになることを知ったのだった。


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