運命

「まだ不死の魔法を発動していないだと?」

「……うん」


「どうすんだよ。今日死ぬんだぞ」


 私には懸念があった。

 本当に人の命を犠牲にして不死になってよいのだろうか。

 それを考えているうちに命日となるであろう日が来てしまった。


「ごちゃごちゃ考える必要はない。他に方法はないんだ」

「でも……」


 不死の魔法を発動するには、少なくとも一日のシミュレーションが必要だ。

 しかし、私が死ぬのは今日。どう考えても間に合わない。


「ま、せいぜい気を付けるこったな」


 そう言い残すと魔女は消えてしまった。

 なんだろう、彼女の反応に少し違和感を感じる。

 これから私が死ぬというのに全くあせりがない。


 彼女は未来の私。私が死んだら彼女も死ぬのではないのか?

 それとも、私が生き延びるということを確信しているのだろうか?

 もしそうなら私に催促しに来る必要はないはず。


 考えてもしょうがない。学校に行かないと。

 家を出ると、たくさんの車が道路を走っていた。

 そういえば魔女が来た時、私は車に轢かれると言っていたが、彼女いわく、それは可能性の一つに過ぎないらしい。

 天気予報と同じで、近い将来ほど予言が当たる可能性が高い。

 彼女が来てから既に一週間が経っている。これだけの時間が空けば、予言がピンポイントで当たる確率は減るだろう。

 だが、用心するに越したことはない。


 特に何事もなく学校に着いた。

 そして、何事もなく授業も終わり、放課後になった。


「ちょっと」


 来た。ホムラと取り巻きたちだ。


「あんた、さっきの授業、ナユタ君と一緒に教科書見てたでしょ」


 勘弁してほしい。それは彼が教科書を忘れたから見せてほしいと頼んできたから仕方なかったのだ。

 面倒になるから断りたかったんだけど、彼は友達が少ないみたいで断り切れなかった。


「調子に乗ってんじゃないわよ!」


 ホムラは私を突き飛ばした。

 しかし、先日のようなメラメラとした感情は湧き上がって来なかった。

 そうか、前とは違って魔法が使えるから心に余裕が生まれたんだ。

 いざとなれば魔法で反撃できるから。


 そのいざという時は――今。

 私はゆっくりと立ち上がり、カバンからハサミを取り出した。


「な、なによ! ハサミなんか取り出して!」


 そして、ハサミの刃をホムラに向けて射出した。

 刃はホムラの頬をかすった。


「ひぃっ!」


 ホムラはその場にへたり込んでしまった。

 先日覚えた『テレキネシス』だ。

 安心して。当てるつもりはないわ。


「もう私に構わないで。どうなっても知らないから」

「……ッ!」


 私は床に落ちたハサミを拾い上げ、階段を降りようとした。

 その時だった。


 ドンッ!


 何者かに背中を突き飛ばされた。

 目の前には階段。受け身は――とれない。


 私は階段を転がり落ちてしまった。


「あ……あんたが悪いんだからね!」


 階段の上から聞き覚えのある声がした。

 うつ伏せだったから姿は見えなかったが、犯人はわかっている。

 ホムラ、これで済むと思うなよ。


 オマエモミチヅレダ


「え?」


 階段を転がり落ちる音が聞こえた。

 『テレキネシス』で彼女を階段から突き落としたのだ。

 周りからは足を滑らせたかのように見えただろう。

 大丈夫。威力は弱めたから。

 私に感謝しなさいよ。


 私は頭をおさえながら立ち上がると、赤い目で彼女を見下した。

 彼女は震える声でつぶやいた。


「あ……悪魔……」

「悪魔? 私は魔女よ」




 少々無茶だったか。

 階段から落ちるときに『テレキネシス』で体を浮かし、なんとか致命傷は避けたが。

 貧血だろうか、少しフラフラする。

 全身の内出血と『テレキネシス』の使い過ぎが原因か。


 『テレキネシス』にも限界がある。

 死角からの襲撃しゅうげきには反応できず、病気も防げない。

 貧血でいつパタリと倒れてもおかしくない。


「あいつは不死の魔法の代償にしないのか?」


 どこからともなく魔女が現れた。


「ホムラのこと? ダメよ。そんなことできない」

「あいつに腹が立たないのか?」


「腹は立つけど、命を奪うほどじゃない」

「でも、そろそろそこら辺を考えた方がいいと思うぜ。お前はもうフラフラのはずだ。そんな状態でこれから続くアクシデントに耐えられるのか?」


「……」

「魔法でどうにかなると思ってるだろうが、そいつには限界がある。前も言ったが、魔法で対処できたとしても、次々と不幸がお前を襲ってくる」


 そうこうしているうちに、目の前からトラックが走ってきた。

 車線からはずれ、こちらへ向かってくる。


「『テレキネシス』!」


 トラックを動かそうとすると確実に貧血になってしまうので、自分自身を移動させた。

 体力の限界か、倒れてしまった。







「目が覚めたか?」


 気が付くと病院にいた。

 枕元には魔女がいる。


「運が良かったな」

「……もういい」


「ん?」

「これが1年も続くなんて耐えられない」


「そうか。だったら不死になって――」

「死んだ方がマシって言ってるのよ。不死になっても別にやりたいことなんてないし」


「……そうか」

「だから、不死の魔法を教えて」


「……は? さっきと言ってること違くないか?」

「勘違いしないでよ。私を犠牲にして私を不死にする。すると、不死にする人がいなくなるから魔法は不発。そして、犠牲となった私が死ぬだけに終わる。そうでしょ?」


「くっくっく……ハッハッハ!!」

「??? 何がおかしいのよ」


「そういうとこだぞ! お前の面白いところは! 手首を切るでもなく、飛び降りるでもなく、首を吊るでもなく、はたまた『テレキネシス』を乱発して失血死するわけでもなく、わざわざ不死の魔法で犠牲になることを選ぶ! 初めて『テレキネシス』を覚えたときもそうだ! お前は無意識に未知の世界を求めているんだよ! 本当は知りたくてたまらないんだろう! 不死の魔法とは何かを!」

「……楽に死ねると思っただけよ。あなたがそう思うのならそれでいいわ」


「いいだろう! 教えてやる! だが、自分を犠牲にして自分自身を不死にするのは試したことがない。どうなるかわからんぞ」


 私は静かにうなずいた。


 こうして不死の魔法を発動する準備が進められた。

 幸運にもアクシデントに遭うことはなく、一日が過ぎた。


 そして、運命の瞬間が訪れる。


「準備はいいな」

「うん」


 私は魔女に用意してもらった本を読みながら呪文を唱えた。

 発動するまでの5分間が何時間にも何日にも感じられた。


 そして、最後の一行を読み終え、心の中で念じた。

 あたりが光に包まれ、私は――

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