第55話 ハッキング

 一心は美紗に甲賀悟以外の誘拐犯鬼島竜(きじま・りゅう)32歳と里見剛(さとみ・つよし)33歳の口座とメールやSNSの履歴を調べさせた。

誘拐がずぶの素人の犯行にしては手際が良過ぎると感じたからだった。

それと専務の妻と経営する店の口座やメール、SNSについても履歴を調べさせた。こっちは売春でどれほど儲かるものなのかを知りたいという興味と百花のスポンサーになった男への興味からだったが、勿論美紗にはその資金の流を調べたいとかまともそうな理由言って調べさせたのだった。


 当然ハッキングすることになるのだが、量が多いので静にも手伝うように指示をした。

 ――静も美紗ほどではないがハッキングのベテランなのだ。

 

 三日ほどして丘頭警部が直々に事務所に来て捜査状況の報告があった。

「ねぇ一心、あんたの気付きが発端となって鬼島と里見が鳥池常務の殺害を認めることになったんだけど、監視カメラに写るはずの殺害している時の映像がどうして写っていないのか? って訊いたらしどろもどろなのよ。まだ隠していることがあると思うんだけど、他に情報はないかしら?」

丘頭警部はちょっと口を尖らせ眉の端を下げて困った時の顔をしている。

「それに、鳥池常務を解剖したら、傷口は一つなんだけど二度刺されている事が判明したのよ。刺して抜かずにさらに力を入れて刺し込んだみたいなの。二度目のが死亡原因と結論付けられたのよ……どういうことかしら? 甲賀は一度しか刺してないと言い張るし……何か分かんないことがまだ多いのよねぇ」

と警部は続けた。

「そうか、美紗のハッキングが進めば何か分かるかも知れんが今の所新たな情報は無いんだよなぁ」

一心が答える。

話が途絶えて静を加えて雑談をしていると、美紗が三階から降りてきた。

 

「あ~警部、ちょうど良かった。新しい情報有るぞ」と、美紗が言う。

丘頭警部の目がキラッと光る。

「誘拐犯の鬼島と里見は縦上獄生会と電話とかメールとかで連絡を取り合ってたぞ」

そう言ってパソコンを開いて履歴を一心と警部に見せる。

「えー、あの二人は縦上獄生会の組員だった? 気付かなかったわぁ……私らの捜査ミスね」

丘頭警部はちょっと青ざめ「その情報私に送って」と美紗を見詰める。

「さらに、……」と美紗は続ける。

「さらに、その二人は縦上獄生会の中では殺し屋と呼ばれている田山茂(たやま・しげる)とも犯行前後でしきりに電話でやり取りをしてたぞ。その内容を見ると誘拐の主犯は甲賀となっているけど、田山が鬼島と里見に色々指示を出し、それを素人の甲賀に提案するという形でやらせてたようだぜ」

美紗の言葉に丘頭警部は唖然として、「それじゃ、捜査を一から考え直さないといけないじゃない! すぐに美紗その情報を私に送って!」

「まだある。田山はそのホテルに前日から泊まっていたんだ。ホテルの宿泊人名簿をハッキングしたから間違いない。何故本名で泊まったのかは知らんが……想像だけど、絶対にばれないという過信があったのかもな……そして犯行後は帳簿の入ったキャリーバッグを自室に持ち込んで翌朝堂々と清算して帰っていた。一階の監視カメラにばっちり写ってた」

「そう、分かった。それも裏取るわ。ありがとう。じゃ……」

丘頭警部は早く署に戻って捜査のやり直しをしたいのだろう、いつになく焦っているようだ。

警部の言葉を遮って「警部、焦るな、まだある」と、一心が言う。

「聞いてくれ。俺の常務殺害についての推理に美紗の調査結果を加味すると、こうなる……」

そう前置きして一心は語り始める。

「……常務殺害は端からの計画で、その時刻も決めていたんだ。

その時刻の十分ほど前、田山はホテルの自室から地下へ行き、電源室のドアをピッキングで開けてその時を待つ。

で、里見らと電話で確認しながら地下ブレーカーを切り玄関から駐車場へでる。

時を同じくして甲賀に常務をナイフで刺し殺させトランクに入れる。

素人が一回で刺殺できるケースは少ないことを知っている田山は刺さったままのナイフを更に深く刺す。

――ただ、甲賀が刺した後常務をトランクに乗せるときに甲賀の革手袋に血がついてしまう。その手でナイフを引き抜こうとして鬼島か里見に止められたんだろうな。そのあと田山がナイフの柄に血がついていることに気付かずに右手で握って刺し直したんだ……そして常務は死んだ――

そのあと常務に変装した里見が車を運転し、甲賀の車と二台で駐車場を後にして深夜を待って遺体を川に捨てた。

 一方、田山はキャリーバッグを左手で引きずりながら血の付いた革手袋で再度電源室に戻りブレーカーを入れたためスイッチに血がついてしまった。警部、鑑識で調べたんだろう? 」

「えぇ一心に言われて調べたら間違いなく常むの血だったわ」

「そして奴は部屋に戻った。

 ホテルの守衛の話だと電源が落ちた時と再び投入された時に夫々数十秒の停電が発生するとのことだから、一回目の停電中に常務を殺害し遺体をトランクに隠し、二回目の停電の時に田山がキャリーバッグを持って非常階段を使って一階へ逃げたので形跡が残っていないって訳だ。

……そういうトリックを使って監視カメラに写るはずの映像が写っていないと言う不可思議な現象が起きたわけよ……どうだ? 警部、あとは俺の推理の裏付けをきちっと頼むぞ」

丘頭警部は一心の推理をしきりにメモっている。

 

 そして今度は美紗が再び話始める。

「俺が一心に言われて専務の妻百花の店と個人の口座の履歴とメールやSNSの履歴をハッキングしたら、こっちもその縦上獄生会に繋がってたぞ」

丘頭警部が驚きの悲鳴をあげた。警察の捜査がぬるいことを再三再四指摘され言葉が出ないようだ。

「つまり百花の店の売上が反社会的勢力の資金源になってたってことだ。……

専務の妻の百花は獄生会の会長の妹の娘らしいぞ。一応、戸籍謄本をハッキングしたんだけどよ、警部の方できちっと捜査すればはっきりすると思うけど……」

美紗がノートパソコンの画面を見せながら続けた。

「でも、百花の旧姓は亀井じゃなかった?」

「おう、縦上の妹の嫁ぎ先が亀井って言うんだ」

「何々何々、ってことはよ、今回の誘拐事件に専務の接待売春、ひょっとしたら贈収賄の背後にまで縦上獄生会が関わっていたってことになるのかしら? それに常務の横領にも? ……」

丘頭警部は顔を紅潮させて大きな声を一層大きくして言う。

「やっぱりそうか、村岩百花に事情を訊いたときに金を出したという男が気になったから調べさせたんだけど、奴らは對田建設工業に弱みを作って、そこに付け込んで金を要求し獄生会の資金源にする気だったんじゃないか? 警部! だとしたら、百花の開店当初のスポンサーも獄生会の人間じゃないか? すっかり騙されたわ。……いずれにしても、もう俺たちの手ではどうしようもないぞ。本庁の組織犯罪対策課におでまし頂かないと対応できないんじゃない?」

一心がそう言うと丘頭警部の顔が一気に強張る。

「美紗、その情報も全部私に送って、後は上司と相談するわ。一心も皆もありがとう。それにしても、一心、あんた良くこんな事に気付いたわねぇ。流石よ」

いきなり警部に褒められ静らもびっくり滅多に無い事だ。

 

「暴力団が一般企業を食い物にするなんて絶対に許せないわ!」

丘頭警部は力強く言って事務所の階段を駆け下りて行った。

 

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