第52話 解れ始める撚り糸
浅草署捜査課の応接室で丘頭警部と対座するとすぐに監視カメラの映像の『飛び』について説明し
「そういえば警部、鳥池常務を殺害した凶器はなんだ?」と、訊いた。
「えぇ、ナイフのようなもので胸を刺されて死んだのよ。そして川に落とされた」
「あ~そしたら前に持ってきたキーホルダーの血が常務の血ってことも有る訳だ」
「そう、鑑識でそれ確認したら鳥池常務の血液と一致したわよ」
「なら、あの地下駐車場が殺害現場ってことになるな……で、あれの所有者は分かったのか?」
「えぇ、誘拐犯の甲賀悟(こうが・さとる)の持ち物だった。殺害の物証になるわ」
「さ・と・る? ……」
「一心、その名前に何かあるの?」
「いや、對田社長が小学校の時、幼い子供が川で溺れたのを村岩専務と一緒に助けたことがあったらしいんだけど、その溺れた子の名前が『さとる』って言うらしいんだ。苗字は分からないらしい」
「もしかして、甲賀悟のことかしら……」
「ちょっと確かめて見てくれよ」
「ちょっと待っててくれる。訊いて来るわね」
十分ほどして丘頭警部が戻ってきた。
「どうやらそうみたい。甲賀は親から『あんたを助けてくれたのは、對田竜二くんと村岩吉郎くんという小学三年生のお兄ちゃんよ、いつか恩返ししないとね』っと言われていたらしいのよ」
「ほ~あの殺し屋がねぇ」
「一心、甲賀は殺し屋でもやくざでも何でもないただの喫茶店のマスターよ……ちょっとがらは悪いけどね犯罪歴も無いし」
「えーっ、じゃなんで誘拐だの殺人だのをやらかしたんだ?」
「それが、どうやら甲賀のやってる店がたまたま對田建設の近所で、社長と専務が、甲賀が店を始めた頃からだから二十年くらい前から店に来ては何やら相談なのか商談なのか分からないけどしてたらしいのよ。そして聞くでもなく甲賀の耳に對田と村岩の名前が耳に入ってきてびっくりしたらしいわよ、事故から二十年振りに命の恩人に会ったんですもの」
「へ~、そんな偶然が本当にあるんだ」
「それで、どうやって恩返しをするか考えていたらしいのよ。私ならその場ですぐお礼を言っちゃうんだけどね~、そうこうしているうちに月日が経って二人の話に時々加わっていた鳥池常務とも親しくなって、社長と専務が脱税疑惑で困ってるって聞いたらしいの。それで甲賀が子供のころの事故の話をし二人に恩返しをしたいと言ったらしいのよ。だから、今回の事件は鳥池常務が計画して、甲賀は法に触れるとは知りつつも二人の為だと思って常務に騙されて仕掛けた事件だったのよ。それを帳簿を返す時に常務が口を滑らせてしまって、甲賀が憤慨して常務を刺した、と言うのが事件のあらましね」
「そしたら地下駐車場から出た時は常務の車は犯人の一人が運転してたってことだな?」
「え~そうよ。一心が指摘した通りだったわ」
「それなら、どうして恩ある社長を強請ったんだ?」
「それは、常務が二千万円くれるって言ってたけど殺しちゃったんで入らなくなって、店の運転資金とかあとの共犯の二人に金をやらないわけには行かないという事情があってやったと言ってるわ」
「共犯の二人と甲賀の関係は?」
「ネットでバイト募集したらしいわ。高額バイトだって謳ってね」
「そしたら互いに相手の素性を知らないってことか?」
「え~、変な時代ねぇ。だから、余計に約束したバイト料を払わないとやばいと思ったみたいよ」
「ふ~ん、で、帳簿は?」
「そこよねぇ、常務に渡したの一点張り……おそらく社長に渡ってる。けど、そこが恩返しの積りなんじゃないかしら、白状しないわ……」
「甲賀の話は社長にはした?」
「いや、まだ訊いたばかりだもの、これから話すことになると思うわよ」
「行くとき同席出来ないかなぁ」
「いいわよ。誘ってあげるわ」
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