第48話 優しいお姉さん
一心は静を連れ手土産にジュースとケーキに大きなうさぎの縫いぐるみを携えて片川宅を訪れた。
空き巣にずたずたに切り刻まれたうさぎの縫いぐるみを抱きしめて泣いていたのを静が見ていたのだった。
美富に事前に連絡したらもう一週間学校を休んで休養させると言っていた。
居間に案内されると美鈴ちゃんはゲームをしていたが、静が差し出した縫いぐるみを見ると満面の笑顔で「ありがとう」と言って抱いたり両手で持ち上げたり嬉しさを身体で示す。
外見は元気そうに見える。
「どうです、帰って来てからの美鈴ちゃんは?」
美富に訊いてみる。
「えぇ、監禁されてたとこに小城康代(おぎ・やすよ)という三十歳の女性がいて、美鈴の面倒を見てくれたようなんです。その人保育士でとっても優しかったって。だから怖い目に合ったのは誘拐された時とそのアパートから工場跡へ行くときだけだったらしいんです。私も何日かそのアパートに監禁されてたんですけど本当にその女性は優しくて、なんで誘拐の片棒を担いだのか分かりません」
「そうですか、最悪の事態は避けられたって感じですね。美富さんは犯人に殴られたんですか?」
「えぇ、帳簿はどうしたってしつこく訊かれても、意味わかりませんって答えるしかなくって、でも聞き入れてくれなくって叩かれました。知らないものはどうしよう無くって……そしたら美鈴が殴るなって大泣きして、その女性が男を止めてくれたんです。近所に聞こえるって言って……」
美富は言葉を区切って子供に何度も目線を走らせながら話す。
そして続けた。
「誘拐犯の家は、中央線中野駅から徒歩で十分ほどの住宅街の中にある見た目も古そうな二階建ての六戸入りアパートの、その二階の真ん中にありました。間取りは居間の他に二部屋あって私らが閉じ込められていたのはその一部屋で隣の家の居間と壁一枚、大声を出したらすぐ隣近所に聞こえてしまうというのは良く分かります」
「なるほどね。でも美鈴ちゃん偉いねぇお母さんを守ろうとしたんだ」
一心は親娘の心の繋がりを見たような気がした。
「あの工場で帳簿を待っている時には、『どうせ奴らは来ない。時間切れになったらお前たちを殺してアパートを燃やす。そしたら何処に隠しているか分からんが帳簿も燃えてしまうだろう』と言って笑うんです。そして刻一刻と約束の時刻が迫って来るにつれどんどん恐怖心が膨らんできて……でも、子供だけでも助けてって言ったら、黙ってろと言って蹴飛ばされて……」
その時のことを思い出したのだろう美富は涙を溜めて言葉を詰まらせる。
「すみません。怖かったですよねぇ、我々がもっと早く帳簿を見つけられたら良かったんですが」
「いえ、そんな。一生懸命にやって頂いたと思ってますよ」
美富は頭を振って応じた。
「いえ~力不足ですまんこってす。ところで、美鈴ちゃん夜はよく寝れてはりますか?」
静が心配そうに優しい眼差しを美鈴ちゃんに向けながら尋ねる。
「たまあに泣いて起きることがあるんで、怖かった時の事を思い出してるんじゃないかって……そう思うと可愛そうで……」美富は娘に目線を走らせ涙を浮かべる。
「心の傷は癒えるのに時間かかりますよってなぁ。可哀そうやわ」
静も涙声になる。
「ありがとうございます。静さんのお怪我は大丈夫なんですか?」
「あっ、えぇ、軽い傷でバンソコを貼っただけでもうようなりましたわ」
思いもよらぬ質問に静は笑顔を作って帯を力強く叩いて見せる。
「それは良かった。私らの為に済みません」
「いえいえ、仕事だし、それにこいつは丈夫に出来てますんで……」
一心がそう言って静に目をやると、静がぎろりと一心を睨んでいる。
「ふふふ……あっ、ごめんなさい」
美富が初めて笑った。「仲がよろしいんですね。本当に美鈴の事お願いして良かった……」
「ははは、それで一応調査依頼を受けたんで報告書をお渡ししときます。あとは警察の範疇なんでね」
――やばいやばい、静の目がもう少しでボクサー色に変わるとこだったじゃ。あの犯人みたいに顎の骨砕かれたら叶わないからな……
「はい、ご丁寧に」
美富は封筒を脇に置いてしばらく女同士のお喋りが続いた。
一心は美紗も小さい時は美鈴ちゃんと同じように可愛かった……それがなぁ、と思い大きなため息をついた。
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