第46話 身代金

 翌日は午後一時には事務所を出た。早く着いたので工場の周りを車で見て回った。

午後三時五十分になって清家織物工場跡に一心と静は現金を持って門の前に立った。

時刻まで待って工場に入る。

「お~い、金持ってきたぞ~」一心が叫ぶと犯人が姿を現す。

「どうやら警察は来てないみたいだな……金は?」

「これだ」

一心がバッグを示す。三千万円はそれほどの量では無い、手提げバッグに十分入る。

「おい、その女、お前が持って来い」

犯人が静を指さす。

「気を付けてな」一心が言葉を添えてバッグを静へ。

静が頷きバッグを左肘に掛けゆっくり犯人に向かって歩いてゆく。

一心も気付かれないよう少しずつ犯人との間を詰める。

犯人の一人が静に一メートルほどに近づいて手を差し出す。

「どら、寄越せ」

静が無言のままバッグを渡す。

犯人がバッグを開けて中身を確認する。

「良いだろう」と言っていきなりナイフで静の腹を突く。

腹にナイフが突き刺さる鈍い音が一心にもはっきり聞こえた。

「きゃっ」呻き腹を押さえて前かがみになる静。一心は驚いて「静ぁ~!」と駆け寄ろうとする。

「来るな! こいつを殺すぞ!」

犯人が怒鳴り一心は歯ぎしりをして足を止めた

 ――くっそー、俺の静に……ぶっ殺しやる……。

「何故刺した! 金渡したんだから親娘を返す番だろうがっ!」一心が怒鳴る。

「ば~か、すぐなんか返すか、俺たちが逃げて……」

犯人が言いかけた次の瞬間、犯人の顎に静の強烈アッパーが炸裂! 骨が砕けるような鈍い音が響いた。

犯人はかなりの距離を吹っ飛び頭からコンクリートの床に落ちて動かなくなる。

親娘に銃を向けていた犯人が二人とも銃口を静に向けて、

「何しやがる。このやろう、ぶっ殺しちゃる!」と、叫んだその時。

ピーッと強烈な笛の音が工場内に響き渡った。

犯人らはビクッとしてキョロキョロ辺りを見回す。

一心も何事かと思って周りをみると、数人の警官が機械の上から拳銃を持っている二人の犯人めがけて夫々飛び降り拳銃を叩き落して犯人に体当たりする。

同時にそこら中から警官が飛び出して倒れている犯人の上に重なって押さえつける。

そして別の何人もの警官が犯人らと縛られている親娘の間に人垣を作り、同時に親娘を数名で抱えるようにして工場跡から連れ出した。

 静に殴られ伸びている犯人には数名の警官が駆け寄り後ろ手に手錠をかけた。

あっという間の見事な犯人逮捕劇だった。

 

一心は静に駆け寄る。

「静ぁ! 大丈夫か?」

「和服の帯はかとうてそう簡単には突き抜けたりしまへんのや」静が笑って帯を叩く。

が、帯についた刺し傷からじわっと血が滲んで叩いた手に血がついて、

「あら~こないに血が……」と言って静が倒れる。

一心は慌てて静の身体を支え「静ぁ!」

静の頬を叩いて呼びかけるが気を失っている。

 ――なんかなぁ、血を見て気を失うなんてどんなに強くてもやっぱり女だなぁ……

一心は救急車を呼ぶ……。

丘頭警部が駆け付け「静、大丈夫か?」

「あぁ血が出てるの見て気を失っただけだ。そんなに傷は深くない」

「救急車は?」

「あ~もう呼んだ。親娘に怪我は?」

「美鈴ちゃんはかなり疲れてたみたいだったけど、怪我はしてない。美富さんは帳簿の在処を言えと言って多少殴られたみたいだけど大丈夫、軽傷。もうパトカーで病院へ向かってる」

「そっか、これで事件の全容がはっきりするな」

 

 静は八王子市城津総合病院へ緊急搬送されすぐに手当が行われた。

一心は無事に手術が終わってくれることを祈った。

軽傷だと思っていても万が一ってことを考えてしまう。心配で吐きそうだ。

数馬にも事務所にも静が刺されたと連絡した。

 

 数馬と一助は十分くらいして、美紗は二時間後、夫々青い顔をして病院に来た。

先に着いた二人は一心と一緒に処置室から歩いて出てきた静を見て一安心したのだが、

後から来た美紗は「一心、母さんは?」と、涙目。心配で顔色を失っている。

そこへ「大丈夫やさかい、心配せんでよろし」

静が姿を現した。

「え~、お母さん刺されたんじゃないの? 一心がそう言ってたぞ」と、美紗。

「犯人に身代金を渡したらな、いきなりナイフであてのおなか刺したんやけど、帯の上だったさかいお腹にちょっと傷ついただけやったんや。でもな、帯と着物が切られたし血ぃが付いてしもうたんや。なぁ一心」

静がやばい微笑みを浮かべて一心に迫る。

思わず一心は苦笑い。

 ――え~、自分の身体よりそっち……呆れる。

「そっか、母さん大変な目にあったんだな。なら、一心、母さんに着物買ってやれよ、こんな着物じゃ可哀想だろう」数馬が追い打ちをかける。

「あ、あぁ、そうだな……」一心も内心はそう思っているが……高いんだよなぁ、着物って……。

「でも、良かった。母さん……大した……けが……なくって」いつもは男勝りの美紗が言葉を詰まらせながら静に抱きついた。

 

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