第42話 カウントダウン
午後一時になった。
状況は変わらない。全員が焦りもあってイライラしていた。
突然、ダダダっと事務所の階段を駆け上がってくる奴がいる。見ると對田弥生と村岩正二郎だ。
「一心さん! 見つけたぁ~ 帳簿!」
正二郎が階段の上がり口のところで叫ぶ。
手には大きなキャリーバッグを持っている。
「何っ! 本当か?」
一心は疑う訳じゃなかったが、信じられなかった。
――ずっと行方不明だったから、なにかしら事件に関わって親の不正を誤魔化そうとしているんじゃないかと疑っていたのだった。
「どれ、見せて」
一心が言うと、弥生がバッグを開けてファイルを並べる。表紙には「日記帳」、「総勘定元帳」、「貸借対照表」、「損益計算書」、「試算表」のほかに写真に取った領収書の一覧表などと書いてがある。その他に封筒にメディアが数個入っていた。
「俺分からないんだけど、これって裏帳簿っていうか不正行為の証拠か?」
一心が訊くと正二郎が「えぇ、そうです。少なくとも五年前から脱税をやっていた証拠です。それですべての頁を写真に撮ってこのメディアに保管してあります」
そう言って一心にメディアを差し出した。
一心は事務所で電話を掛けまくっている美紗に
「美紗! すぐコピー取ってくれ! 急いでな」
とメディアを渡す。
「丘頭警部には伝えたか?」
「いえ、見つけて真っ先にここへ来たんで」と、正二郎。
一心はすぐ丘頭警部に連絡し八王子の工場前で待ち合わせしようと伝えた。
二時まであと三十分だ。ぎりぎりだ。
メディアに書かれている文書が多いのか、なかなか美紗が下りて来ない。
二時十分前になった。
「美紗ぁ! まだかぁ」一心が三階に向かって叫ぶ。
「おー、終わった!」言いながら美紗が駆け下りてきた。
「よし、静行こう。数馬運転してくれ。正二郎くんと弥生さんありがとう! 正二郎君一緒に車に乗てくれ発見の経緯を訊きたい。弥生さんはここで親娘が無事に帰って来るの待っててくれ!」
相手の返事も待たずに一心はキャリーバッグを持って車に向かった。
「静、数馬に道案内してやってな、俺正二郎君から話訊いてるから」
「数馬、事故起こさへんよう慎重に急いでな」
「へいへい、慎重に急ぐぜ」
数馬は苦笑いでハンドルを握る。
車が走り出した。
「で、正二郎君、あの帳簿は?」一心が訊く。
「えぇ、先ず高知課長の通帳を奥さんに見せて貰って、その中に貸トランクルームの引落があることを掴んだんです。それで奥さんに契約書を探して貰って会社名を知って、その会社に問い合わせたんですがその名前での契約は無いといわれて、直接そこへ行って担当者に金を握らせて契約先名簿を見させてもらうと「鳥池鴻二郎」の名前で契約があったんです。それで別に金をやって一緒に現場に連れて行って貰ってトランクルームを開けて貰ったんです」
「なるほど、君たち探偵やっても十分食っていけそうだな。そこにあれだけの資料が隠されていたんだな」
「え~、僕と弥生でなんとか社長と専務の争いを止めさせたくて、それで悪事は明らかにして改めさせ健全な会社運営をと願っていたんです」
「そうか、専務の賄賂の方も掴んだのか?」
「さっきのメディアにその写真が残されています」
正二郎はそう言って寂しそうな顔をする。
「正二郎はん。ちょっと辛いかも知れまへんけどな、誤った道を正すには仕方のないこってすわ。辛抱せんとな。お気張りやす」
「ところで、俺と会社の廊下で二回会ったよな? 何故逃げたんだ?」
一心が質す。
「ははは、済みません。あんときは僕も弥生も社員にも気付かれないように変装して極秘でネットワークとか書類とか確認してたので、急に声かけられてびっくりして逃げたんです。冷静に考えたら一心さんから逃げる理由は無かったよね、と後で二人で笑っちゃいました」
正二郎は頭を掻いて苦笑いする。
「ははは、俺はあんたたちが親を守るために敵に回って何か悪だくみでもしてるんじゃないかと疑ってたんだよ。でも、良かった」一心も苦笑いする。
車も順調に走っていたのだが、八王子ICまで二キロの表示のとこまで行くといきなり渋滞が始まった。
「数馬、どうした?」
「わからん。交通情報聞いてみるな?」
こんなところでもたもたしてられない。一心は焦った。
ラジオが八王子IC出口の手前で事故のため通行止めになった、と告げている。
一心はケータイを取り出し丘頭警部に電話を入れる。
「警部、外苑で事故だ。出られない、何とかならんか?」
「そう、私ら下走るわ。白バイ向かわせる十分かかる。先導させるね」と、警部。
――それじゃ間に合わん……
一心は電話を切って静と顔を見合わせ考える。……
四時まであと三十分を切った。……このまま走り続けてもギリギリだっていうのに……
「どうする一心!」と、数馬。
「どないしはります?」と、静も言う。
「うるさいっ! 今考えてる……黙ってろ!」思わず怒鳴る一心。
沈黙が車内を包む。
皆、何とかしたいと言う気持ちは一緒だ。刻一刻と時間は無情に流れる。
残り二十五分を切った。
脂汗が滲む。
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