第37話 脱出

 数馬は恋人のめぐと二人で、對田社長と村岩専務、鳥池常務が飲食店街でどういう接待をしていたのか聞き取りするのに飲食ビルを当たっていると、偶々乗ったエレベーターがちょっとした地震の影響で停電となり止まった。

 男四人、女四人が乗っていて満員、数馬とめぐは酒を飲んでいなかったが残りの六人は酒臭い。

五分か十分くらいは待っただろうか、電気も復旧しないし誰も助けに来ない。

夫々ケータイで電話を掛けようとするのだが圏外になってしまう。

「やだぁ、どうして圏外なのよぉ」ケータイに当たる女性もいる。

人の熱でだんだん蒸し暑くなる。それにつれ酒の臭いと化粧の匂いが密閉空間で異様な臭いに変化してゆく。

非常灯だけの薄暗い中に閉じ込められ女性たちが苛立ち騒ぎ始める。

ドンドンとドアを叩いて「誰かぁ、助けてぇ~」と叫び始めた。

「ねぇ数馬やばくない?」と、めぐ。

「そうだな、パニックでも起されたらかなわないな」

数馬はそう言って「すみません。天井裏に上がろうと思うので土台になって貰えませんか?」

ほかの三人の男性に話しかける。

「もちろん、靴は脱ぎますから……」

三人は互いに見合っていたが、

「そうか、上がるのは若い兄ちゃんに任せて年寄りは土台やるか」

中年の男性がそう言ってくれて四つん這いになってくれた。

あとの二人は土台に上がった数馬を支えてくれた。

数馬が天井を叩くと一か所天板が浮いた。

数馬はそこへ両手を差し込んで両足で天板を蹴って逆上がりの要領で天井に上った。

ケータイのライトで辺りを照らす。

「上の階のドアがすぐ傍にあるからここ開けてみる」

そして「ふんっ」と気合を入れドアを左右に引く。

だが、ドアががたがた言って開きそうなのだが開かない。

「もう一人上がってくれないかな? 一人じゃドア開かない」

「わかった」

そう言ったのは数馬と同じ歳くらいの若者。

また中年男性が土台になって天板に手を掛ける。そして振り上げた足を天板に掛けたので数馬が手伝って上げる。

そして二人でドアを左右に「せーの」と声を揃えて引く。

何とか五十センチくらい開いただろうか。

「やったね」と天板上の二人でハイタッチする。

そして「ドア開いたから女性を引き上げよう」と声を掛ける。

「でも~私スカートだから……」

戸惑う女性は互いに顔を見合わせている。

「土台は上見えないから大丈夫だ」

中年男性の声に不安げに「じゃ、すみません。お願いします」と言って土台に上がって両手を上に伸ばした。

残りの女性が支える。数馬ともう一人の若者が身を乗り出して手を掴み「せ~の」と声を合わせて引き上げる。


……重い軽いはあったが女性四人の引き上げに成功し、順にドアから外へ。汗が滴り落ちる。

三人目の男性は自力で足を天板に掛けるまでは出来たのでそこから二人で引き上げた。

その彼は気を利かせて買い物袋に数馬らが脱いだ靴を入れて持って来てくれた。

最後に残った中年男性はジャンプしても手が届かないので困った。

そこへ外へ出た女性が「これ使えない?」

どこからかロープを持って来てくれた。

「ありがとう」数馬はお礼を言ってそれをエレベーター内に垂らし身体に巻き付けて貰い、ロープをドア外まで伸ばして女性も含めて全員でロープを引いた。

「せ~の」で声を合わせ少しずつ上げて行く。

間も無く全員がエレベーターの外へでることが出来た。

自然に拍手が起り誰言うでもなく「ありがとう」と言い合う。

土台になった一番年上の男性が

「ここで知合ったのも何かの縁だし、皆さんで協力したからこそ無事に脱出出来たと思うんですよね。それで、ここの最上階の居酒屋で乾杯しませんか? 勿論割り勘だけど」

そう提案すると全員が「そうだね」、「いいね」

「夏だったら屋上でビアガーデンやってんだけどなぁ」若者は残念がる。

 

居酒屋で貰ったおしぼりで顔と手の汗と汚れを落して乾杯した。

お互いに自己紹介して小一時間ほど歓談し最後にもう一度乾杯して別れた。

「数馬、色々あるわねぇ。でも一緒だから楽しかったわ」

めぐは微笑むが数馬は筋肉痛でそんな余裕は無い。

「いや~もう沢山だ」

 

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