第30話 不倫女と帳簿の行方
一心は改めて片川美富に話を訊きたいと言って時間を作って貰い静を連れて片川宅に向かう。
「美富さん、例の帳簿が何なのかまだ分かっていませんが、どうやら故高知課長に関りがあったものらしいということまで分かってきました」
「はぁ、そうなんですか……」
美富は娘の美鈴を誘拐された上、室内を二回も荒らされ尾行もされたのに一つも事件は解決していない。
この一連の被害がどうして起きたのかその理由すら良く分からないまま日にちだけが過ぎてゆき、一心の話にも集中できないのだろう。気のない返事が返ってきた。
一心は美富の気持を察すると質問もしずらいところだが、事件解決のためにも訊かなければならないと自身を鼓舞して質問を続ける。
「それで身辺を探したんですがそれらしい帳簿が出てこないんですよ。警察も捜索してますが発見には至っていません。それで再度課長の身辺を洗い直ししてるので、こうしてお邪魔した訳です。勿論、高知宅も奥さんの立会いの下探させて貰ったんですが何も出てきませんでした」
一心がそう説明するが美富は
「私がどんなに考えても、思い出そうとしても帳簿なんて出てこないんですよねぇ」
辛いのだろう、美富は両の手で顔を隠しながらかぶりを振る。
「それで訊きずらいし、答えずらいとは思うんですが美富さんと高知さんの関わった場所、時間などについてお話頂きたいんです。もう、そこしか無いと思うんですよ」
「はい、美鈴のためですから何でも聞いてください」
「高知さんとの出合は?」
「夫の一夫が五年前経理課に配属された時、一緒に高知課長も経理課の課長として移動になってきて、それで上司と部下でしたが気が合って会社を離れたら友達みたいなお付き合いをしてたみたいなんです。たまには家に来てお酒飲んだりしてて、そのうち家族ぐるみで行き来するようになったんですよ」
「じゃ、その頃はまだ不倫はなかったということですね」
「そうです。主人が突然会社で倒れて、何か月か入院したんですけど、その時何かと高知さんがお世話してくれていて、この家にも例えば給与明細とかもって来てくれて……で、玄関で返すのも失礼なんで部屋に上げて色々お話ししました。でも、不倫までは……」
「では、何時から?」
「主人が亡くなって、一月が過ぎて、私何したらいいのか分からず、ただ家でぼんやりしてたんですよ。そんな時に高知さんが食事にでも行きませんかと誘ってくれて、気晴らしと思って行ったんです。
その時どうして奥さんが一緒じゃないのとか考える余裕もありませんでした。
ファミレスへ久しぶりに入ってご飯食べて、その後映画に誘われて何の映画か忘れましたけど観て、少しお酒飲みませんかと言われたままにホテルの最上階にあるバーへ行って夜景を見ながら、……私そこで景色見てたらなんか悲しくなって泣いちゃって、多分映画見て感動したことも涙が溢れた原因だった思うんですが、……それで周りのお客さんの目もあるからと言われて部屋へ行って泣いたんです。
……そしたら、高知さんに優しく抱きしめられて、キスされちゃって、私、すっかり舞い上がっちゃって高知さんにしがみついて、そのままベッドへ……」
「は~それが始まりなんですね」
「え~それからは、奥さんには悪いと思いながら彼の優しさに溺れてしまって別れられなくなっちゃって」
「やり取りは電話で毎日?」
「そんなに頻繁にはありませんでした。私はともかく彼には奥さんもいるし仕事をしてるわけですから……だから私はじっと連絡が来るまで只管待つだけでした」
「そうですか。思い出の場所と言うとそのホテルということになりますか?」
「そうですね……あっそう言えば、いたずらで一時手紙をやり取りしたことがありました。会社のビルの開いてる部屋の郵便箱に白紙の封筒に手紙を入れてやり取りしたことが何回かありました。でも、そこにどこかの会社が入ることになって止めましたけど」
「そうか、未使用の郵便箱をですね……ちょっと当たってみます」
「止めましたから、もう、使っていないと思いますけど」
「はい、念のためと言うことです」
「高知さんの奥さんに不倫はばれなかった?」
「いえ、そんなに時間かからずに分かったみたいですよ。女は髪の毛とか匂いとか敏感ですから、以前に家族ぐるみで付き合っていた時に嗅いだ匂いが旦那さんからしたら、すぐ浮気相手が誰かまで分かっちゃいますよ。それに奥さんが不倫に怒って私に電話で怒鳴ってましたし」
「それで奥さんとは疎遠になったんですね」
「疎遠と言うか絶交ですね」
「……なるほど」
話はなんとか訊けたが、問題解決のヒントは見当たらなかった。
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