第16話 善人の腹の内

「社長と専務を解任し、その子供であるあなた方二人が経営者になったらどうだ?」

二人は驚きのあまり言葉が出ずに顔を見合わせていたんです。

「勿論、その時には私を始めとする他の役員全員がお二人をサポートしますよ。お二人が掴んだ不正を夫々にぶつけて退任を迫るんです。あとは自分たちに任せろと言ってね……」

二人とも返す言葉を見つけられませんでした。

 

 気持が落ちつくまで時間を置いて「常務、それ以外に方法はありませんか?」

弥生は訊いたんです。

「そうだねぇ、まあどちらか一方が何らかの問題の引責責任で解任されたら二人の不和は会社上では終わるだろうがね。君たちは個人的にも仲直りして欲しいんだろう?」

二人は顔を見合わせ「えぇ」と答えました。

そこにホール係りが食事の用意が出来たと言ってプレートをテーブルに並べたの。

「じゃ、先ず食べよう」

常務の一声で食事を始めました。

 

 食事中は常務が世間話の語り役で、二人は時折頷く程度の聞き役に回っていました。

そして食後のコーヒーを啜りながら

「常務は社長と専務のどちらの考えを選びますか?」

弥生は訊いてみました。

「……私は、その間かな」

「中間ですか?」

「そう、企業先へトップが表敬訪問することは大事なことだと思う。一方、契約を取れるかどうかと言う段階では接待が必須になることがあると思う。特にこの業界ではそれが慣習のようになっている。

で、その接待相手は殆どが男だ、男は女好きだ……正二郎くんもそうだろう?」

常務は目線を正二郎に向けにやっとするんです。

「えっ、まぁ」正二郎が少しにやけた顔をして答えるので、弥生は正二郎をキッと睨みつけてやりました。

その様子を見ていた常務が嬉しそうににこにこ微笑んで

「弥生ちゃん、女好きと言うのは決して嫌らしい意味だけでなく、男しかいない場に女性が入ることで場が和む、話題が増える、という事もあるんだよ。

だから接待に女性を同行させることは悪い事じゃないし、相手に喜んでもらえる、気に入ってもらえるという接待の目的が達成できることに繋がるんだよ。わかるだろう?」

そう言われたら頷くしかなくって……。

「ただ、専務のように一夜を共にさせるなどと言うのはやり過ぎで、そこは個人でどう付き合うかに任せるべきだと思うがね」と言い、少し間をとってから「あ~」と思い出したように続けるんです。

「あ~それと、賄賂は良くない。が、中元、歳暮程度のものはボーダーライン上にあるんじゃないかな」

弥生はなるほどと思ったわ。

「常務から父や村岩のおじさまに話して貰えませんか?」

「ははは、弥生ちゃん、私は機会あるごとに話しているんだが、今はもう意見の相違じゃないんだ。相手を認めたくない、認めないという話なんだよ。だから昔のように仲良くというのは難しいと思うんだ。だからさっき私が言った通りにするしか道は無いと思ってるんだよ……」

 

それだけ言って常務は二人を見比べてにやりとして、

「まぁ、しかし、君たちが結婚でもして子供が出来て……とかになったら個人的な部分で付き合い方は変わるだろうがね……」

弥生は思わず顔が赤らむのを感じ俯いた。

「そうですね、それも良いかもしれないですね」

正二郎が笑顔で答えるの。

「おー、二人ともその気はあるんだ。じゃ、仲人は是非私にやらせてくれないか?」

「はい、そうなったら、お願いします」

 ――はっ、正二郎は何を言ってるんだか常務の話に乗っちゃって、もう……

正二郎が調子に乗って答えるので、我慢できずに

「いえ、そんなこと有り得ません」

弥生は語気を強めて釘を刺したのよ。

 ――もう、正二郎ったら……

 

その後、常務の四方山話を聞いて八時過ぎに常務を見送ったのでした。

 

 常務と別れてから二人でカフェに入ったが、まだ二人ともぼんやりしていてコーヒーを啜りながら窓外の景色を何処を見るでもなく眺めていた。

「けどさ、俺たち二十代じゃん。経営者なんて無理じゃん、そうすっと俺らがそれなりの年になるまで誰かが代わりに社長をやることになるじゃん……」

正二郎が独りごちのように呟いた。

弥生は、常務の言った「結婚」という言葉が頭にこびり付いていて何も考えられなくなっていた。正二郎の言葉もどっか上の空で聞いていたの。

「おい! 弥生どうしたっ!」

正二郎の大声でではっとして我に返ったの。

「だから、俺たちがいい年になるまで代わりに誰かが……」

そこまで聞いて正二郎の先の言った言葉を思い出した。

「そっかぁ、……じゃ常務はそれまでの間社長になれるからあんなこと言ったとも受け取れるわね」

「だとしたら、随分と悪賢いなぁ」

「常務ってそんな人だった?」

弥生の知ってる鳥池常務はそんな人じゃないと思っていたけど……正二郎はどうなんだろう。

「いや、違うと思ってた」

 ――良かった。どうやら常務を悪く考えるのは間違いだったようね。

「じゃ、その考え私たちの勝手な想像よ」

「いや、違うな……」

正二郎がそれだけ言って言葉を切ったの。

しばし正二郎の言葉を待っていたけど待ちきれずに言ったの。「何が違うの?」

「常務はさ、優しそうで社長と専務は二人の間の潤滑剤のように見ているようだけど、実は思慮深くて現社長と専務の後をどうやって継ごうかと前から考えていたんじゃないかな。じゃないと、あんなに訊いてすぐ社長と専務の交代の話なんか思い浮かばないと思うんだよねぇ」

確かに弥生らが思いもよらなかったトップの交代案を真っ先に持ち出すなんて正二郎のいう通りかもしれないわねぇ。

 ――じゃ、どう考えればいいの? 常務は悪者ってこと? いやいや、だってトップ交代なんてその立場になったら誰でも考えることでしょう? ……

 

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