第4話 企業存亡の危機
對田建設工業(株)社長の對田竜二(ついだ・りゅうじ)は専務の村岩吉郎(むらいわ・よしろう)とは幼馴染で都立財務経済大学の同期で親友だった。
「日本の物流の現状とあるべき未来」を卒論テーマにして共同調査、研究した結果、自分らが物流業界へ参入してやるべきことがあるという結論に達し、共同で物流の会社を設立することにした。
今から30年ほど前の話だ。
しかし、流通業への参入は難しかった。仕事をとるべく大手ゼネコンや物販店など数十社を歩いたが良い話は何処からも無かった。逆に、ゼネコンからは
「建築業者が不足しているからそっちやらないか? それなら仕事発注してやるよ」と、笑って言われる程だった。
それで二人で話し合い準備に苦労したが起業後二年で土木建設業に参入することにしたのだった。
現在は社員数百二十名ほどの小規模ながら大手ゼネコンや官庁にも結構太くて長い楔を打ち込んであり、安定して仕事を受注している。
が、当然それで満足しているわけではない。
十年程前になるが、事業拡大方針で村岩と意見が別れしだいに「犬猿の仲」と社員が陰口を叩くほどその関係は悪化してしまった。
それで對田はなんとかしたいと考えていて、今日も村岩専務を社長室に呼んだ。
「専務、あんたも部下に我社の事業拡大についてあれこれ講釈しているようだが……」
「ふふん」と専務は鼻で笑う。
「社長もそんな話をしていると聞いてるけど?」
「トップ二人が別々な考えで動くのはよろしくないとは思わないか?」
「ふん、当然そうだな。あんたが俺のいう通りにすれば良いんじゃないのか?」
「なるほど、それでも一つに纏まるな。……だが、わたしの考えは正論だし、公開したって恥じるところは一つもないが、専務の考えは場合によっては法に触れるし、大声では喋れない汚いやりかただ」
「何かまととぶってんのよ。現実の社会はあんたの言うような甘い世界じゃ無いんだよ。いい年してそんな事も分からんのか?」村岩の棘のある言いようにムカッとする。
「なにっ、わたしを侮辱するのか。知っているんだぞ、お前の息のかかった社員にわたしのスキャンダルを洗わせて失脚を狙ってるんだろう、が、わたしへの忠心からチクってくれる社員がいるんだ、お前の息のかかった社員の中にな」
こうなると売り言葉に買い言葉だ。いけないとは思いながら暴言を吐いてしまう。
……あ~今日もいつもの口喧嘩になってしまった。わたしも未熟者だ……。
「なに、ふざけたことを言うな。お前は経費圧縮と節税、地道に新規開拓を行いたいと考えているようだがそれでなんぼの利益が出てくるんだ? 雀の涙どころじゃない。みみずの涙のために社員に苦労させるのはいい加減にしろ!」
村岩が言ったその後はにらみ合いが続き、對田が村岩の胸倉を掴もうとしたとき、ドアがノックされ
「社長、国交省の山出孝介(やまで・こうすけ)様とのお約束の時間です」
と告げられ、その場は終わった。
――このままじゃ社の先行きに影がさすし、こう言ったことが官庁や大手ゼネコンに漏れると発注を控えるなんてこともあり得るよなぁ……ここは専務が賄賂を渡す現場でも押さえて違法行為を指摘し膿を出すという口実で専務には退任を願おう。
そんなことを考えながら応接室に入った。
「山出課長、ご無沙汰してます。わざわざこんな所までご足労頂いてありがとうございます」
對田は精一杯の愛想笑いで迎えた。
「あまり企業への訪問は良い事じゃないんだが……こんなものが送られてきたもんだから」
山出は封筒をテーブルに置いて對田の方へ滑らせる。
「はっ? いったいなんでしょう?」
對田が手紙を取り出して読む。
「何っ! ……」
對田の頭から血の気が引いてゆくのを感じる。
「単なるいたずらなのか? 内部告発なのか? どうなんだ」
山出の顔付きが厳しいものになっているし、尖った言いようになっている。
十年程前、当初の契約締結に際してこの山出課長は反対していたのだ。新たな取引先、特に中小企業に対して信頼性やコンプライアンスの問題への取り組みに懐疑的なのだ。
仮にその企業に問題が起きたとすると課長である山出の責任が追及されキャリアに傷がついて昇進が難しくなるからなのだ。
その時は村岩が交渉した結果、山出課長の上司の部長の一声で契約が成立したのだった。
「これはいたずらです」
對田は言い切った。
――こう言うしかないだろう。ここで不信感を与えたら我社が切られるのは間違いない……
「そうだろうが、念のためあんたの責任で確り調査して報告してくれ……いいな」
山出は對田の言葉を信じちゃいない。責任を追及された時の言い逃れをするためにわざわざ足を運んだのだ。
「はい、わかりました。至急調べます」
「うむ、じゃ、これで……」
山出は腰を上げた。
「はい、わざわざ、申しわけございませんでした」
對田は深々と頭を下げた。
玄関前で待っている専用車まで送って車が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。
まだ三十代だろう課長に五十半ばの對田が何を言われても従うしかない。腹の中では「この若造が……」と思ってもそれを飲み込めないようでは企業経営は出来ない。
對田は歯を食いしばって頭を下げているのだった。
對田は部屋に戻るとすぐ社内で一番信頼している監査室長の神野匠(じんの・たくみ)を応接室に呼んだ。
彼のお陰もあって社内でハラスメントや横領などの不祥事はこれまで起きたことは無い。
神野を座らせて封筒をテーブルに置く。
「これを見てくれ」
それを読んだ神野は目を丸くして手紙と對田へ交互に目線を走らせている。
「調べられるか?」
「はぁ、……私を信頼して頂けるのであれば我社のネットワークの最上位の権限を貸与して頂けませんか? でないと、社内ネットワークや外部とのメールのほか個人のパソコンに保存されている文書等の調査が十分にできません」
「良いだろう、話が終わったら俺が変更しておこう。それと、各部屋と机、キャビネットなどの鍵もすべて貸与しよう……但し、お前ひとりでできるか?」
一瞬神野は眉をひそめたが「厳しいですが、この案件、そうせざるを得ませんね」
「うむ、じゃ頼むぞ」
神野を帰してから對田はしばらくの間考え込んだ。
――こんな……誰がこんな事を……村岩か? 売上の為なら見境のない奴の事だからなぁ……
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