煌星の天弓
花野井あす
第1話 前夜
「
男の言葉に、数名の男たちが頷く。
するとやおら別の男が手を上げた。
「きっと、あの忌まわしき
「そうだ、そうに違いない!」
「そうでなければ、
口火を切ったように、男たちが罵り聲を掛け合う。彼らはみな狂ったように爛々と眼を光らせ、口々に「
「静粛に」
しんとした女の聲が、男たちの騒音を
「
白髪の女はしっとりと微笑みをたたえる。女は、双つ星のうち、純白の星に仕える巫子。
「話は聞きました。由々しき事態です。巫子の名の下に、
「なんと!」
「あの
ぴーひょろろろ……
柔かな風を
「やあイーリス。また凄い獲物だね」
横を過ぎた女がイーリスへ聲を掛けると、イーリスはにやりと微笑み、凛としたアルトの聲を鳴らした。
「エーラトさん
「流石イーリス……ついでが大きいね」
「はは、それだけがあたしの取り柄だからね」
からからとイーリスが笑うと、また別の
「おや、今日はクスィフォスは一緒でないんかい?」
「あ――、今日は危ないから外したんだよ。熊の相手は流石にね。だから、今日はアンティリーノさんの手伝いに行かせてる」
「ということは、西の集落へ行ってるのか」
「そうだね」
「そりゃあ、たいそう悔しがってたんでねえか?」
どっと集落の者たちが肚を抱えて笑う。彼らはみなこの集落の民――だが、一人たりとも家族や兄弟を持つ者はない。昊の宝石から
イーリスが集落の中央にある広場で熊を下ろすと、ぞろぞろと助太刀に来た男女たちが熊を捌き始める。熊の肉はあまり柔らかくないが旨味が多く、滋養がある。集落の者たちは愉しげに「今晩は熊鍋だ」と談笑した。
「いつもありがとうね、イーリス」
「どうだい、今夜はあたしらと過ごさないかい?」
「何を云っているんだい。あたしが先だよ!」
数人の女たちがイーリスの腕を掴んで口々にせがむと、イーリスは苦笑いを浮かべて頬を掻く。その横で男たちは肩を落として互いに励まし合っていた。
「相手がイーリスじゃあ、勝ち目ないよ」
「あいつ、男より男らしいからな……」
「くう……」
無論、その嘆きはイーリスの耳に届いており、イーリスは気不味い気分になる。イーリスはすっくと立ち上がると、ひらりと女たちに手を振った。
「じゃあ、あたしはいつもの
「ええ、もう行ってしまうのかい?」
「悪いね」
にって口端を上げて笑うと、イーリスはその場を後にする。イーリスの背を見届けていた女のひとりが何となしに言葉をこぼす。
「イーリスって何時からこの集落にいるんだっけ?」
「結構、昔からだろう?」
「え、イーリスって
「いいや、元は
ふうん、と数人の男女たちは呟くが、既に其処にはイーリスの姿は無かった。
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