前書き

 愛がその魔法のような光線によって私の両眼を開いたとき、私は18歳だった。愛がその火のように燃える指で私の心に触れたのは初めてのことだった。サルマー・カラーマは、その美貌によって私の魂を目覚めさせた最初の女性だった。彼女は私の前で、崇高なる愛の楽園へと歩いて行った。そこでは月日がまるで夢のように流れ、夜が結婚式のように過ぎていく。

 サルマー・カラーマは、その美しさによって、私に美を崇めることを教えてくれた女性である。彼女はその愛情によって、私に愛の秘密を見せてくれた。また彼女は、理想の生活のカスィーダ[注1]の最初の詩行を朗唱して私の耳に聞かせてくれた女性である。

[注1]カスィーダ:アラビア語の詩型のうちのひとつ。


 青年で、彼の若さゆえの愚かさを、優しさによってとてつもない覚醒に変え、優美さによって痛ましい覚醒に変え、甘美さによって致命的な覚醒に変えた最初の少女を覚えていない者がいるだろうか。我々のうちの誰が、ふと気づいたら彼自身のすべてがひっくり返り変わってしまっていたのを目の当たりにするあの不思議な時間を恋しく思わないだろうか。彼自身の深部は、抑制しなければならない苦しさを伴う甘美な気持ちの高揚によって、すでに広がり拡大し深くなった。涙や愛着や不眠といった、包摂されているものすべてをいとおしく思いながら。

 サルマーはどの青年にも、時に彼の青春の中にある愚かさを示してやる。ひとりひとりの青年に詩的な意味を与える。それから彼の昼の憂いを親しみに変え、彼の夜の平穏を優しいメロディに変える。

 サルマーの両唇が私の耳へ愛をささやくのを耳にした時、私は自然から受け取る感動と、書物・書籍から受け取るインスピレーションの間で戸惑っていた。自分の目の前で彼女が炎の柱のように直立しているのを見た時、私の生活は、空虚でうつろで冷たかった。それは楽園のアダムの深い眠りに似ていた。サルマー・カラーマは、心が不思議と驚嘆に満ちたイヴである。彼女はそのアダムにこの生の本質を理解させ、彼を鏡のように幻影の前に止めた。この世で最初の女性であるイヴは、アダムを楽園の外へ連れ出してしまった。彼女自身がそうしたかったのと、かつアダムの方も彼女に付き従ったためだ。サルマー・カラーマはといえば、私を愛の楽園に入れてくれた。彼女自身の甘美さと、私自身も(その招待を受け入れる)心の準備をしたためだ。ところが、この世で最初の人間[注2]に降りかかったものは、私の方にも降りかかってきたのだ。アダムを楽園から追放した火の剣はあたかも、私がまだ掟に背かないうちから、そしてまだ善悪の果実を食べないうちから、その刃の輝きによって私を怯えさせ、愛の楽園から私を遠ざけてしまった剣のようである。

[注2]この世で最初の人間:アダムのこと。


 暗黒の年月は、その足でかの日々を消し去りながら、とうに過ぎていった。今日では、私の頭の周りで目に見えない羽のようにひらひらと翻っている傷心の思い出のほかには、かの素敵な夢のひとかけらも私のもとには残っていない。私の胸の奥で悲しみの溜息を掻き立て、まぶたから諦め、それでいて心残りの涙を凝縮させている思い出のほかには。サルマー、麗しく甘美なサルマーは、もう青い夕闇の向こうへと去ってしまった。いまやこの世界には、私の心のなかでうずいている傷ましい苦しみ悲しみと、糸杉の木立の影に佇んでいる大理石のお墓のほかには、何も残っていない。そえゆえに、かのお墓とこの我が心のふたつだけが、サルマー・カラーマの存在を物語るものとして残っている全てのものである。だが墓を守護している静けさも、神々がひつぎの闇の中に隠したかの秘密を暴くことはできない。(亡き人の)身体の各部を吸った木の枝々も、それらがざわざわと音を立てたからといって、墓穴に隠されているものを明らかにすることはない。

 心の苦しさと痛みは、それこそが言葉を発しているもの、そして愛・美・死に似ているかの悲しみの影を光のもとにさらしてくれる、インクの黒いしずくと一緒に注ぎ込んでいるものである。

 ベイルートじゅうに散らばっている若きわが友よ。もし松の森から近いあの霊園のそばを通ることがあったなら、静かに入りたまえ。そしてゆっくり進め、湿った土の覆いの下で眠っている人々の亡骸なきがらを君たちの足がわずらわせることのないように。サルマーのお墓の隣に厳粛な心持ちで立ちたまえ。そして亡骸を包んでいる土に挨拶し、私のことをよろしく伝えておくれ。

 それから、ため息をつきながら私のことについて語ってやっておくれ、心のなかでこう言いながら。「ここに、逆境によって海のかなたへと放逐されたかの青年の望みは埋葬された。ここに、彼の願望は消え失せ、喜びは心の隅に引っ込み、涙は沈み込み、微笑みは消えた。そしてこれらの物言わぬお墓の間では、糸杉と柳の木々と一緒に、彼の失望も大きくなっていく。このお墓の上では、彼の魂が夜ごとに思い出を追想しながら、ふわりふわりと舞っている。その魂は、寂しさの影と一緒に悲しみと悔恨を繰り返し、木の枝々と一緒にあの少女のことで泣いている。昨日は生命の両唇のあいだから歌われる悩ましげなメロディだったのに、今日には大地のふところの中で眠っている沈黙の秘密になってしまった少女のことで」

 若き仲間たちよ、君たちの心が愛した女性たちの名にかけて、どうかお願いしたい、私の心が愛したあの女性のお墓の上に、花輪を置いておくれ。忘れ去られた墓の上に君たちが捧げるたくさんの花は、しおれたバラの葉っぱに朝のまぶたから注がれる露の滴のようになることだろう。

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