ルル・エ=ト・ノスタ

維櫻京奈

外を歩きなよ。

 海岸沿いを歩いていると波の音がきこえてきた。空の天辺に月が昇って機嫌が悪くなった母は、私を家から追い出したのだ。今日は帰れないな。そう思ったら足は自然と近くにある砂浜に向かっていた。幸い、波の音は心地よかった。聞こえるはずもない母のがなり声を掻き消すように耳の奥でスッと溶ける音はどこか心を落ち着けた。そうなると今度は心細さばかりが広がってくる。夜の闇は私の心をぐしゃぐしゃと搔き乱す天才だ。自律しないことで有名な自律神経くんもそれを後押しして、今の私は独りだと感じると、もうどうしようもなく押しつぶされそうになる。ルル・エ=ト・ノスタとどこかで訊いた気がする魔法を唱えてもこれっぽちも効果がでる気がしない。魔法使い学校に通っていたこともあったけど、あそこは生徒同士の諍いも先生同士の罵り合いも酷かったからすぐにやめた。友人はいたような気がするけど、その友人はきっと私のことを友達とは思っていなかったのだろう。学校をやめたあとはパッタリと連絡が途絶えた。そんなもんかと割り切ることにしているけど、たまに彼らとの日々が去来して、ちょっとした後悔が胸を刺す。父は探しにきてくれるだろうか。きっと母のご機嫌取りに忙しいから無理だろう。歩くといろいろなことを考えてしまう。電車でいけるところまで行ってみようか。青春を代名詞にしていた『彼ら』がそうやって非現実に逃げ込むのはよくある話だ。ただ私の場合はお小遣い制だからこれはできない。無賃乗車というのも一瞬だけ頭に過った。これは最終手段だ。とりあえず、波の音を聴きながらもう少し歩こう。ザザっとやってきては、砂をさらってサーっと引いていく。またザパパッとやってきてはスーっとひいていく。そういうのが何度も耳に入ってくる。昔、音楽番組を見ていたら有名らしいアーティストが音楽は嫌でも耳に入るので、嫌でも耳に入った音楽で元気になってもらいたいとか言っていた。私には苦痛でしかなかったが、なるほど波の音は苦痛にはならない。原初の魔法は音であると、偉い先生が言っていたがそれはこのことかもしれない。もう少し波の音をききながら歩こうと思う。行先はないけど。私は独りだけど。お金もないけど、青春した『彼ら』と同じように。自分の足で行けるところまで行こう。ルル・エ=ト・ノスタ。

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