新世紀お伽ボッコ
平賀ウエディング
蝉ナー
都会の真ん中で、一人の男が大声で喚いていた。
「恋人が欲しい」、「キスがしたい」、「誰か付き合ってくれ」
大勢の人が行き交う街中で、男は狂ったように叫び続ける。
しかし、男は決して狂ってなどいなかった。むしろ、冷静に、目的の達成のために、最適な手段を遂行しているのだった。
男は平凡な家庭に生まれ、平凡な容姿に育ち、平凡な精神を有していた。一昔前ならば、平凡な学生生活の中で、ごく普通にそれなりの青春を送っていたことだろう。あるいは、お見合いという古の制度によって、模範的な幸福の体験が保障されていたに違いない。
ところが、高度に発達した現代。あらゆる技術が向上した弊害か、人々の美的感覚は極限まで研ぎ澄まされ、氾濫する情報の波は、きらめく恋の粒子を飲み込み、手の届かないところへ流し去ってしまった。
男は現代の恋愛に適応するため、あるセミナーに参加することを決めたのだった。
虫に学ぶ恋愛工学。
セミナーが掲げるのは、最新の生物科学と心理学、社会学など様々な学問を集約した結果に生まれた、最新の恋愛工学だった。様々な虫の生態に学び、目まぐるしく変わる社会に、人類を適応させることを目的としていた。
最初は半信半疑であった男も、セミナーに参加する中で、次第にのめり込んでいった。結果、男は街中で叫ぶという奇行に走っているのだ。
本当にうまく行くのだろうか。
叫び続けながら、疑惑の念が浮かぶ。
恥をかいているだけではないか。
周囲の視線が気になる。一体、どんな風に見えているだろう。頭がおかしいと思われても仕方ない。
それでも、男は叫び続けることを止めなかった。セミナーで聞いた言葉を思い出したからだ。
「セミが絶滅しなかった理由を知っていますか」
毎日、幾つもの種が姿を消すこの世界で、大昔からずっと夏の風物詩のまま。
「理由は簡単。うるさいからです。どんな生き物よりも」
他の誰よりも必死に、うるさくあれ。
そうして、男は今、誰よりもうるさく愛を叫んでいた。
どれくらいの時間が経っただろうか、やがて声は枯れ、男の体力に限界が訪れた。コンクリートの上に倒れ込む。
やはりダメだったのか。一生恋愛なんて、できないのだろうか。
「あの、大丈夫ですか」
朦朧とした意識の中、男は女の声を聞いた。幻聴だろうか。
「さあ、どこか休めるところへ」
女は、幻覚ではなかった。確かな実体を持って男の腕をとり、どこかへ導いていく。
そこは、女が宿泊しているというホテルだった。疲労のせいか、全てが曖昧な意識の中で進んでいく。気づけば男は温かい風呂に入れられ、バスローブを着て、ベッドに横になっていた。女がベッドに入り込んでくる。
「これは、一体」
疑問を遮るように、女は男にキスをした。
「大丈夫。力を抜いて。私に任せて」
女の入れたコーヒーを飲みながら、男は女に尋ねた。
「一体、どうして」
女は薄暗い部屋の中でもわかるほど、美しかった。ただ整っているだけの、作り物のような美しさではなく、全身にエネルギーが溢れている。健康的で魅力的な美しさであった。そんな女性が、どうして自分を選んでくれたのか。
「少し前に、あるセミナーに参加したの」
女が語った過去は、男の人生と重なるところが多かった。平凡な家庭に生まれ、男と同じように現代の恋愛に適応できず、大きな悩みを抱えるに至った。
「でも、君はとても美しいじゃないか」
そこは、男と異なっている。
「ありがとう。実は、それがセミナーのおかげなの」
女は語り始めた。
「そこでは虫に学ぶ美容科学を教えてくれた。虫の中にはオスよりもメスの方が強く大きい種類がいるの。人間もそうあるべきだと思った。カマキリが絶滅しなかった理由を知っているかしら。それは、メスが強く美しいから。オスを惹きつける美しさと、決して逃さない強さがあるの。その秘訣を知っている?」
男は答えようとした。しかし、舌はもつれ、声にならなかった。
「薬が効いてきたのね。大丈夫。すべて私に任せて」
薄れゆく意識の中、女の手に何かがきらめくのが見えた。
ああ、そういえばセミの一生は短いのだったか。男は最後の瞬間、そんなことを思った。
新世紀お伽ボッコ 平賀ウエディング @sarudoshiaiai
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