第6話 虚空のカナタより声の導きを

 なんでなんでなんで?! どうしてどうしてどうして?! 


 いつも見慣れていて落ち着けるはずの士官食堂。

 叶多はソワソワと身震いさせながら一同に会す士官たちの視線を受けていた。


 戦闘態勢を解除した折、艦長室で改めて自分の姿を見た。


 冴えない顔にクシャクシャでぼさぼさの黒髪。よく言えば華奢、悪く言うと痩せ細っていて覇気のない身体。着ているのがブレザーの学校制服でないこと以外は嫌いな世界の私『柊 叶多』だ。


 悍ましく致命的なバグだ。


 身体は震えていて動悸もする。顔色も自分では見えないけど悪い。そもそもこんな大勢の人間の前に立つことが人生で数えるほどしかなかった。


「大丈夫? 顔色悪いけど?」

「は、ははははい! 各科、現状の報告を、お願いしましゅ!」

「噛んでる……けど可愛い」

「確かに」


 どことなく可愛さを孕んでいてプスっと笑いも聞こえたが、気にする余裕がなかった。


「まず砲雷科から。5インチ砲、各種ミサイルに誘爆等はありません。武器システムも正常に機能しています」

「船務科、各部に異常はありません。ですがGNSSとの通信が依然不能で、現在位置は不明」


 液晶パネルも自分の目でしっかりと確認する。


 5インチ砲――異状なし。即応弾20発、弾薬庫430発

 ミサイル垂直発射装置VLS――異状なし。

 ESSMシースパロー――15セル60発

 スタンダード2――32セル32発

 スタンダード3――10セル10発

 スタンダード6――30セル30発

 アスロック――5セル5発

 トマホーク巡航ミサイル――4セル4発

 20mm機関砲ファランクス2基――異状なし


 武装は問題なく、『はるな』の戦闘能力は健全だ。


 だが不明というのが釈然としなかったエーさんがすかさず問う。


「海図と海底地形の照合は?」

「試しましたが、どのデータとも一致しませんでした」


 すると船もこの場所を知らないということになる。


 淡々と各科の報告が続くが、報告の何もかもが叶多の頭に入らない。


「飛行科も異常なしです。柊さん」


 淡く落ち着いた声音で締めくくった飛行科の報告。艦の状態が確認されて……。


 今、誰かに名前を呼ばれた気がした。叶多は立ち上がって士官たちの顔を見回して訊く。


「誰か、私の名前を呼びませんでした?!」


 心臓がバクバクと胸を飛び出すかの如き勢いで脈打つ。


 名前を呼ばれた。たったそれだけの事でここが天国から地獄に変わるからだ。


 学校の人間? それとも家族や教師? 中心グループのいじめに巻き込まれないために周りの人間は自然と遠のいていったから、知る人なんてたかが知れてる。


 ましていじめの主犯格だったらと冷や汗が背筋を伝う。


「私」


 名乗りを上げたのは一人の少女。


 ショートボブの艶やかな黒髪に柔らかくも静謐にこちらを据える眼差し。華奢な体躯とあどけなさを残す顔立ちも相まって精緻な人形のような可愛らしさを持っていた。


 顔を見ても誰か分からず、ひとまずはホッと胸を撫で下ろした。


「艦長の知り合い?」

「そう。飛行長のイブ。同じ学校に通っている」

「学校の……」


 学校にこんな人は居たかと叶多は必至に思い出そうとする。


 だが要らない記憶が蘇ってきて咽た。


「やっぱり具合悪いんじゃない。無理せずに休んだ方がいいわよ」

「げほっげほ。すいません。進行お願いします」


 副長のエーさんに進行を引継ぐ。キョトンとしていたイブもどこか気まずそうな表情を見せた。


 でも思い出せない。彼女とはどこで会ったのか。


 イジメのグループにいた顔ではない。それならばまず間違いなく取り乱して下手をしたら手も出ている。


 イブから注がれる視線を感じながらエーさんの気遣いに甘えて進行役を継いだ。


 これじゃどちらが艦長か分からなくなりそうだ。


 己の不甲斐なさにしゅんと落ち込んでいると報告は終わり、NPCの士官たちが解散していった。


 残ったのはアバターが無くなったプレイヤーの皆々。


「あんな感じで良かったかしら?」


 端を発したのはまたもエーさんで、小動物のようにビックリして顔を上げた。


「えっと、はい……」

「それと体調悪かったら早めに言うこと。いい?」

「はい……あの」

「でも、さっきのリアクションは可愛かったなぁ」

「あの、すいません」


 エーさんの手がいつの間にか頭を撫で回していることを訴えようとする。


「エーさん。柊さんが少し引いてる」

「あら嫌だった? ごめんなさいつい無意識に」

「そういうわけじゃ……ないです」


 嫌という訳ではない。訂正しようにも口が回らない。


 でも気配を殺して後ろから人の頭を撫で回す仕草には驚きを通り越して少し引いた。


「そういえば、自己紹介がまだ」


 イブが思い出したように呟く。


「ですね……と言っても、これはID名と本名、どちらを答えればいいんでしょうか?」


 モールスが継ぎ、叶多もコクリと頷いた。


「でも、私は艦長の本名を言ってしまった。だから本物の名前を名乗る。高島 伊吹。17歳」

「戦闘機とかヘリに乗る女の子もクールで可愛いわね」

「副長もどうぞ」

「あ、私? それじゃ伊吹と同じく本名で。神無月 絵里だ。27歳のゲームクリエイター」 

「続けばいいんだな。機関長の三苫 裕次郎。51歳」

「伊藤 琢磨です。艦長や伊吹さんたちと近い20歳です。お見知りおきを」


 ハンサムだが少々強面のおじさん『三笘 裕次郎』を含めた四人の自己紹介が終わる。


 そして叶多の番。ここが艦長として頼れる部分を見せなくてはと深呼吸を挟んで張り切っていた。


「ひ、柊 叶多って言います。一応、艦長です。あ、年齢は高島さんと同じ」

「艦橋より報告。後部飛行甲板に身元不明者が倒れているとの一報あり。当直の船務士官と船医は至急対応されたし」


 叶多の台詞は遮られて士官食堂の前を慌ただしく往く当直士官の影が見受けられる。


「叶多さん、で良かったかしら?」

「えっと、はい!」

「私も行くわ。伊吹さん、艦長の補佐をお願いできる?」

「任された」


 エーさんこと絵里がその場を後にして、伊吹が叶多の背後についた。


 今までウォーナーヴァルで身元不明者という単語は聞き覚えがない。このゲームは超硬派な海戦ゲームというのがメインコンセプトで、海難救助の要素は一切存在しない。


 撃沈されたとしてもその船が所属する母港へ転送されるはず。これもアバターが消えてしまったことと何か関係があるのだろうか。


 すると機関長の裕次郎が口を開いた。


「一つ聞きたいんだが、全員メインメニューは開けるかね」


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