『忌み子と陰陽師』

朧塚

陰陽師・幻霊 生輪。

 生輪は、東京のとある、神社を預かる事となった。


 幻霊生輪(げんれい なまわ)は24歳だ。

 神主見習いをしている。

 いずれは宮司として社一つを任される予定だ。


 拝殿、本殿などの掃除から、蔵の中にあるものの整理などもしなくてはならない。


 敷地内はしばらくの間、誰の手にも触れてなかったので、庭となっている部分は雑草が生い茂り、建物内は埃が溜まりに溜まっていた。

 アルバイトとして、一時的に巫女さんが何名か来た。

 巫女といっても、生輪の上司である宮司に言われて、神社にきたのは元巫女の経験があり、実質、清掃員として雇われたおばちゃん達ばかりだ。

 

「巫女さんは四十路を越えた高齢の人ばかりか……。……ったく、今時は二十代までの女の子を雇うのが常識だっての!」

 女好きの生輪は、少々、腹を立てていた。


「あー。若い巫女さんと話したり、口説いたりしたかったなあ……」

 生輪は社の外で煙草を吸いながら、溜め息を付く。


 彼は肩まで伸ばした茶髪にピアスを付けていた。

 まだまだ遊びたい盛りだ。休日にはキャバクラやガールズバーといった場所にも出向いたりしている。十代の不良だった頃はもっと女癖が悪かった。


 神職に就くと、彼女が出来たら彼女一筋に決めようと思っている。

 三十路になる頃には、結婚して身を固めるのもいいかもしれない。

 それまでは女遊びを沢山しておきたい。


「はあ~。しっかし、もっと若い女っ気が欲しかったなあ…………」

 そう言いながら、生輪は地面に座り込んだ。

 紫色の袴が少し土で汚れた。後で濡れた布で拭いておこうと思う。


「あ。生輪さん、此処にいたんですか。探したんですよー」

 まだ十代の幼い少年が、生輪に声を掛ける。

 白い着物に浅葱色の袴。顔に口元を出した狐の面を被っている少年だ。

 不思議な少年だが。彼は良く気が利く。


「礼の社の辺りも一緒に掃除しましょう」

 少年は生輪を引っ張るように、社に連れていく。

 数分程して、例の社に辿り着いた。


「さてと…………」


 生輪がこの神社を任されたのは、この神社の境内、敷地内にある社の一つが出入り禁止の札が貼られている。中は六畳程の広さだ。


 その社は夜になると“鬼がやってくる”らしい。

 そして、生輪がいつも仕えている神社の宮司から、この神社を綺麗に清掃した後に“鬼を祓ってこい”と言われて、此処に派遣された。


「…………。ったく、気が重いな…………」

 

 生輪の家はいわゆる“陰陽師”の家系だった。

 忌み事に対して、それを祓う役割を稼業で任されている。

 もっとも昔は音楽で生計を立てたかったので、稼業を付かずにグレてしまい、結果、今でも少し不良少年時代を引きずっているのだが……。


 境内の掃除を三日、四日かけて終わらせた後。

 いよいよ、生輪は礼の社に巣食うとされている“鬼”なるものを祓う事になった。


 正直。気が重い。

 夜に鬼が出ると聞く。そんな社なら朝と昼のうちに解体しておけばいいし、鬼だの物の怪などがもし社に憑いているとすれば、そういった者が好む何かを撤去すればいいのではないか。


 狐面の少年から渡された人除けの札を社の柱の四方に貼っていく。

 時刻を見ると、昼の四時を過ぎている。

 鬼は12時以降、丑寅の刻に出ると言う。

 それまでに、身を清めなければならない。


「ああ。夕食は肉が喰いたいな。掃除の手伝いで疲れた。ほんと何でクソ汚いんだよな、この神社」

 そう言いながら、生輪は歩き煙草を始めた。


 夕食は魚料理だったので、生輪は少し不満だった。それも日本食だ。ローストビーフを食べたり、バターチキンカレーを食いたい。

 どうせ日本食なら寿司や鰻でも食いたい。

 日本酒で酒盛りをしようと思ったが、巫女の一人に止められた。


 そんなこんなで、生輪は夕食にまで不満を持ちながらも、身を清めた後に、少年に平安時代のような服装を着せられる。


 烏帽子に狩衣。

 陰陽師としての側面である、生輪の正装だった。

 狐面の少年が、お札、他、もろもろの道具を渡してくれる。

 生輪は狩衣の中に、それらをしまった。


「じゃあ。十一時頃には社に行っているよ」

 生輪は、草履を履いて外に出る。夜気が身体に触れる。


 社に近付く。

 ……特に何も感じない。


「では、僕はこれで……」

 狐面の少年は、その場から去っていく。


「俺一人で除霊みたいな事をするのかよ。はあ……」

 生輪は面倒臭そうに、煙草の箱を探すが。服の中に無い。清めの後は基本的に煙草を吸ってはいけないのを想い出す。


 少しイライラしながら、生輪は社の中へと入った。


 見る処、元々、中に置かれていたものは取り除かれて、大量の札などが張られている。札の種類は厄除けなどの系統のものなのだが、それでも鬼がやってくるらしい。


 生輪は物想いに耽りながら、待った。

 狩衣の下に付けている腕時計を見ると、ようやく十二時に差し掛かる。


 …………気配のようなものを感じた。

 中から外を見てみる。

 すると、鳥居をくぐって狛犬の辺りに何か黒いものが見えた。

 もしかすると、あれは生輪にしか見えていないのかもしれない。


 その黒いものは徐々に、生輪のいる社へと近付いてくる。

 ひたり、ひたり、人間で無い何かの足音がする。犬猫の足音にも聞こえるが、少し数が多い。


 足音はゆっくりと、社の前まで近付いてきた。

 そして、社の周りをぐるぐると周っているみたいだった。社の四方、外側からも内側からもお札が貼られている。生輪は戸の隙間から外を覗いた。


 何かが空中を漂っていた。


 それは真っ白な鯉(こい)だった。

 鯉が空中を泳いでいる。

 こちらに対する害意は感じない…………。


 だが。生輪は気付く。


「……俺をおびき出したいのだろうな…………」

 生輪は宮司から、この社にやってくる鬼は、神社の関係者を二人殺していると聞かされた。呪いのようなもので、身体中に痣のようなものが進行していって、ついには死に至ったのだという。


 ……絶対に良いものなんかじゃない。

 生輪は懐から、人型に切られた紙を取り出す。

 そして、戸の隙間から、外へと投げた。


 すると、大量の真っ黒な節足動物の脚のような腕が現れて、次々と人型の紙を引き千切っていった。腕が地面から生えた真っ黒な影のように見えた。


 遠くでは、人魂のようなものが幾つも揺らめいていた。


「…………。成程…………」

 生輪は理解する。


 おそらく、この鬼と呼ばれている者は、何名もの人間の邪念が集まったものだろう。この鬼を作り出す為に、誰かが意図的に儀式を行ったように思う。


 ……まあ鬼を作ったものの事は後回しだ。ひとまず、こいつを祓わなければ……。

 生輪は烏帽子を床に置く。

 懐から、今度は小さなペンダントを取り出す。

 そのペンダントを、外へと投げた。


 すると、見る見るうちにペンダントの中から、空中に浮かぶ巨大なウツボのようなものが現れる。これは生輪の式神だった。自在に操る事が出来る。


 式神が現れた大量の腕を喰らっていた。

 人間の悲鳴のようなものが聞こえる。


 もし、式神がやられたら、今度は自分が出なければならない……。やれるか?

 暗闇から、無数の顔のようなものが現れる。

 顔達は、ゲラゲラと楽しそうに笑っていた。人間の顔ではない、小動物の顔のようなものまである。式神は現れた顔達に噛み付かれていく。


 生輪は外へと出ていた。

 すると、その鬼の全貌が見えた。

 それは、ありとあらゆる生き物。犬や猫、魚、鳥、蛇、カエル、昆虫、そして苦しむ顔をしている人間が融合した存在だった。

 生輪は御札を取り出して、次々と投げ捨てていく。


 鬼の一部にお札が触れると、その部分が爆裂した。

 そして、爆裂した部位は悲鳴を上げる。

 だが、同時にすぐに再生を始めた。


「そうか。……弱点である、何処かを壊さなければ死なねぇのかっ!」

 生輪は焦る。

 自分にはまだ、力が足りない。

 この化け物は、任された自分よりも、強い力を持っている。

 このままでは、自分もこの鬼に喰われ、この鬼の一部になってしまうだろう。

 生輪は焦る……。


「…………。この社に毎晩、来る、という事は、この社の何処かに何かがあるのか……?」

 生輪は式神を呼び寄せる。


「おい。探り当ててくれっ!」

 ウツボのような姿をした式神は、社の中を探っていった。

 そして、社からちょうど、一メートル程、離れた地面で止まった。

 口元が地面に向かっている。

 まるで、ちょうど、此処に何かある、と言いたげだった。


 生輪は札を地面へと投げる。地面が爆ぜた。


 すると、地面からは、プラスチックの箱の中に入れられた木箱が入っていた。


「…………。それだな、誰かが“呪いの元”として埋めたんだろうな」

 化け物は、次々と、あらゆる生き物の手足を生輪へと伸ばしていた。猫の腕、犬の腕、蛇の頭、豚の脚、カエルの手、鳥の翼、魚の尾、痩せ細った人間の手……。生輪はそれらを避けながら、プラスチックの箱を掘り出し、その中に入った木箱を手にした。


 木箱の中には、小さな人間の頭のようなものが入っていた。

 生輪はそれを取り出して、脚で踏み砕く。

 すると、社へと襲い掛かる化け物は夜の暗闇へと四散していった。


「おそらく、この人間の頭のようなものが、あの化け物の本体だったんだろうな……。それにしても、本当に危なかった……」

 生輪は呟くと、冷や汗を拭う。



 後日。宮司に木箱と踏み砕いた人間の頭部のようなものを見せる。


「これは一人の人間を木箱に入れて呪物にする為に、犠牲にしたのだろう。これは干し首という奴だ。人間の首を斬り落とした後、頭蓋骨を抜き取り、乾かす。すると、人間の皮は小さくなる。詳しい手順は私も知らないが、この呪物は呪い、呪詛の力を増幅させる力がある」

 宮司はほのぼのとした顔をしながら、茶を啜っていた。


「あの神社にある、あの小さな社を狙っていたのは?」

 生輪は首を横に振る。


「元々。あの社は霊的エネルギーを大量に蓄える力があった。その社の傍に埋めていたという事は、その鬼は、毎夜、力を補充する為に、呪物の元に生きたかったのだろうな」


「ちょっと、俺には荷が重すぎます……。下手すると、あの化け物に殺されていた……」


「そうだな。呪物の作り方からして、素人では無かった。忌みものに詳しい神社や寺関係者だろうな。だが大丈夫。作りからして、あれは作った本人に呪いが返り、それで終わるだろう。生輪、よくやった」

 そう言うと、宮司は栗羊羹を美味しそうに食べていた。



 後日。狐面の少年が、自分達の神社の関係者の一人が、非業の死を遂げたと生輪に伝えた。何でも、保険金殺人を請け負う形で呪い代行をしていたらしい。そして、呪いを生み出していたのは、同じ団体にする神主で、自分の小学生になる前の娘を“干し首の呪物”にしていたそうだ。


 そして、それを媒体にして、あらゆる生き物に呪いを掛け、次々と取り込んでいったものが、あの鬼だったのだろう。試しに小動物などで、呪いの効果を試し、死んだ小動物を取り込み、そして、呪殺された人間も鬼の一部に取り込んでいくという、極めて悪質な呪詛だった。


 だが。呪物の元となった、干し首が潰された以上。呪いは生み出した持ち主へと変える。呪いを生み出した神主は、全身をあらゆる生き物に喰い殺されて、肉片となっていたらしい。


「後は。保険金殺人の依頼をした何名かの人物をあぶり出している処ですね。こちらの方は上手く警察に任せればいいんですけれど……」


「日本で“呪い”を立件するのは難しいからな。最悪、逃げられるかもしれないな」

 生輪は煙草を吸いながら、溜め息を吐く。


「それにしても。むごい事に呪物の生贄にされた娘さん……。その言いにくいのですが“足りなかった”そうです。呪いを生んだ神主は、生前から、その娘さんを忌み嫌っていたとか……」

 少年は指先を頭に向け、くるくると回す。


「…………。むごい話だな。それで愛せなかったという事か……」


「難しい問題です……。子供は親を選べませんし、どんな風に生まれるかとか。特に幼いと境遇なども選べませんから」

 狐面の少年も小さく溜め息を付く。


 生輪は二本目の煙草を吸う。


「まあ。とにかく俺達は亡くなった人達の冥福を祈るしかないな。死後の世界は正直、俺達にも分からない。ただただ、安らかに、としか言えないな」


「ええ。もし来世があるのなら、幸せに生きて欲しいです」


 もうすぐ昼だ。二人は掃除を止めた。


 授与所では、巫女のおばちゃん達が、参拝客に売る為の絵馬や御守り、くじの整理をしていた。


 ちなみにこの神社では、子宝、安産、子供を守る神様が祀られていた…………。


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