第2節

『天神国』は東の海洋に位置する、神の手によって創られたと言い伝わる島国である。


 人口は約六百万人。総面積は三七万平方キロメートル。


『天帝』と呼ばれる象徴国家元首の下、支配階級である『士族』と非支配階級である『平民』に身分を分けて統治が行われている。


 天神国は多くの自然に恵まれた土地で、訪れる場所によって様々な自然の雄大さを目にすることが出来る。

 北部に赴けば標高千メートルを越す山々が、東部に赴けば数多くの動植物が生息する大森林が、南部に赴けば水捌けの良い農業に適した牧歌的な平原が、西部に赴けば海へと繋がる大河川の数々が、それぞれ広がっている。


 この部分だけを聞けば、天神国に住む人々は自然の恩恵を十二分に享受し、さぞ平穏な生活を送っていることだろうと想像するかもしれないが、残念ながらそんな都合の良い話ばかりではない。どんな場所や環境にも良い面があれば、必ず悪い面も存在するものだからだ。


 天神国では『厄災』と呼ばれる、大災害現象が百年に一度の頻度で発生する。


 発生期間は平均して五年。犠牲者数は人口の三十%に当たる百八十万人。

 ひと度厄災が巻き起これば、天神国全土に渡って自然災害が頻発し、妖と呼ばれる怪物・魑魅魍魎が大量跋扈するようになる。不明な点は未だに多いが、唯一、妖が発生した場所において地震、噴火、寒冷化などの災害が発生していることから、妖そのものに災害を発生させる力がある、ということだけは確度の高い予測として認知されている。事実、過去の記録を遡ってみても、妖を倒し続ければ厄災は自ずと沈静化していることが記されているため、それは確かと言えるだろう。


 では天神国の人々はどのようにして厄災に立ち向かっているのか。そこは、支配階級である『士族』の力に頼るところが非常に大きい。


 基本的に厄災に立ち向かうのは士族の役目となる。それは何故か。彼らには『呪術』と呼ばれる、人智を超えた不思議な力を扱う術があるからだ。現状、妖に対抗する手段は呪術しか存在せず、平民は全面的に自身の生殺与奪を士族に預けることでしか生存の手段を持たない。


 それ故に、士族と平民の間には一方的な依存関係が成立している。そのため士族の人数が全人口の僅か1%と少数でありながらも、天神国内で彼らが持つ地位と権力は絶対的であった。

 現在の天神国における身分階級の成り立ちを正確に表現するならば、「士族が呪術を扱える」のではなく、「呪術を扱える者達が自然と支配階級へと治まり、士族と呼ばれるようになった」というのが正しい。


 士族は一族単位で数百に及ぶ家が存在するが、中でも特に強い力を持つ一族は『名士』と呼ばれ、傘下にいくつもの家を従えている。彼ら名士が——あくまで名目上ではあるが——天帝の直下に名を連ねて国を運営する。それが天神国における政治体制である。


 名士と呼ばれる士族の家系は五つ存在する。


 接近戦に特化した能力を持ち、現状士族の中で最大の勢力を誇る『黒城家』。

 結界術を得意とし、最高の防衛力を持つ『青山家』。

 火属性の呪術を得意とし、広範囲の殲滅戦においては他の追随を許さない『赤坂家』。

 植物操作の術と士族随一の呪力量を持ち、歴史が浅いながらも名士に名を連ねる『緑川家』。

 天神国のさらに東、絶海の孤島に領土を持つ、未だ謎多き一族『白崎家』。


 平時であれば一定の緊張感を保ち、時には小競り合いを起こしながら国政を回している彼らであるが、厄災発生時だけはその限りではなかった。厄災に対してはどの家も互いに協力し合い、全力を以って殲滅に当たるのが常である。そうでなければ天神国というひとつの共同体を守り、維持することなど到底不可能だからだ。対抗手段を持つ士族達にとっても、それ程厄災とは厄介極まりない大災害なのである。


 そして現在は天神歴一七〇二年十月二四日。記録に残る限りでは十七度目となる厄災が天神国を襲い始めて、もうじき一年が経とうとしていた。

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