秋元京子は理想のチーム(クラス)を作りたい

そろもん。

決戦前夜

 秋元京子は私立御原高校の教員である。

 日時は3月30日、午後7時すぎ。

 彼女は職員室で、とある書類を睨みつけるように眺めていた。


「ドラフト1位......誰にしようかしら」


 御原高校には一風変わった慣例がある。

 それは1年生が2年生に上がる時のクラス替えにおいて、担任教員によるドラフト会議が行われることだ。

 1クラス30名。

 それを各クラスの担任となる教員が指名して、4月から担当するクラスを作っていく。

 

「今年は女子生徒に有望な子が多い......でも男性比率を考えると、上位で男子を指名しておかないと後々苦しくなるわ......」


 むろん、昔からこのような決め方をしていたわけではない。

 かつては御原高校も他校と同じように、担当教諭の間で「この子とこの子は仲がよいから同じクラスに」、「この子はあの子と相性が悪いから別のクラスに」といった細かい調整を行っていた。

 しかしこれほど細かい調整を行ったとしても、生徒の親から「どうしてあの子と同じクラスではないのか」、「あの子と同じクラスはやめろと言ったはずだ」とクレームが入る。


 その結果、時の校長が「もうドラフト会議みたいに決めたらいいんじゃね」と言い出したのが、全てのはじまりである。


「秋元先生、明日はよろしくお願いしますよっ!」


 頭を抱える京子に、小太りの男性が声をかけてくる。

 彼の名は、小早川貴明。担当科目は日本史。

 京子と同じく、この4月から2年生のクラスを受け持つ予定の教員である。


「小早川先生......明日の指名、決めたんですか?」


「ええ、大体は。とはいっても、私はあまり生徒の好き嫌いなどはありませんし、全体のバランスを見て、指名したいなと思っていますよ」


「全体のバランス、ですか」


 それとなく探りを入れたが、有耶無耶な返しをされてしまった。

 京子にとって、小早川は当日の戦略が読めない教員の1人である。

 当日のドラフト会議に参加する教諭は京子含めて5名。

 誰がどのような戦略で指名を行うかによって、自身のクラス編成が大きく変わってくるのだ。


「とはいえ、今年は絶対的なドラフト1位は3人ほどかと思いますから、競合の可能性は高そうですけどね。秋元先生のおすすめは誰ですか?」


「それが、まだ迷っていまして」


 この京子の返答は半分が真実、半分がブラフである。

 小早川の言う通り、今回、京子が参加する文系クラスのドラフトにおいて、間違いなしという評価をされている生徒が3名いる。


 まず1人目が楠木葵。

 性格は真面目でおしとやか、学業成績もすべて優秀。

 その美貌から男子生徒の人気も高い生徒だ。

 加えて、書道部の次期部長として、個人の作品が全国大会で表彰されている。

 全てにおいて、高いレベルを誇る生徒だ。


「楠木とかは岡田先生や山本先生も狙っているでしょうね。人気が集中しそうだ」


「え、書道部顧問の岡田先生が狙っているのはわかりますが、なんで山本先生も?」


「ほら、彼、女の子好きだから」


「......ああ、そういうことですか」


 山本大志。

 京子の3歳年下の25歳の男性教員である。担当科目は保健体育。

 学生時代はサッカーで全国大会に行ったことがあり、体育の指導は的確だと評判だが、大の女好きという教員にあるまじき男である。


「それなら清水さんは?山本先生が好きそうなのはあの子じゃないですか?」


 京子の言葉に、小早川も「確かに」と同調する。

 清水日向は楠木葵と同様に、今回のドラフトにおける目玉生徒の一人とされている。

 彼女の強みはなんといっても、そのコミュニケーション能力の高さだ。

 体育会系の部活に所属するいわゆる『陽キャ』はもちろんのこと、あまり人付き合いが得意でない生徒に対しても積極的に話しかけ、クラスの輪に入れるように働きかけることができる。

 清水が在籍していた1年4組は、当初そこまで仲がよくなかった。

 しかし、彼女がクラスの中心でムードメーカーになることで、クラスが一致団結し、体育祭や文化祭などで優秀な成績を収めている。


「1年の時の担任だった沼田先生も大絶賛でしたからね。『あの子がいたから、4組は大きなトラブルなくやってこれた』って」


「ああいう真の陽キャはどこのクラスもほしいですよ。まぁ楠木さんか、清水さんかは本当に好みの問題ですから」


 京子は手元の資料に視線を落とす。

 楠木も清水も本当に有望な生徒である。

 指名できることなら、指名したい。それは他の担任も同じであろう。

 だからこそ情報を集め、少しでも獲得の可能性が高い生徒を取りたい。


(そうなると......あとは彼にどれくらいの指名が集まるか、ね)


 京子の視線が、とある男子生徒の写真にとまる。

 彼の名前は田中和樹。

 正直言って、現状の彼のスペックでは、楠木や清水に太刀打ちはできない。

 勉強は並、運動も特にできるといったわけではない。

 しかし、彼にはそれでも指名したいと思わせる魅力が一つあった。


 それは、次期生徒会長と噂されていることである。


「田中......正直、印象には残りにくい生徒ですが、あの伊集院から直々に後継者として指名されていますからね。将来性はぴか一ですよ」


 小早川が悩ましげに呟く。

 伊集院香。

 御原高校新3年生にして、今の生徒会長である。

 彼女は10年に一度の逸材と評され、昨年のクラス替えドラフトでは、5クラス全てが彼女を1位指名した。

 圧倒的なカリスマ性と人気をもつ彼女。

 そんな彼女に選ばれた田中。

 指名したいだけの魅力は十分にあった。


「あっ、もうこんな時間だ!」


 小早川が驚いたように声をあげる。

 時計の針は20時を回ろうとしていた。


「じゃあ僕はこれで!今日は息子とお風呂に入る約束をしてるので!秋元先生も明日に向けて、早く帰ったほうがいいですよ〜」


「あっ、はい。お疲れ様でした」


 小走りで職員室から出ていった小早川。

 その背中を見送って、京子も立ち上がる。


「......帰るか」


 結局、この日、彼女は1位指名する生徒を決めることができなかった。

 しかしドラフトは待ってくれない。

 誰がどの生徒を指名するのか。

 その答えは明日、明らかになる。


 〜〜〜〜〜〜〜〜

 ここまでご覧いただきましてありがとうございました。

 全部で5話の予定です。

 少しでも面白かったら、ぜひ♡や★、コメントをいただけると嬉しいです!

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