第17話 対策会議2

 この日の対策会議は荒れに荒れた。初手でそもそも暴れだす男がいたり、スラムを利用すると断言するレナがいたり。それを、初老の男性だけが面白そうに眺めていたが、それもいつまでもは続かなかった。


 必死にスラム街の人間の有用性を説き、コンコンと説明するレナだが心の奥底では理解していたのだ。


 スラムの人間は彼らの考える庇護下には入っていない――という、事実に。


 スラムというのは、言い換えれば納税もしていなければこの都市のために、国のために何かしているかといえば、特に何もしていない人間である。有用性は薄く、そこに投資することも、ましてや相手にして何かしようと考える人間のほうが圧倒的に少なかった。


 この会談は失敗する。でも、失敗すると次の手段がもう取れない、この場を沈めて打開する方法が必要だ。


 そしてその一手をれながくりだそうとしたした瞬間、別の声がその場に響き渡った。


「さて、それで反対するのはいいが一体ほかにどのような打開策があるのだ?金が必要なら、ワシが工面してやれるが?君たちがそれでいいのであれば、構わないが本当にその判断でいいのか?」

「いえ、それは……」


 ホログラムで参加しているこの男性は、実はこの都市には関係のない人間である。助力を求めることも、支援を求めることも、決して恥ずかしいことではない。しかし、権力者同士のそれは、力ある者同士のそれは、お互いの何かを切り離す行為に等しい。


 この場合、自分たちで都市の防衛ができないからすぐさま緊急要請を行い助力を嘆願する。ここで、一生かけて返しきれない借りを作るのか、それを拒んで死にゆくか。


 自分のプライドと、今の生活を失う怖さ。それを受け入れることができるのか、という話になる。


 プライドを捨てる相手が違うだけで、最終的にスラムの人間に金を払って雇うのと大差ない結末が待っているのだ。いや、この老人に頼ってスラムの人間を雇うので、結果的にはマイナスでしかない。


 その全てを理解したうえで、男性は言葉を重ねる。


「それで?知恵だけ貸せばいいのか?だが、すでに答えは出ているだろう?それを拒む心をどのように折るかという話なのか?それとも、心折ることなく自分たちを鼓舞して戦うのか?ああ、スラムの人間に教えを乞うという選択肢も残っていたな」


 面白そうに笑いながら話す老人を前に、誰もが唇をかみ占めた。言い返すことができないからではない。自分が無力であるから?確かにそれもあるだろう。


 単に、老人とレナは自分のプライドを傷つけた。それだけの事である。


 彼らは、レナが即断で捨てられるプライドを守り、広げ、誇示し続けることに意味があるのだ。そんな彼らにとって、このセリフは大きな、それは大きな傷を残すことになる。


 しかし、その傷があろうとなかろうと現状は変わらない。誰か救世主が来ない限り、それこそ神が降臨しなければ何も変化することはないのだ。現状、誰も解決できないのであれば、最終的にはレナが全責任を負って、彼に頼み込む形になる。


 レナとしては全ての責任を自分で背負って活動することに問題はないが、残念ながら一人でこの都市を防衛して運営して管理していくことはできない。ゆえに、協力を求めて、こうして対策会議を開催しているのだ。


「もう少しだけ、時間をいただけますか?大丈夫です、3分あれば十分ですから」

「そうか、では3分間は黙って見守っているとしよう」

「ありがとうございます」


 3分でこの場にいる主要人物を説得してみせると断言したレナ。それ以上は、待っていても誰も心を動かすことはないので、レナはおとなしく彼に助けを求めることにした。


 それほどまでに、事態は急ぐものだった。


「さて、皆さんに可否を問います。残り3分で決断してくださいね。自分のプライドを守って、この都市と共に滅ぶのか。それとも、自分のプライドを放棄して、生き延びて明日をつかむのか。好きなほうを選んでください」

「ふん、そんなことをしなくてもよいだろう?」


 レナが可否をとると宣言すると、すぐさま反応する声が一つ。挙手もなく、堂々と語りだした男に、視線が集中する。


「簡単な話だ、スラムの人間を雇い入れればよいだけの話だろ?ここで我らのプライドと、都市の重要性を天秤にかける意味が分からぬ。そもそも、我らはこの都市と国の管理を任された身だ。であるからして、街を捨てる判断をしている奴には、ここに立つ資格はない」

「その通りですね」


 余りにまともな多発言をするものだから、目をパチクリとさせながらレナは賛同した。

 その男を皮切りに、多くの統治層の人々が賛成の声を上げるが、残念ながら反対の声をあげる人も多くいる。多数決をとれば、僅かに反対派が上回るようなものだ。


 続いて発生するのは、賛成派と反対派による意見の衝突だ。「プライド」を守るのか、守らないのか。自分の尊厳を侵されるという線引きが、どこに置かれているのかという話合いが始まった。



 レナはあえて黙り込んで、その終わり無い話し合いの行方を見守っていたが、一人の女がこの会議場の扉をあけ放つことで、その無謀な話し合いは一旦終了することになる。


「なっ、あなたは」

「ここには来ないはずでは?」

「なぜ彼女がここに?」

「どう、して?」


 誰もが困惑の声を上げる中、その女性は優雅にそして堂々と会議室の真ん中を突き進む。

 その豊満な肢体は、男女関係なく視線を集め誰もを魅了する。彼女が歩くだけで、異性は動き出そうとする自分の体を理性で押さえつけ、同性であれば嫉妬心すらわかない、その圧倒的美の前にため息をつくばかり。


 彼女の登場は、レナの予想だにしていない事態だった。


 そんな周囲の反応をすべて置き去りにして彼女、アン・クロノは堂々とレナの前に膝まづくと一つ質問をした。


「レナ様、現在の話し合いはどのようになっていますか?」

「………あっ、はい!現在は、採決をとっているところですよ」

「そうですか」


 たったそれだけで、すべてを把握したのかアンは軽く周囲を見渡してからすぐさま行動に出た。


「それで、反対派の方はどれくらいいらっしゃるのですか?私と同じ意見を持っている方の数を知りたいのです」

「え?」


 その反応をしたのは、レナだったのか老人だったのか。いったい誰が発言したのわからなかったが、少なくともレナは状況を飲み込むのに1秒を要した。


 アンの発言に機能を停止したのは、賛成派の人間だった。たった一つの質問で状況を完全に読み切った女が、まさかこんな簡単な問題で間違いを選択するなど、想定外だったからだ。


 反対派は、声を上げて喜んだ。中には「勝利の女神」などと持て囃す声もチラホラと聞こえるほどだ。


 この民度の差が、統治者としての資格を持っているのか否か。それが、はっきりとわかる瞬間だった。


「では、レナ様。参加者リストを貸していただけますか?」

「ええ、大丈夫ですが………何を企んでいるのですか?」

「いえ、簡単なことですよ」


 アンに出席者リストを手渡すと、すぐさまアンはペンで〇×を書き込んでいく。手元がギリギリ視認できる速度で行われた精査は、数秒で完了してレナの元に帰ってきた。


「あの、これは何ですか?」

「賛成派と反対派の表です。丸が賛成派ですね。反対派の方々は、この場にいても仕方ないので、×印をつけています。反対派の方々の金銭に関しては、私がすべて建て替えましょう。この都市の一大事に協力できない者は、いりませんからね。ふさわしくない」

「あの、私の心配を返してください。一瞬ですが、アンさんの事を疑ってしまったではありませんか。というか、どうして今日はこちらに?ご都合がつかないと聞いていましたが」

「早く終わらせてきました。都市の生死を分けるのですから。このタイミングで、振るいに分けてもいいでしょう?」

「なるほど、確かそうですね」


 一回の商人が、一人の統治者に真っ向から意見を行う。余りに珍しい光景だが、今回でいえばその立場は対等であるといえる。もちろん、権力的には違うが。


 足りない財力をすべて肩代わりしてくれる、唯一無二の存在としてアンはここに立っているのだから。


「アンさん、ありがとうございます。このご恩はいつかお返しいたします」

「いえ、お気になさらず」


 レナが二度手を叩くと、バツ印が付けられた人間が階級関係なくこの部屋から追放されていく。中には喚く愚か者もいたが、関係ない。


 無慈悲に不要なものとして、排除するのみであった。


「さあ、レナ様。あなたの輝きを、光の行く末を私たちに見せてください」


 準備はこれですべて整った。レナは力強く、そして大きく頷き、この日初めて…………吠えた。


「ここに!レナ・オーガストの名のもとに、命じます。今回の戦、全身全霊をもって対処することを!何より、この地に生きとし生けるもののために、戦うことを命じます。普段はいがみ合っていてもいい、ですが今は互いに背を預け支えあい、この都市のために立ち上がりなさいっ!安心しなさい、あなたたちの後ろには、私が控えているっ!この戦、負ける通りはありませんっ!勇気あるものは、力あるものは、知恵ありしものはっ!今こそ、そのすべてをかけて、生き抜いて走り抜けて見せよっ!この、レナ・オーガストに、貴殿らの生き様を示して見せよっ!!」


 レナの言葉に、老人を除きその場にいた誰もが雄たけびを上げた。自分の大きな声で、気概と、プライドを示して返答したのであった。




 ここに、レナを中心とした城塞都市軍が形成されるのであった。









 その男たちの雄たけびは、都市郊外にあるスラムの一角でも確認された。


「すさまじいな」

「そうですね、瀬名様。どうやら、アンはうまくやったみたいですよ」

「ああ、俺たちも動くとしよう」

「お供します」


 闇に潜み、暗躍するものもまた行動を始めるのであった。

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