第16話 対策会議1
その日、探偵学院にある大会議室には多くの権力者が集まり、慌ただしくしていた。壁一面には映像が映し出され、部屋の中央には一人の初老の男性がホログラムで登場している。
この場に集まった大人たちは、どの様にして今回の発言が嘘であるのかを証明しようと躍起になっていたが、遅れて会議室に入ってきたその存在を見て、誰もが口をつぐんだ。
先ほどまでの盛り上がりが嘘であるかのように、シーンと静まりかえる会議室の中で、凛としているが少し幼さを残した声が響き渡った。
「これより、大規模侵攻を見据えた作戦会議を始めたいと思います」
「ああ、始めようじゃないか。建設的な話を」
少女、レナの声に続いて全く逆の重厚な、重たく響き渡る声が届いた。声の主はホログラムで参加している、初老の男性だ。
「それでは、今回の証言を元に算出した侵攻予想と、実際にどれくらい機械兵が生産されて襲ってくるのかを専門家の意見を参考に算出しました。この全てが、この城塞都市に侵攻してくるとは言いませんが、最悪でもこの半分。多ければ、7割以上がこの城塞都市に侵攻していきます。私たちは、これを食い止める必要があります。詳細は資料にまとめてありますし、あらかじめ配布していたので、皆さん確認していただけましたでしょうか?」
端的にそれでいて口早に説明するレナに対して、その場に集まった多くの裕福者や統治層の人間が眉を顰めて抵抗を示す。心のどこかでは認めていないのではない、その逆でレナという少女のことをどこまでも認めているからこその、抵抗である。
こんな事実があってたまるか……というものだ。5年前、予期していなかったとはいえ、城塞都市の防備では足りなかったのだから。
レナの言葉を聞いて、資料を見て、ひとりの若い裕福層の男性が挙手をした。
「ご質問、どうぞ」
「初心者の質問で申し訳ないのですが、この算出はあくまで罪人の言葉がもとで作成されたものなんですよね?」
「ええ、そうですよ?」
「その罪人の言葉をそこまで信じて、なぜ行動するのですか?罪人が生き残るためについた嘘かもしれないじゃないですか。そのために、なぜ僕がこうして貴重な時間を削り、あまつさえ低階級の人間のために尽くす必要があるのですか?」
男はどこまでも小馬鹿にした態度を崩さず、しまいには両手を広げてアピールした。自分は優秀であるから、別に下々のために行動する義理はないと。優秀な自分が生き残るのは当然であり、そのためにバカがどれだけ死のうと関係ないと。
この発言に盛り上がるのは、一部の統治層の人間と、多くの裕福層の人間だけであった。彼の意見に盛り上がることなく、まるで虫けらを見るような冷たい視線を浴びせるのは、統治層に暮らす人々である。
ホログラムで参加している男性に至っては、大げさに頭を抱えて悩ましい……という姿勢を隠す気もなかった。
だがしかし、その勢いは凄まじく一切を無視するのは無理といえた。暴動になりそうなほどの過熱する彼らに対して、レナが放ったのはたった一言だけだった。
「あなたたちの総意がそれであるならば、私のために戦って死んでください」
ピシャリと言い切るレナを前にして、盛り上がりを見せていた裕福者たちが一同黙り込む。まるで、それまでの盛り上がりがすべて嘘だったかのように、一瞬にして会議場は静寂に包まれたのであった。
「ど、どうしてそのような結論になるのですか?」
「あなたは、自分は優秀であるか生き残るべきだと主張しました。しかし、あなたよりも私のほうが優秀です。将来性も高いことはまず間違いないでしょう。なので、私よりも圧倒的に劣るあなたが、私の代わりに死んでください。大丈夫ですよね、だってあなたが言ったんですから。ちなみに、私にとってはあなたも貧民街の住民も、スラムの住民も、扱いとしては大して変わりません。ならば、いち早く逃げようとしているあなたは、私に向かって自分だけが生還するルートを誰よりも早く提案し、誰よりも早く身の安全を取ろうとしました。多くの市民を裏切るような人は、いつ背後から攻撃してくるのかわかりません。ですから、先陣を切って死んでください。ああ、生き残ってくれても大丈夫ですよ、その後はさぞ優秀であるその脳を利用しますから。大丈夫です、余すことなく有効活用してあげます」
弱者のために死ぬ理由がわからない、という理由であるならレナからすれば彼も同じ弱者である。本来であれば彼はレナの庇護下に入れるのだが、多くの命を救うために、どうせ犠牲は出てしまう。
であれば、弱者は死んでもいいと豪語しており、いつ裏切るのか不明な人間が先に死んでくれたほうが、世界は上手に回るのである。
「「「………」」」
「ふぉふぉふぉっ!」
沈黙する会場に、一人面白いものを見たように高笑いをする初老の男性。その中で、レナは再び騒ぎ始めた若い男をじっと見つめていた。
この男に本当に利用価値があるのか見極める必要があるからだ。実際、レナ以外にもかなりの人間が、騒ぎ立てていた男を中心として反対意見を述べていた一団の行動を注視する。
そんな視線に気が付かず、男は激高した様子を隠すことなく言葉を続けようとして、隣にいた女性に転ばされた。
「いてぇっ!おい、何しやがるっ!」
「先ほどからうるさいので、黙っていただこうかと」
「はぁっ!?ふざけんじゃねぇ!俺はあのガキに、文句をつけてやらねぇと気が済まねぇんだよっ!!」
「あなたのような阿呆の相手をしている時間はないのです」
女はそれだけ言うと、高速で手刀を叩き込んだ。ガクッとうなだれる男だが、この一連の流れにだれも驚くことはなかった。むしろ、手刀を下した女性に賞賛の声すら届いたほど。
それほどまでに、いびつな空間と化していた。
「それで、レナよ。今回の問題、どう対処するのだ?」
「私たちの計算では、勝利を収めることは非常に厳しい条件をクリアすれば、可能です。しかし、敵戦力である機械兵との戦闘経験が豊富である人間がこちらでは圧倒的に不足しています。戦闘がどれくらい有利に運べるのか、という点が予測できません。私の見立てでは勝てる人間であっても、無事に勝利を収めることができない可能性があります。また、敵と違い連続で何日も戦闘を継続することができません」
「で、あろうな」
レナの意見に、大手を振るって反論する者はいなかった。勝利条件は非常に厳しく、機械兵との戦いを経験している人間が圧倒的に少ないのは、致命的だった。
5年前の戦闘も、最終的には城塞都市の一部を吹き飛ばして解決しているので、まともに戦闘経験を積んでいる人間は、少なくとも現時点では皆無。
「ですから、今回は皆さんに知恵と勇気と、そして財を提供して頂くべく集まって貰いました」
そのレナが、声を弱めて嘆願したのはまさかの財であった。流石のレナも短期間で莫大な財を築くのは無理があった。
そこで、権力者たちの力を借りて、行動資金を集める方向にシフトしたのである。
「ほう、財とな?」
「はっ、金で何とかなる問題なのか?」
「それは少し、理解できそうにないですけど………」
しかし、このシフトには困惑の表情だけではなく、実際に声を出して疑問を呈するものも少なくはなかった。当然だが、金で解決できる問題であれば、これまでにすでにどうにかしているのである。
「それで、私たちは知恵も勇気も貸すことはできないが、金であれば支援できるであろう。それは、なぜ必要なのだ?」
「スラムの人間を兵士として臨時で採用します。金銭は通常時の5倍を支払うことを約束し、その上で私は戦功も認めるべきであると思っています。気に入った兵士がいれば、囲い入れることも視野に入れていいと思っています」
今日何度目か分からない困惑が、ざわめきが、動揺が会議室を支配する。自分の命が助かるために金を支払うのは問題がない、問題ないのだがスラムの人間を雇うとなると、話は一気に傾いてくる。
あいつらは対話することができる人種なのか?と。
「それは正気の沙汰なのかね?」
「ええ、彼らは日ごろから機械兵と小競り合いをしています。なかには、機械兵の部品を売っているものもいますし、機械兵の武器を加工して自分の武器として利用している人間も少なくはありません。単純に戦力としては魅力的なんですよ」
「あんな野党と変わらない人間を信じろというのか」
「いつ逃げるかわからないじゃないか」
「金を手に入れた瞬間、こっちに牙をむく可能性があるだろ?」
不安は伝搬し蔓延する。
再度、議会は混乱の渦中にいざなわれるのであった。
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