第11話 謎のドリンク売りの少女
オーガスト夫妻が殺されたという情報は、一瞬にして学院どころか城内の人々に蔓延した。情報を隠蔽したり、規制をかけたりする余裕もなく、情報が伝搬し、広まった。
「レナさん、ご家族が暗殺者にやられたって」
「大丈夫なのかしら」
「でも、不思議ですね。レナ様ではなく、ご両親が対象となるだなんて」
「それにしても、レナ様のお家に侵入して事件を起こすだなんて、恐れ知らずな暗殺者もいたものですね」
学院では、レナの両親が殺害されたことで話は持ちきりだった。当然だ、学院のエースでみんなのあこがれで、自他ともに認める天才のレナが不幸にあったのだ。こんな大ニュースに飛びつかない若者はそうはいない。
しかし、その全てを把握したうえで、レナは普通に学院に登校していた。両親の葬儀の手配、準備など、行わなければならない事は沢山ある。その一切を使用人に任せて、レナは一つの目的をもって登校していた。
「レナ様、その……」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが、私でしたら大丈夫ですよ。人はいつの日か死んでしまうものです。私の場合、それが他人の手によって行われただけで、問題はありませんよ」
「そ、そうですか」
心配して声をかけに来た女子生徒に対しても、毅然とした姿勢を崩すことなく対応するレナ。レナのその態度の前に、女子生徒は委縮する。
両親がいなくなっただけとはいえ、それでもレナの家は名家である。そして、レナ自身も、本人の才覚だけで家を復興し大きくしていくこともできる才能を持っているのだ。
家が潰れる、なんてことには絶対にならないことを、社交界を齧っている人間であれば知っていた。
レナは両親を殺害された事に対して何ともないように振舞っていた。だからだろう、「天才には心がない」という、心もとない声も聞こえる。それら一切を無視して、レナはいつも通りの変わらない姿を披露する。
「すみません、少し態度が良くなかったですね。私のことに関しては、本当に問題ないのです。両親の遺体はしっかりと埋葬する予定ですし、その段取りもつけています。葬儀に関しては、身内だけで行う予定ですが、墓に関しては、だれでも参れるようにしておく予定ですので、良ければぜひ」
「あ、はいっ!で、ですが、お顔がすぐれないようですから、やはり心配ですよ」
指摘されて、レナは手鏡で自分の表情を確認する。そこには、少し疲れた表情をしている自分の姿があった。いつも通り輝きがあるとはいえ、その輝きも半減していた。
女子生徒が自分の身を顧みず心配してしまうのも、いつものレナの姿を知っていればこそ当たり前の反応である。
「ああ、そのことですか。そうですね、少し考えなければならないこともありまして。お昼休みに少し眠るので、その時までは、我慢してくださいね」
「その、これ良ければ使ってください」
女子生徒は少し恥ずかしそうに肌色をした飲み物を差し出した。周囲の女子がドン引きする姿がレナの視界に入っていたが、それよりも先にレナは目の前の少女にお礼を言ってから一口飲んだのである。
この行動には流石に周囲の人間も我慢できなかったのか、「ええ!!」と声を出して驚くものや、中には思い切り悲鳴を上げている女子生徒もいた。男子生徒も戦慄した表情を浮かべ「おい、まじかよ……」とこちらも一歩引いてしまっている。
「あら、おいしいですね」
「本当ですかっ⁉」
どうやら、その肌色の怪しい飲み物はレナの口には合ったらしい。一口飲んだ後、そのまま完飲してしまう。
「ええ、以前頂いたものよりも口当たりがいいですね。味に関しては致し方ないところもありますが、個人的にはありだと思いますよ」
「それはよかったですっ!」
「えっ!?初めてじゃないの!!」
会話からわかる通り、実は二人の関係はかなり前から続いている。女子生徒はレナから容器を受け取ると、メモ帳をちぎって感想を張り付けた。
「いつも思うのですが、すでに販売しても問題ないレベルですよ?」
「いえ、自分が自信を持てる一品でなければレナ様以外にはご紹介できません」
普通は逆じゃないだろうか?と思えるような発言をしているが、少女があまりに真面目かつ本気で言っているため、それに突っ込みを入れる生徒はいなかった。
それどころか、目の前で宣言されたレナ本人ですらウンウンと頷いているのであるから、生徒もいつの間にか心配で教室に来ていた先生も困惑するばかりだ。
「では、これからも辛口に評価していきますよ」
「ええ、望むところです。今度こそ、味でも高評価を頂けるようにしますよ!」
この一件以降、レナの実家の話はなくなり、それよりもあのレナが認める謎のドリンクを作る少女がいるという、まったく別の噂が流れるようになるのだった。
「まったく、こういった形で助けられることになるとは。私もまだまだですね」
自分の噂が減り、自分が危惧していた「オーガスト家が終わる」という、不本意な話が流れないようにと気を張っていたのだが………。ドリンク売りの少女のおかげで、問題の大方は片付いてしまったのだった。
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