外伝 月陰の剣4 降魔の一刀

「つまらぬだと」

 七郎は感情をこめない様子で言った。

 彼の第六感は、夜の中に蠢くもう一人の気配を察していた。

「そうさ物騒な刃物振り回して…… そんな事より楽しい事ないのかい」

 蜘蛛女は饒舌だ。七郎を会話に引き込もうとしている。隙を作って仲間に攻撃させるためだ。

「女は嫌いかい? あたしは男は嫌いじゃないんだけどね」

「俺も嫌いではない。だが女は苦手だ」

 七郎は般若面の奥で隻眼を閉じた。

 周囲は夜の闇だ、ましてや何処かに伏兵が潜んでいる。七郎のした事は自殺行為ではないか。

 しかし、そうではなかった。幼い頃の兵法修行で右目を失った七郎の感覚は、常人を越えている。

 七郎は夜空にかかる蜘蛛の巣上の蜘蛛女とは別の、闇に蠢く敵の気配を察知していた。

 聴覚、触覚、嗅覚が敵を察知し、潜んでいる位置まで立体的に捉えたのだ。

 失った右目にはるかに勝るものを七郎は得ていた。

 敵は七郎の背後、庭木の陰に潜んでいた。

「ふつ」

 短い吐息と共に七郎は背後に素早く振り返る。振り返りながら脇差しを抜き、庭木の陰から姿を現した敵に向かって投げつけた。

 投げた次の瞬間には駆け出している。七郎が立っていた場所へは、蜘蛛女が吹きつけてきた糸が降り注いでいた。七郎が一秒でも遅れれば、蜘蛛女の糸に絡め取られていただろう。

 脇差しが伏兵の胸に突き刺さる。それは鱗に覆われた人型の蛇――

 蛇女だった。蛇女の胸には七郎の脇差しが突き刺さっていた。

 七郎は無言で蛇女に踏みこみ、三池典太を振り上げ、打ち下ろした。

 月光に反射して輝く三池典太の刃は、蛇女の額から股まで一直線に斬り裂いていた。

 蛇女の体が左右に別れて、内裏の庭に倒れる。

 七郎の凄絶な降魔の一刀だ。

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