外伝 月陰の剣3 白刃残光
闇夜を斬り裂く白刃の残光は、七郎がくぐり抜けてきた修羅場の光景であり、消え去る事なき悪夢の世界でもあった。
大納言忠長の治める駿河の地、海を越えた先にある薩摩、更に先にある琉球。
いくつもの苦界を越えた先にある今を七郎は愛する。
全身全霊を振り絞ってきたからこそ今がある。
今ここにある生を七郎は愛するのだ。
同時に全身全霊を振り絞った充実に救われている事を知る。
今では命のやり取りに及んだ者すらが懐かしく思われた……
「……む」
七郎の意識は現実に呼び戻された。
彼は夜の闇に混じる妖気を感じたのだ。
妖気は温度を伴い、匂いや香りを伴い、そして不安を伴うものだ。
突然に不安や恐怖を感じる事があるのなら、それは妖気――
魔性の者が近づいている証かもしれない。
「おお……」
七郎は般若面の奥でうめいた。
内裏の夜空に張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣を目の当たりにしたからだ。
夜空に張られた巨大な蜘蛛の巣、その表面を暗い人影が蠢いている。
それは人間とほぼ同じ大きさの蜘蛛に思われた。
「ふっ」
短い吐息と共に七郎は動いた。
内裏の庭の木を駆け上がり、塀の上へと飛び移る。
そして蜘蛛の巣を這う人影めがけて跳躍した。
背に負った三池典太の名刀で、右手で抜き打ちに斬りつける。
夜闇を斬り裂く必殺の刃だが、それは虚しく空を裂いた。
七郎は着地し、再び夜空の蜘蛛の巣を見上げた。
果たして人影は、数秒前とは別の位置にいた。
七郎の必殺の一刀を避け、目にも留まらぬ速さで移動していたという事になる。
月明かりの下に蠢く人影は丸みを帯びていた。女のようであるが、それは七郎にとっては地獄の使者か。
なんにせよ、七郎は般若面の奥で不敵に笑った。
(死ぬには良い夜だ……)
己の魂を完全燃焼させ、死に花を咲かせるには相応しい相手――
七郎はそう思った。
「つまんない男だねえ」
蜘蛛の巣の上を這い回りながら、人影は声を出した。
やはり女であった。蜘蛛女だ。
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