第6話 ラスボス登場?

 「何をしているんだ。さっさと仕事をしろ」

 「はぁ・・い」


 俺はすぐにでもここから逃げ出したい。しかし、それは許されないだろう。知らなかったとはいえ俺は盗賊の手伝いをする依頼を受けてしまったのである。俺に出来る事は自分の命を守る為に盗賊の指示に従う事だけだ。

 気持ちが悪い、また嘔吐したくなる。しかし、ここでぐずっていたら、俺も凄惨な光景の仲間入りする事になるだろう、俺は男に言われるがままに、立派な幌馬車の荷台の中に入り、男の指示通りに仕事をする。


 「貧弱なお前には重いかもしれないがこれを運べ」


 荷台の中には50㎝ほどの樽が10個ほどある。樽に刻まれた文字を見ると【緋緋色金(ヒヒイロカネ)】と記載されていた。樽は30㎏程度で1樽なら俺でも持てない事はない。男は軽々と持ち上げて俺に樽を渡す。


 「お前は1樽しか持てないだろうから、何度も往復して運べ」

 「はい」


 俺は男に従うしかない。俺は男から樽を渡されると両手で抱えて幌馬車から降りようとした。


 「ギャー――」


 外から断末魔の悲鳴が俺の耳に届く。


 「グギャーーー」


 さらに悲鳴はこだまするかのように続く。俺はまたしても凄惨な地獄図を目にする事になる。


 「何事だ!」


 男は急いで幌馬車から降りた。


 「お・お・お前が・・これをやったのか?」


 あの屈強な体を持つイカつい顔の男が子鹿のように震えていた。それもそのはずだ。俺が目にした光景は、体長が2mを越す大男が、真っ黒な大剣のようなモノで、俺をこの悪事に加担させた青年を紙切れのように頭から真っ二つに斬り裂き、屈強な男3人をハムのようにスライスにしていた。


 俺は二度目の惨劇を見て、精神がおかしくなり大声で笑っていた。仲間が殺された男は体の震えを抑えながら、背中にぶら下げていた斧を握りしめた。男の身長は185cm、体重は100㎏、筋肉の塊で通常の人間では歯が立たないほどの筋骨隆々の武人と呼べるほどの強そうな男だ。そんな男が完全にビビっている。怖がっている。畏怖している。大男は男に目を向けると静かに近寄っていく。


 「死ねぇーーー」


 男は斧を振りあげて大男に振り落とす。しかし、大男が降り落とした大剣によって一瞬でミンチになった。大男は次に俺の方を見る。

 

 2mを越える大男は、漆黒のフルプレートアーマーを着ている。そのアーマーは鉄ではなく、何かの鱗のような物で作られていて、龍の胴体のような造形で禍々しい。頭には漆黒の兜を被り、頭頂部には二本の鋭利なツノがあり、顔の部分には三つの龍の顔が存在する。大男の持つ大剣は返り血を吸収したかのように赤黒く薄気味悪く、その大剣は剣というよりも盾のように平く長い。横にすれば盾に見えるが縦に向ければ剣に見える不思議な大剣だ。その不思議な大剣を片手で軽々しく扱う大男には底知れない畏怖を感じるのは自然の本能である。

 俺は笑いがさらに止まらない。盗賊の片棒を担がせられた後は、ゲームのラスボスのような魔王が俺の前に立ちふさがる。これがゲームの世界でも序盤でこんな不遇な目に遭遇する事はありえない、


 「アハハハハハ、アハハハハハ、殺せよ。俺を殺せよ。そんなに無課金でゲームをするのが悪いのか!」


 俺は大男ではなくゲームの運営会社に向かって叫ぶ。無課金でゲームをして欲しくないのなら、初めから有料にすれば良いだろう。基本プレイ無料をうたっているなら、無課金でゲームを楽しむのも自由なはず。無課金でゲームをしたからといって、序盤でこんな地獄図のようなシチュエーションを用意するなんて、横暴極まりない。

 大男は男をミンチにした時と同様に大剣を横に構えて振り上げる。俺は大剣の影によって視界は真っ暗になった。


 「これでゲームオーバーなのか?俺はここで死んでしまうのか?」


 俺の嘆きの声は運営には届かなかった。頭上に見える赤黒い大剣によって俺もミンチになるのだろう。俺は本当に死んでしまうのか?それとも、目を覚まして現実世界に戻る事が出来るのか?大男が大剣を振り上げて振り下すには1秒もかからないだろう。しかし、俺は時が止まったかのようにいろいろと考える余裕があった。


 「死にたくない」


 俺の心の中で叫ぶ。すると大剣は俺の頭から1㎜の所で止まった。そして、大男は振り返り太った男性の方に歩いて行った。

 俺は崩れるようにその場に座り込む。数秒後、太った男が俺の所に来て両手を縄でしばって逃げないようにした。俺には逃げる気力も残ってはいない。大男が俺を子猫を掴むように首根っこを持ち男性の幌馬車の荷台に投げ入れた。

 俺は九死に一生を得た。

 しかし、ここで死んだ方が俺は幸せだったのかもしれない・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る