黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記

第17話 エウロパ内部海中都市潜入戦 - Phase 5：楽園の崩壊

　ナギが掴んだアイザックの襟首を投げ捨て、その背中を蹴り飛ばす。巨大な口が再度空を切った。

「ほーらそんな無機物じゃなくてこっちのほうが美味しいぞぅ！」

　忙しなく上下左右に動く眼球の群れを、細い白光がかすめる。ごきばき、と先程喰った義体を噛み砕く不快な音を立てながら、肉塊はちょいちょいと手招きするナギのほうへ進路を変えた。

　アヴィオンのレーザー砲を極限まで縮小したような光が散発的に迸り、目玉が幾つか弾け飛ぶ。流線型のレーザー銃を構えたナギは、跳ねるように飛び掛かってくる肉塊の攻撃をひょいひょいと躱しながら叫んだ。

「フォルテ！　今は色々思うところがあるんだろうけどさ、ボクがキミをこの潜入班から外さなかったのは、キミを信用してるからだぜ！」

「ナギ……」

　切迫した状況に自失状態は脱したものの、その機械眼の底に昏く渦巻く感情を凝らせたままのフォルテは、舞うように戦い続けるナギを歪んだ表情で見つめる。

「まーキミの人生だ、キミの自由にしろよ！　自由な人生ってのは選択だ。差し当たって今の選択肢はボクと一緒にこいつをぶち殺すか、そこに転がってる教祖様と心中するかの二択かなぁ！」

「……はっ」

　レーザーの白光に照らされた少年の口元が、小さく上向きに歪む。ガコ、と機構が変形する音が響いた。

「選ぶ余地のない二択を迫ってんじゃねーよクソ野郎」

「なーに言ってんだ、ちょうどそこに自由意志で破滅を（サンプル）選択してる野郎（ケース）がいるじゃんか。ボクはどっちでもいーんだけど？」

「やなこった。こんな海の底を俺の終端にする気はねーんでね！」

　フォルテの右腕から吹き出す業炎が肉塊に襲い掛かる。巨大な炎の舌が脈打つ肉を舐めまわし、肉塊は口を大きく開けて苦悶の叫びをあげた。

「サンキュー、足止め助かるぅ！」

　アイスブルーの間接照明に照らされ、引き抜かれた手榴弾のピンがきらりと輝いて宙を舞う。

「爆発するぞ（フラグアウト）！　飛び降りろ！」

　そう叫びながら脈打つ口腔にそれを投げ入れ、ナギが壇上から飛び降りた。顔を引き攣らせたフォルテが慌てて後に続く。壇の下の壁に揃ってぴたりと張り付くと同時に、壇上で轟音と共に閃光が弾けた。クライマックスを観劇するように固唾を飲んで壇上を見守っていた人々から、思い出したように悲鳴が上がる。

「警告（フラグアウト）は投げる前に言いやがれ！　俺ごと殺す気かよ！？」

「ふっふーん、信用してるぜフォルテ？　そら、仕上げの時間だ！」

「だー、畜生！」

　目の覚めるようなブルーのヒールと煤けた革靴が床を蹴る。再び壇上に躍り上がった二人の前に、爆発でずたずたになった人工皮膚を貼り付けた義体フレームが立ちはだかった。先ほどナギを押さえていた二人のうちの片割れだろう。剥き出しになった機械眼（カメラアイ）がぎらりとオレンジに輝き、ひどく音割れしたノイズ交じりの声が叫ぶ。

「アダム様をこれ以上傷つけさせはしないぞ！」

「相方喰われてその化け物がまだお仲間に視えてるなら大した忠誠心だ、ねぇっ！」

　剥き出しのそのフレームに、ナギは小型のソードオフショットガンを突き付けて躊躇いなく引鉄を引く。発砲の反動を身体を捻って逃がし、踊るようにくるりと回って反対の手に持ったハンド・グレネードランチャーで上半分が吹き飛んだ肉塊にぴたりと狙いをつけた。露出した核を覆い始めている肉の膜を焼き払いながら、フォルテが目を剥く。

「よくそんなモン隠してたな！！」

「女のコのスカートの中にはヒミツのポケットがいっぱいってね。じゃあな化け物！」

　ぱすん、という気の抜けるような小さな音と共に、銃口から薄く白煙がたなびく。アンカー用の劣化ヴェネクス弾を改造した榴弾が、蠢く核に突き刺さって破裂した。ヴェネクスの成分が混じった精錬廃棄物が核組織を内から破壊し、肉と腱と脂肪の塊が自壊しながらべしゃりとくずおれる。

「アダム……！　くそっ、捕まえろ！」

　爆発の時に脚をやられたらしく、へたり込んだままの下半身を引き摺ってアイザックが叫んだ。ショットガンの至近発射を喰らって吹っ飛ばされた義体フレームがぎこちない動きで立ち上がる。ばちばちとスパークが弾けた。

「わぁ頑丈ぉ！　フォルテ、ここはいったんずらかるぞ〜！　待たせたなシエロ、退路を開け！！」

「待ちなさいフォルテ君！　行ってはいけない！」

　ナギの伸ばした手を取りかけたフォルテに、アイザックが悲痛な声を投げかけた。フォルテはナギの手を取りかけていた指を止め、アイザックを振り返る。

「ごめんな、アイザックさん。でもカリプソーでは誰も俺の意思を妨げられないって言ったのはアンタだろ。だから行くよ、俺」　

「待っ――」

　義体（フォルテ）の手が生体（ナギ）の手を取る。火炎放射の熱に当てられた循環水が熱く巡る身体に、ナギの手はひやりと冷たく感じて心地良かった。

　――FLUG OUT（爆発するぞ）

　拡張視界（オーグメント）に半透明の警告文言が大写しになる。

　ヴン、と腹に響く音が空気を震わせ、青い閃光が弾けた。壇上によじ登ろうとしていた人格コピーを含めて、礼拝堂前方にいた義体が一斉に動きを止める。手を取ったフォルテが引き攣った顔で瞬きをしたのを見て、ひゅう、とナギが口笛を吹いた。

「電磁パルス（EMP）さいっっこう！！　やるねぇ範囲カンペキじゃん！」

『そりゃどーも！　低出力なんでそんなに持ちませんよ、早く！』

「はいはい……っと！」

　もはや声にならない電子音を上げながら突っ込んできた義体フレームを蹴り飛ばして、ナギは檀から飛び降りた。手を強く引かれたフォルテがたたらを踏みながら後に続く。糸が切れたように静止している義体の間をすり抜けて走っていると、前方で再び電磁パルス（EMP）榴弾の青い閃光が迸った。

　シエロとハイドラの周りだけ動きを止めていない義体がじりじりと二人を取り囲む輪の中に、ナギが躍り込んだ。

「ここだけずいぶん賑やかだねぇ、シエロ！」

「あのですね、ここまでEMP撒くと私も動けなくなるんですよ！！」

「分かってる分かってる。そんじゃ蹴散らさせて貰いましょーか！」

　お互い武器を構えたまま睨み合っていたバランスを、ナギのショットガンがぶち破った。至近発射を受けた義体が後方に吹き飛ぶと同時に散発的に銃声が響く。ハイドラの身体を包む若草色の布地が弾けた。

「あ……アザトゥス様……」

　ワンピースのふんわりとした布地を突き破って無数に生えた触手が、弾丸を残らず掴み取っている。その鮮やかな肉の彩（いろ）に、恐怖と畏怖の入り混じった声があちこちから上がった。取り囲む人々の間から急速に敵意が消えていくのを感じたナギが銃を降ろす。

「あ、あなた様は一体……」

　呆然とした様子で呟いた義体の持つハンドガンを、ずるりと伸びてきた触手が優しく奪い取った。見せ付けるように肉が黒光りする金属の塊を覆い尽くし、眼前でみし、と軋む音に義体がびくりと身体を震わせる。

　ごぎ、めき、ばき。鈍い音を立ててハンドガンを触手で握り潰しながら、触手の先にいるハイドラは黄金（きん）の瞳を昏い感情に染め上げて微笑んだ。

「僕は破滅に向かって歩いているだけのただの化け物ですよ。この身がさっきのアダムさんのようになる日も近いでしょう」

　そう言って背を向けた少女の姿をした少年を、立ち竦んだ義体たちは誰も追いかけなかった。

　＊　＊　＊　

　ばん、と壇上に設えられた巨大な椅子の裏の扉が開き、中から裸体に白衣を引っ掛けただけの青年が飛び出してきた。青年は勢いよく扉を閉めてから、慌てた声を張り上げる。

「アイザック！　何が起きてる！？　さっきすごい声がしただろ、それで"核"の不活性状態が――」

「アダム」

　人工皮膚が溶け落ちひしゃげた脚を引き摺って、アイザックは久しぶりに見る友人の顔を見上げた。量産品の艶のない灰色がかった髪の下から、くすんだ茶色の目がアイザックを見下ろしている。

「いつからの復元ですか」

「今朝のバックアップだよ。……アイザック」

　アダムは立ち上がれない様子の友の前にしゃがみ込んだ。壇上に広がり続けている肉の絨毯と、壇に登ろうとして静止している義体の群れを一瞥してから、フレームの覗くアイザックの顔を静かに見つめる。

「アイザック。何をしたんだ」

　　アイザックはふい、とアダムから目を逸らすと、溶け崩れて重なる肉の塊にちらりと目を走らせた。

「……君に。生体を喰えと、焚き付けました」

「しないよ、そんなことは」

「ええ。君はしなかった」

　アイザックは首元からケーブルを引き出してアダムに手渡す。アダムはケーブルをコネクタに挿入すると、高速再生でアイザックの視界録画を確認する。元自分が爆発したところで途絶えた映像記録を数秒で確認してから、アダムはコネクタからケーブルを引き抜いた。眉間に皺を刻んで顎を撫で、ぶつぶつと思考を口にする。

「"核"の――いや、アザトゥス体の不活性状態は今まで生体との接触がなかったからか。さては内部海っていう閉鎖空間で完全に生体との接触が遮断されてたから起きてた限定状態だったな？　それじゃあもうあの核を不活性化させるのは難しいか……いいや、検証は拡張脳に移して……アイザック」

「なんですか、アダム」

「フォクス君は？」

　アイザックは礼拝堂後方の、開きっぱなしの扉を見た。

「……行ってしまいましたよ」

「だよね。……何？」

　軽く頷いた自分をまじまじと見てくるアイザックを、アダムは怪訝そうに見返す。

「いえ。君はもっと落ち込むかと」

「残念だけどフォクス君の選択だし、今はそれどころじゃないんだ。うん、あと5分だな。ところで、ここのみんなはなんで停まってるんだい」

「置き土産にEMPをいただきまして」

　アイザックがそう答えたのと同時に、みし、と壇上奥の壁が軋んだ。アダムがはっとしたようにそちらを振り仰ぐ。

「あ、マズいもう5分も保たなかったか」

「何が――おわぁ、何ですか！？」

　アイザックの訝る声が裏返った。ひょいと軽くアイザックの壊れた義体（カラダ）を持ち上げたアダムが、動きを止めている義体たちを飛び越えて壇上から飛び降りる。

「アイザック。悪いけどみんなの事は諦めて」

　アダムがそう言うと同時に、奥の壁が弾け飛んだ。中からうねうねとした不定形の肉の塊があふれ出す。後方の扉に向かって走りながら、アダムが叫んだ。

「みんな逃げるんだ！！　喰われるぞ！！　逃げろ、逃げろ！！！」

　礼拝堂の半ばで呆然と立ち尽くしていた人格コピーたちの目に、感情が戻る。何人かが恍惚とした表情で迫る肉を見つめて歪な笑みを浮かべたが、アダムに担がれたアイザックを見てほとんどの者は慌ててアダムの後を追った。後ろ向きに担がれたアイザックの目に、猛烈な勢いで喰われていく停止した義体たちの姿が映り込む。

「これは一体——」

「"核"が暴走したんだ。正確には、今まで不活性だったアザトゥス体が元に戻った。生体との接触がキーだったんだ。アレは人間を喰いたがってる」

　肉塊が咆哮した。巨大な顎（あぎと）が義体を食い散らかし、脈打つ肉が散らばった義体の欠片までをも飲み込んでいく。走るアダムの肩で揺られながら、アイザックが呻いた。

「私のせい、ですか。生体をここに引き込んだ私の」

「それを言うなら"アレ"を持ち込んで研究してた僕のせいでもあるな。——警備は？」

「逃げたフォクス君たちを追わせています」

「呼び戻そう。みんなのバックアップサーバを守らないと。バックアップさえあればまだやり直せる」

「"アレ"はどうするんです」

「フォクス君達に任せよう。大丈夫、あれで防衛軍を選べる彼ならきっとやってくれるよ。もともとそのために来たんだろうしね」

　礼拝堂を飛び出すと、外に並んだ浮遊車（ホバー）はほとんどが壊されていた。かろうじて残っていた数台のひとつにアイザックの身体を放り込んでから、アダムは礼拝堂の出入り口に戻って中を覗き込む。跳ねまわる巨大な肉の塊から、ぼこりと小さな肉塊が産まれ落ちて自律的に動き始めた。それを見て表情を歪めたアダムは、こちらに走り出てくる者がもういない事を確認し、扉を閉めて外側のパネルを幾つか操作してからホバーに駆け戻る。

「行こう。一応防衛機構を立ち上げたけどここも長くは持たないと思う」

「すみません、アダム」

「気にしないで。これは肉付け用の安物だけど、出力（パワー）だって結構あるしキミを連れて逃げるくらい」

「いえ、そうではなく。……君に、酷い事を言ったので」

　アダムは答えず、ホバーを発進させた。ゆるゆると絶望が遠ざかっていく。しばらくホバーを走らせてから、ぽつりと答える。

「僕は何も言われてないよ」

「でも、私は、君に。人を喰え、と」

「記録は客観視出来るのがいいトコだよね。ま、さっきの僕は相当ショックを受けてたけどさ。でも今の僕は、キミに何も意思に反することを言われちゃいない。キミはいつもの、僕に自由をくれるアイザックだよ」

　アイザックはアダムを見上げた。2つの目は前を向いていて、いつものように不安を掻き立てながら見つめ返してくる無数の目はそこにはない。

「案外、人格コピー（ぼくら）の幸せってそういうところにあるのかもしれないよ。キミの大嫌いな人間とは、違うところにさ」

　　＊　＊　＊　

「えーと、残りは……手榴弾が1発と、ヴェネクス榴弾が2発。ショットガンとハンドガンの弾が少々。いやーハイドラが脅してくれて助かったな。演技派だったねぇ」

「皆さんの武器が光線武器（レーザー）じゃなくて良かったです……」

「動いてもいねーホバーにバカスカ手榴弾投げやがって。まだアザトゥスがいたらどーすんだよ」

「流石に追手の足は潰しとかないとじゃん？　お陰でこうチラホラ来るのを対処するだけで済んでるでしょ」

　へらりと笑うナギの声に、たぁん、と鋭い音が重なる。動力部を撃ち抜かれた浮遊車（ホバー）が小規模な爆発を起こし、沈み込むようにして遠ざかっていった。

「うーん、ナイススナイプ」

「腕じゃなくて性能がいいんですよ。ユリウスさんの趣味に感謝ですね。とはいえ、残弾は25発です」

「とっとと撒いて"核"を探さないとねぇ」

「一度上に上がるか？」

　首元のケーブルを浮遊車（ホバー）に繋げて"運転"しているフォルテが首を傾げる。ナギはうーん、と言って腕を組んだ。

「ここ意外と広いし、足を失くすのは結構痛いんだよな。まあ浮遊車（ホバー）はどこにでもあるのかもしれないけど――」

「新しいのをハッキングするなら乗っ取った時に位置が割れるぜ」

「だよねぇー」

　ため息をついたナギの目に、新たな追っ手の姿が映る。ぎこちない動きで組み立て式の狙撃銃を覗き込んでいるハイドラの手から、ナギがひょいとそれを取り上げた。軽く覗きんで引き金を引く。浮遊車（ホバー）に乗っていた義体が、ぐらりと傾いだ。

「えぐ、電脳1発かよ。さっきも思ったけどアンタ確実に致命を取りに行くよな」

　拡張視界（オーグメント）の中で額から火花を散らす義体を見て、フォルテが辟易とした様子で言い捨てた。

「殺すつもりの相手に手心なんて掛けてたら、流石のボクでも命が幾つあっても足りないもん。……あれ？」

　さらに追加で現れた複数の追っ手が、突然追跡を諦めたように一斉に戻っていく姿を見て、ナギが首を傾げる。

「なんだあれ。タゲ範囲外に出たってこと？」

「ゲームじゃないんですよ、ナギさん」

「どうする。戻るか？　"核"があるとしたらたぶん礼拝堂の奥のその奥だぞ」

「さっすがフォルテ。頼りになるぅ」

　大袈裟に言うナギに、フォルテは顔をしかめてみせた。

「やめろ、わざとらしく持ち上げんな。……ナギ」

「なーに？」

「自分で言うのもなんだけどさ、俺の信用に値する材料なんて別に何もなかっただろ。なんでそんなに……その、信用なんて」

「んー？　だって切々とユリアを口説いてたからさあ」

　狙撃銃のスコープを弄りながらさらりと投下された爆弾に、フォルテは目を剥いた。

「……あ？　は、え、なんで！？」

「信用してなかったからだよ。結果的にただの出歯亀になっちゃってゴメンネ☆」

　ぱちん、と片目を瞑ってみせたナギに、へたへたとフォルテは肩を落とす。

「……見てたのか、あれ全部。死にてぇ」

「キミが人格コピー側のスパイでハニトラする気なら、あの場で口説くべきはユリアじゃなくてボクだからな。あんな、あま……甘酸っぱい、ぷくく」

「笑うな！」

「うわ！」「わっ！？」「あいたっ」

　ホバーが急停止し、シエロとハイドラがぶつかり合ってハイドラが小さな悲鳴を上げる。フォルテはぐるりとホバーの向きを変えると、進路を礼拝堂に向けて猛然とスピードを上げた。

「あーくそ！　さっさと仕事片付けてユリアんとこ帰るぞ！！」

「わー、死亡フラグ」

「うるせー、他人の恋路を茶化す奴は地獄に落ちろ」

「心配しなくてもボクはとっくに地獄行きさ。ま、今日落ちろはごめんこうむるけど」

　どこ吹く風で流された羞恥と怒りが、胸の奥に吹き溜まる。正直、もっと適当にはぐらかされるか、それなりにもっともらしい理由が返ってくると思っていた。

（こんなん、こっちも信用するしかねーじゃんか。クソ）

　大義でも思想でもなんでもない、恋なんていう極めて個人的な感情を引き合いに得た信用に背を向けるのは、フォルテにとってその感情に背を向けるにも同義だ。だが信用は別として、地獄に落ちろはわりと本気で思った。帰ったらとびっきりしょうもなくて、とびっきり腹の立つ悪戯を仕掛けてやる事を心に強く誓う。

　追手を撒くために細い通路に入っていた浮遊車（ホバー）が、アイザックと共に通った太い通路に飛び込んだ。進行方向を睨みつけていたフォルテの視界に、グロテスクな色彩が広がる。

「おいおい……俺まで一緒に地獄に落とせとは言ってねーんだよ」

　鈍い銀の輝きは失せていた。通路の上をずるずると引き摺ったように引かれた肉の道を見て、フォルテは表情を引き攣らせる。あちこちから義体の欠片を生やした巨大な肉の塊が、その奥で蠢いた。

―――――――

お読みいただき、ありがとうございます。

カリプソーの人格コピー達は基本的に非戦闘員で義体も戦闘向きの仕様ではないため、アザトゥスに対してもナギ達に対してもわりと無力です。

警備を担当している戦闘向きの個体もいます（壇上でナギを押さえてた奴とか）が、数はそんなに多くはありません。

次回の更新は11/15です。

それではまた、次回。