第8話 ドッグファイト・ラプソディ
「だいいっかーい、チキチキ対人
そう言って笑顔で拳を突き上げたナギに、しんとした沈黙が応じた。シミュレータルームに詰め込まれた20人ほどのパイロット達は、呆れと戸惑いをない交ぜにした表情で互いに顔を見合わせる。
「なんだよぅ。ノリ悪いなぁ」
「いや、アンタのそのタイトルコールのせいよ」
白皙の頬を膨らませてぶーぶーと文句を垂れるナギに、ユリアが素っ気ない口調で答えた。
「で、何をやるって?」
「対人
さっき言った、と言わんばかりの表情でナギが答えると、モニタリングステーションの陰からガタイのいい男が立ちあがった。
「うん、お前に進行を任せた俺が間違ってたな」
「レナード班長!?」
「ようお前ら」
寝ぐせの立った髪をかき回し、ブラウンの瞳を眠たげに開いたのは戦闘班の班長であるレナードである。比較的若いメンバーばかりが集められ、ナギが謎の仕切りを始めたことで緩み切っていたシミュレータルームの空気が、瞬時にピンと張り詰めた。
緊張した面持ちで自分を見る若いパイロットたちに、レナードは苦笑いを返す。
「あぁ、気負うな気負うな。今日のはお気軽なレクリエーションみたいなもんだ。ここには対人戦闘経験のあまりないヤツを集めてる。みんなで楽しく模擬戦やって対人戦に慣れてもらおうってのが今日の趣旨だ」
「対人未経験者ねぇ。班長、んじゃ俺は帰って良いっスか」
「ダメ。ギルバートはナギの目付けだろうが」
「畜生。そんなこったろうと思った」
「サブミッションで第11調査大隊の捜索が追加された件がこないだ艦長から降りてきたと思うが、どうにもこいつがキナ臭くてな。艦隊丸ごと
レナードが話している最中にユウはすすっとナギににじり寄り、そのわき腹を小突く。
(ちょっと! 何でこんな大ごとになってんの!?)
(うわひゃ!? だって乱戦たのしーじゃん)
(いいですね! たのしそーです! ワクワクします!)
(おっ、さすが戦女神はわかってんね~)
(えへへ、そんなそんなぁ)
割って入ってきたちびっこ
そんなやり取りをしている間に説明は終わってしまったらしく、レナードがパンパン、と両手を打ち鳴らした。
「んじゃま、俺とギルとナギが敵役だ。全員で墜としに来い。ポイント最多のヤツにはシアタールームの半日占有権をくれてやる。好きなエロ動画でも堪能するといい」
おおっ、と少年たちが色めき立つ。ユリアはその様子を半眼で眺め、憮然とした調子で言い放った。
「俄然やる気がなくなってきたわ」
「ポイントって?」
ユウが尋ねると、聞いてなかったんですカ、と嫌味をたらたらとこぼしながらシエロが教えてくれる。
「再出撃は各自10回まで。初期の持ち点が10ポイントで、墜とされて再出撃すると1ポイントずつ減らされまス。レナードさん、ギルバートさん、ナギさん、を墜とせたら10ポイント、それ以外なら1ポイント」
「あ、そこのメカボディと
「「えーっ!」」
シミュレータカプセルに片足を突っ込んでいたレナードがその説明に振り返って、笑顔で無慈悲に告げた。
* * *
コックピットモニターの映像が切り替わる。戦場設定は星間空間エリアのため、見慣れた巡航艦格納庫からの出発であった。クピドに習ってすっかり癖になっている念入りな始動チェックをしている間に、血気はやった少年達が次々と格納庫を飛び出していく。
「おっしゃオレ一番槍ぃ」
「いやお前それ絶対当たってねーだろ」
「なぁ
「ウソだろもう墜ちたんだけど!?」
「バッカ、ヤタガラスの照準補助で向こうも撃ってくるだろチャフ撒いとけってぎゃー!?」
回線を賑やかに飛び交う少年たちの声を聴きながら、ユウは開かれた扉からいつ出ようかと思案する。出発地点は互いに十分に距離の離れた巡航艦からになっているはずだ。だが幾つか上がった悲鳴から察するにもうこちらの位置は特定されていると見ていい。
だが出ない限り外の様子もわからない。いつまでも格納庫に引きこもっているわけにもいかないので、覚悟を決めて操縦桿を引いた。背中に軽く重みが掛かり、コックピットモニターとHUDのレーダー視界が開ける。誰かが無計画にチャフをばら撒いたせいで味方機のマーカーすらまばらだった。
混沌とした空域から距離を取る。レーダーとコックピットモニターを交互に睨んでいると、連れ立ったヘルヴォルとガーゴイルが猛スピードでこちらに向かってくるのが分かって慌てて機首を翻した。
「ユウさーん!」
インカムから流れ込んできたのは軽やかな少女の声だ。飛び跳ねた心臓をなだめつつ速度を落とす。
「クピド! ……と、シエロ?」
ユウの駆るガーゴイルの手前で急制動を掛けたその動きに、シエロの操縦に慣れた体が反応した。「はい」と応える声が心なしか嬉しそうに聞こえる。
「よく俺ってわかったね」
そのままエスコートの動きを取ったクピドのヘルヴォルの後を追いながらユウが言う。ふふん、とクピドが得意げに鼻を鳴らした。
「ここ数日、みっちり私好みに仕込みましたからねー。ユウさんの動きのクセのならばっちりですよ。それにあの乱痴気騒ぎには流石に乗らないでしょ?」
「乱痴気騒ぎって……」
ユウはそう言ってちらりとイコライザに目を向けた。乗機ごとに色分けされた音声表示が、カラフルに跳ねまくっている。
「クッソ背中から撃たれたんだが!? てめぇぶち殺すぞ!!」
「隙見せてんのがわりぃんだよ1ポイント頂きぃ! うわー!?」
「ほらほら味方で撃ち合ってる奴はボクの的だぞー」
「正気かよヤタガラス突っ込んできたぞ!?」
「撃て撃て撃てミサイラー何やってんだよ」
「いやアルテミス乗ってる奴いんの!?」
「レーザーでもいいから弾幕張れや!!」
「ざっけんな誰だよ当てたやつ!?」
「あれ照準補助は!?」
照準補助頼みで出撃地点付近に滞留しっぱなしだった少年達の群れにはどうやらナギが突っ込んだらしい。味方機撃墜のアラームが断続的に鳴り響き、HUD上の通知欄が瞬く間に撃墜通知で埋め尽くされた。
「もー。これじゃ
「ンのやろォ……!」
盛大な煽りに回線には怒号が満ち、ユウは黙って近距離無線以外の通信のボリュームを下げた。遠くなった野郎どもの怒りに、少女のクスクス笑いが重なる。
「楽しそうですね。でもナギさんが前線で暴れてるなら今のうち!
ロックオン警告が鳴り響き、クピドが慌てて機体を捻る。その翼をかすめて紫電の閃光が迸った。
「お、いい反応するねぇ」
下げたボリュームの中からでもよく通る低い声がくつくつと笑う。クピドが陽電子砲の軌道を頼りにレーザーを放つが、何の反応もなく白光は宙の彼方へ消えていった。むむむ、とクピドが唸る。
「ダメですね、チャフの拡散光でも見えるかと思いましたけど見つからないです。レーダーの範囲ギリギリから撃たれたのかなぁ……」
ブツブツと呟くクピド乗るヘルヴォルに目を向けたユウの視界を、きらりと光って動くものがかすめた。アフターバーナーを全開にして速度の落ちていたヘルヴォルの前に飛び出すと、ガクンとしたわざとらしい衝撃と共にコックピットモニターがブラックアウトする。
「ユウさん!?」
「お、良く気付いたなー」
1アウトだ。再出撃に向けて再び起動し始めたコクピットの低い唸りに、クピドとナギの声が重なった。ユウは再び入力チェックを繰り返しながら苦笑する。
「俺は再出撃できるんだよなって思ったらつい。咄嗟に——いや、なんでもない」
咄嗟に飛び出しちゃう気持ち、ちょっと分かる気がすると続けようとして飲み込む。それに対する少女の戸惑うような吐息は、
「ユウさん、ナギさんがそっちへ!
「おいギル、こいつら俺に相手させろ。お前はナギの援護でも行って来い」
「へいへい、お守りしてきますよ。俺ァ対人戦はそんなに得意じゃないんですがねぇ。つーか哨戒機の援護ってなんだよおかしいだろが」
仮想のエンジンが息を吹き返す。ユウは唇を引き結んで格納庫を飛び出した。勝てる気はまだしないが、それでも負けたくない、とこてんぱんにされた数日前の自分が心臓の底から叫んでいる。
幸い巡航艦の付近には味方機が滞留している。協力すればあるいは——。
(なんてことにはならないんだよなあ、ちくしょう!)
数分後、ユウは涙目で操縦桿を握りしめていた。死ぬ気でナギに背後を取られまいとしているユウのガーゴイルの後を、
「ほらほらユウ撃たなきゃ死ぬぞぅ! あははは撃っても死ぬと思うけど!」
「ナギが一機追い回してる今がチャンスだぞ撃て撃てそいつごとぶち抜け!」
「ねぇちょっと何で俺ばっか追いかけてくんの!?」
「いやーチキンどもと比べて格段に動きが良くなってるんだもん。それに元々はユウと遊ぶつもりだったんだし」
「そういやそうだったな! ああクソっ」
背後から尾翼をかすめて白光が空間を薙ぐ。破れかぶれで陽電子砲を放つが、輝く閃光は何にもかすらず宇宙の闇に溶けていった。おちょくるように
ブラックアウトする直前、ヤタガラスがちょうど自分を盾にするような位置にいるのが見えた。
* * *
(もう後がない)
カウントアップされ続けている再出撃の数値が10になった。仮想のエンジンが暖まっていく低い唸りを聞きながら、ユウは静かに息を吐く。と、と、と、と胸の奥で心臓が柔らかに跳ねているのがわかった。だが気持ちは不思議と落ち着いている。
回線から漏れ聞こえてくる悲鳴の数は目減りしている。再出撃を使い果たした者がほとんどなのだろう。ガーゴイルが、と途切れ途切れに聞こえてくるので、どうやら今はギルバートの狩場になっているらしい。
レーダーに白点が灯る。瞬間、爆発的に加速した。こちらに向かってくるヤタガラスに向かって、レーザーを乱射しながら真っすぐに突き進む。そのすべてを避けながら突っ込んでくるヤタガラスとすれ違う瞬間に、アフターバーナーを切ってリバーススラスタを全開にする。Gの負荷はないが、シミュレータカプセルがガクンと激しく揺れた。緩んだ速度で小回りに旋回し、同じく旋回を試みているヤタガラスの後方に喰らいつく。
1発陽電子砲を撃ったが避けられた。そのまま逃げようとエンジンを吹かすヤタガラスを追うために、再度アフターバーナーに火をつける。最大速度に乗ったところでふっとヤタガラスの姿が消えた。
「しまっ――」
ヤタガラスの急減速によって前に飛び出してしまったと気付いた時にはもう遅い。紫電の閃光が尾翼からまっすぐガーゴイルを貫く。
仮想の機体が蒸発し、コックピットモニタは完全に沈黙した。
* * *
「お疲れ様デス」
のそのそとシミュレータカプセルから這い出してきたユウの前に、温かい紅茶の入った紙カップが差し出される。お礼を言って受け取ると、するするとマニュピレータが戻っていった。
シミュレータとの接続が切れていそうなその様子に、ユウは苦笑する。
「なんだ、シエロもやられちゃったのか」
「いえ、レナードさんを墜としたので私はそこで降りました。疲れたのデ」
「ユウさん~! 負けましたぁ!」
紅茶に口をつけようとした時、クピドがそう叫びながら飛びついてきた。紅茶が零れそうになり、マニュピレータが再びカップを回収する。
「いやぁ、さすがは戦女神の子だな。お前相当強かったぞ」
シミュレータカプセルに半身を預けてこちらを見ていたレナードが、そう言ってくつくつと笑った。ユウにしがみついたままのクピドが、そちらに首だけを向けて頬を膨らます。
「墜とした人に言われてもイヤミにしか聞こえないんですよぅ!」
「お前ら二人とやりあって俺も墜ちたんだから、お前らの勝ちだろうがよ」
「そうかもしれませんけどー! でも一番先に墜ちたのわたしなのでー!」
きーきーと年相応に喚くクピドの頭を、よしよしと撫でてやるが、「子ども扱いしないでください!」と跳ねのけられた。相当に虫の居所が悪いらしい。
「さて、残りはどうなった?」
レナードはそう言ってモニタリングステーションに歩み寄る。モニタリングステーションの前は再出撃回数を使い切った少年達でてんこ盛りになっていて、みんな生温かい目で戦況を眺めていた。
「あーらら」
モニターを覗き込んで、レナードの視線が同じく
「やっぱギルと戦るのが一番楽しいなぁ! ほら早く墜としてよ!」
「うるせぇクソガキ、俺は全然楽しくねぇんだよ!」
「あはははは! 生きてるって感じ、するねー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます